第二十五節 叙任試験

 別棟の辺りには常に使用人達が立ち、先生達も巡回するようになった。アルシェールの部屋も開け放たれ、中の調度品は片づけられ、がらんとしている。

 変化はそれだけではなかった。わたしはケレミー達に、明らかに命を狙われるようになった。

 試合の時でも、手に持つ棒を、目を狙って本気で突いて来る。高い所から物を落とされ死にかけた。落とされた事に関しては、上を振り向いても誰も居ないので分からなかったが、最近の動向から、ケレミーやフェテスで間違いないように思えた。

 わたしは護身用の為、媒介パルは普段から持たせては貰えないので、常に木の棒を側に置いて、その腕を磨く事にした。

 以前であったら殺されるままにしていたかも知れない。だけれどその時のわたしには確かめたい事があったのだ。だから、〝まだ〟死にたくはなかった。

 アルシェール、オフェーリアさんはどこに行ったのか。アルシェールのあの性格の変化の意味は。そしてクオルンはどうして死んだのか。

 その答えが悪魔の洞窟のある、あの山にある気がしていた。

 媒介パルを常時携帯する事が許される、叙任を早くに受ける。そうしてから、わたしは山に行ってみようと思っていた。

 山に行って何をするのか。悪魔の洞窟でも探す気だろうか。だけれどあの山を歩き回る事により、何かの糸口が見付かればいい。その時のわたしは、そんな考えだったのかも知れない。


 ケレミー達の悪意に満ちた行いを切り抜けつつ、わたしは腕を磨き、今までした事のないような時間、勉強に打ち込んだ。

 そして、ついに試験の時期が訪れた。

 何時も通りの筆記の試験、媒介パルを持った実技。

 そして、わたしと、ロンド、エステリティウス、ケレミー、フェテス、オリヴィエ、リタラは、叙任の為の最終試験を受けるように言い渡された。

 最終試験の中に、ロンドとリタラの名前が並んで入ったのは嬉しかった。とても頑張り、兄妹共に居れるのだ。リタラに良かったねとは、ロンドの手前、言えなかったけれど。


 選ばれた者達は、別棟に隔離される。そして三日の猶予が与えられ、膨大な問題集をその間に解くのだった。外に出られるのは、手洗いの時だけ。食事も運ばれて来て、部屋の中で取る事になる。部屋の中にあるのは机と椅子のみ。ベッドすらなかった

 そして、何時だったか、フェルミナの秘儀を受けた時のように、別棟の入口と、各受験者の部屋の前には、赤い服を来た協会兵がハルバードを持ち、守りに就く。

 わたしは机の上に束になって置かれた、試験用紙に目を通して行く。

 神域の知識、神域の子のこれまでの事例、野外での生存術、アフラニスの大地にある多くの国々とその体制、なりたち、歴史、地理、宗教、各種の科学に数学、医術、そして料理の方法まで、それはとても膨大であった。

 席に着き、溜息をついて、インク壺に挿されたペンを取り出すと、問題を解いて行く。

 疲れ、集中出来なくなり、眠気が襲い、閉じ込められた狭い部屋で、息が詰まりそうになる。何度もくじけそうになりながら、それでも、これを超えれば媒介パルを手にする事が出来る。そうすれば心の中にわだかまったものの答えが出せる。そう思って、ただ、頬を叩き、腕をつねり、目を無理やり見開いて、無理やり問題へと向かった。

 わたしは記憶はいい方ではなかったけれど、その時は目的があったからか、何とか頑張れた。


 そして、くたくたとなり、三日間を乗り切ると、休まずに実技となった。

 戦闘向きのフェルミナの力ヴィジョンを持たない者は、その能力の発現の度合いを見られる。戦闘向きのフェルミナの力ヴィジョンを持つ者は、媒介パルを持って、別棟の中庭で、順番に試合をさせられた。

 戦闘向きでないとされたのはリタラ、オリヴィエ、フェテス。試合をするのは、わたし、ロンド、エステリティウス、ケレミーだった。


 試合に先立ち対戦相手を決める日が来た。

 先生達と、協会兵の見守る中、別棟の中庭の中央で全員が整列する。

 わたし達の前に、エスタンティア先生が、進み出て言った。

「試合相手を発表します」

 わたしは唾を呑む。目を瞑る。

「ケレミー」

「はい!」

 わたしは目を開ける。ケレミーが一歩前へ出る所だった。

「ロンドと戦いなさい」

 エスタンティア先生の声にケレミーはわたしを指差した。

「わたしはアイツと戦いたい!!」

 エスタンティア先生は無言でケレミーを睨む。そして静かに、

「フェルミナになるには、その精神性も試されます」

 ケレミーはうつむくと、

「わかり、ました」

 わたしがその様子を見ていると、ケレミーは憎々し気に、わたしを睨む。

「デルフィ」

 エスタンティア先生の声。

「は、はい!!」

「エステリティウスと戦いなさい」

「は、はい!!」

 隣に立っていたエステリティウスはわたしを見下ろす。

 エスタンティア先生は言った。

「今回の試合は媒介パルを使った、実戦を想定したものです。媒介パル以外、手、足、周りの物、すべてを使って構いません。ですが中庭から出た時点で逃亡を図ったとして失格とします」

「だとさ。実戦、教えてやる。平民出のクソガキが」

 エステリティウスの言葉。

「油断したら死にます。心しなさい」

 エスタンティア先生が全員に言った。


 試合すらも、隠されて行われた。だから一日目のロンドとケレミーの戦いがどんなものであったか、わたしには分からない。

 本館に居た子達も、この時は部屋に閉じ込められたそうだ。一部の先生と、協会兵が決して外には出してくれなかったと言う事だ。

 

 そして二日目、因縁のエステリティウスとの再戦が行われようとしていた。

 わたしは紫色の両脇開きのコートタバードを着こみ、エステリティウスも青い両脇開きのコートタバードを着こんでいる。フェルミナの正装だった。

 中庭の中央で、エスタンティア先生を挟んで向かい合う。

「はじめの掛け声と共に開始です。媒介パルで使うフェルミナの力ヴィジョンで人は殺せます。攻める時も守る時も、相手を殺す気でやりなさい」

 わたしはエスタンティア先生の目を見た。

 その目は、強い光を放っていた。

 本当に、殺し合いをさせるのかと思い、足が、手が、震えて来る。

「何か質問は?」

「ありません」

 エスタンティア先生の問いにエステリティウスは自信満々と言った風に答える。

 わたしはうつむき、

「いえ」

 そう言った。

 エスタンティア先生は私達に背を向け、他の先生達の立つ所に歩いて行く。そうしてから振り返り、

「はじめ!!」

 そう言った。


 わたしは素早く切り上げるように軍刀を抜いた。切っ先がエステリティウスの喉元を指す。

 エステリティウスが真顔で、腰の長剣の柄に手を置いた。

 わたしはどうするか迷っていた。真剣だ。いくらエステリティウスでも死んでしまう。戸惑う。

 チラリとエスタンティア先生達の方に視線をやると黙ってコチラを見ている。

 わたしがそうしている間に、エステリティウスは剣を抜き、両手で高く捧げ持つような恰好をする。

 途端。剣の先端に光が生まれ、それが諸刃もろはに沿って流れて行く。

 何だ、何が起こっているんだと思った。

 光はやがて、エステリティウスの手に達し体の輪郭を包み、そして消えた。

 剣と共に、雲一つない空を眺めていたエステリティウスがわたしを、見た。

「はっ!」

 わたしは咄嗟に軍刀を立てると同時にかんと音がして、物凄い力で弾かれる。

 わたしは悟った。わたしがぼうとしている間にエステリティウスは最大の力を出せる態勢を整えたのだと。

 剣が倒れる方向に体を倒す。

 わたしの横髪がふわりと舞ったと同時、千切れ、宙に散る。

 右に、左に、エステリティウスの剣が襲い来る。軍刀で避ける度、もの凄い力で弾かれるて、体が持って行かれそうになる。

 エステリティウスの体が沈む。屈んだエステリティウスの足がわたしの足を掬いに来る。同時に剣も迫る。

 わたしは素早く柄を持ち替えると、軍刀を地面に突き立てるように下に向け飛び上がった。

 エステリティウスの足を飛び避け、同時に横に振られる剣を縦にした軍刀で防ぐ。

 だがエステリティウスは、物凄い速さで体を回転させ、わたしが飛び上がっている最中に、二度目の回転をして、わたしの横腹を蹴り付けた。

 震動。

 わたしは何が起こったか、把握出来ず、混乱した。

 景色が混ざりあい、激しい衝撃、中庭の端にある木の幹に背中を強かに打ち付けていた。血でも吐きそうな、か、は、と言うような声と共に、よだれを垂らし、何とか口を開けた。息を吸う。

 蹴られただけで、こんな事になるのは異常だった。エステリティウスの身体能力はおかしい。

 わたしは、これがエステリティウスのフェルミナの力ヴィジョンなのだと知った。

 視界の端で先生達の中の一人が何かを言おうとして、わたしは片手を上げるとそれを制した。

 もう片方の腕でよだれを拭う。少し血が混じっていて苦い。

 エステリティウスはどうした。

 視界の端に映るエステリティウスは、半笑いでわたしを見ていた。

 わたしは思った。何故今止めを刺さない。わたしはまだ息をしていて、お前もそれを知っている。わたしが降参したり、もう立てないと思っている。それがお前の敗因だと思った。

 わたしは手に持つ軍刀の切っ先を、杖のように地面に突いて立ち上がり、勢いよく駆けた。

 動く事すら出来ないと思っていたであろう、エステリティウスは驚いた顔をする。

 走る。迫る。遅い。切りつける。

 エステリティウスは持つ長剣を掬い上げるように振るい、わたしの軍刀を弾く。

 が弾かれず、わたしは振り上げたその下を潜ってエステリティウスの胴に一閃。

 だがエステリティウスは上へと振るった剣を上げ切らず、咄嗟に腹元まで引き戻すと、わたしの斬撃を避けた。

「ガキがっ!」

 わたしは走り抜け、振り返る。

 軍刀を両手で持ち直すと、同じく剣を構えるエステリティウスと対峙した。

 左斜め前からの斬撃、避ける。切り返しての右下からの斬撃、避ける。

 わたしは突き、エステリティウスはその瞬間に剣を高くに振り上げて、わたしの軍刀を弾いた。

 軍刀はわたしの手を離れ、宙を回転する。

 わたしは仰け反り、それを利用して、足を振り上げた。エステリティウスの手に足先を叩き付け、その手から剣を弾く。エステリティウスの剣も宙を回転する。そしてその剣の柄を、わたしは宙で摑み、軍刀の柄も宙で受け止めた。

 わたしは上半身をぐっと屈め、両手に持った両の剣を交差させ、エステリティウスの首に突き付けた。

 エステリティウスは顔を歪ませた。

「そこまで!!」

 今度はエスタンティア先生が叫んだ。

 わたしはエステリティウスを睨みながら、そっと距離を取ると、エステリティウスの剣だけ、その前に放り投げた。

 エステリティウスは顔を歪めたまま固まっている。

 エスタンティア先生が拍手しながらわたし達に近付いて来た。

「二人ともよくやりました」

 そう言ってから、

「何故あなたはあんなに追い詰められながらまだ戦ったのですか?」

 わたしにそう聞いて来た。

 わたしはうつむき、それから顔を上げ、

「あの、その」

「ん?」

 エスタンティア先生にジッと見られ、わたしは仕方なく言った。

「見当違いかも知れないけど、えと、あの、エステリティウスの力や速さ、異常」

 エスタンティア先生は頷いた。

「だから、その力はずっと使えない。使い続けたら本人の体が壊れる」

 わたしはエステリティウスを見て、

「だから、時間制限のあるフェルミナの力ヴィジョンだと、そう、思いました」

 エステリティウスは更に顔を歪めた。

「素晴らしいです。ではあなたが勝てた理由は?」

 わたしはエステリティウスの前でそんな事を言うのがとても嫌だった。だけれど、

「自他を目をらさずに見る事が、生き抜く秘訣です。彼の為にも言いなさい」

 わたしはうつむき、

「普段のエステリティウスだったら、わたしは、その、負けてました。エステリティウスのフェルミナの力ヴィジョンは、消耗が激しいのだと思います」

 実際、エステリティウスは、授業の試合の時の方が、今の試合の最後の時よりもずっと優っていると思った。

「よく見抜きました。相手の特性、弱点を、短時間でよくぞここまで。素晴らしいですよ、デルフィ」

 そう言ってから、今度はエステリティウスに話しかけるエスタンティア先生。

 わたしは、エスタンティア先生がエステリティウスと話している後姿を眺めながら、戦いの最中、自身が考えていた事を思い出していた。

 思い、判断、何か、わたしの中に、別のわたしがいる気がして、どこか怖くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る