第二十四節 疑惑

 孤児院に戻ると、エスタンティア先生は、亡くなった二人の事について、みんなに説明をした。

 アルシェールは先に聞いた通りに病死。

 クオルンの方はと言うと、まず、朝方、ケレミーとフェテスが別棟の近くで見付かり、二人はクオルンが殺されたと言う。 二人の言葉を便りに、裏山を探索して見ると、山中でクオルンが凍死体として見付かったと言うのだった。

 わたしは疑問を覚えた。ケレミーとフェテスが別棟の近くに居たのなら、わたしと出くわしていた筈だ。つまりわたしが山から下りて来た後に二人は下りて来た事になる。やはり遭難していたのだろうか。わたしより、ずっと早く山から下りた筈なのに。それに〝殺された〟と言うのはどう言う事だろうか。

 ふと、アルシェールの顔が脳内で過る。相打ち、

「まさか」

 わたしは知らずに呟いていた。

 先生達は、二人に、裏山で何があったのかを聞いたのだそうだけれど、混乱しているようで、話しを聞いても判然としないと言う。

 エスタンティア先生は、誰か何があったか知らないか、と聞いて来た。特に深夜に別棟の近くに居たわたしを見て来るが、わたしは首を振った。

 言える訳がない。いや、言ってもクオルンが亡くなった原因が解明されるようなものではない。それに、アルシェールがそんな事をするとは思えなかった。だからこれは重要な事ではない。

 わたしはそう信じようとしていた。

 実際、わたしはこの時、正直に話しておくべきだったのだと思う。だけれど、殺されそうになりながらも、わたしは、二人がわたしを殺そうとしていたと言う事を話し、二人のここでの生活を終わらせる宣告をする事を躊躇った。

 わたしへの甚振りが、あまりにも日常的であり、それが自身の身に起こった事への、軽視に繋がっていたのかも知れない。

 結局わたしは、わたしの経験した事を、誰にも話さなかった。

 その後、エスタンティア先生は裏山や別棟には決して近付いてはいけないと、念を押し、それで解散となった。


 教室を出て行ったエスタンティア先生をわたしは直ぐに追った。

「先生」

 わたしの声にエスタンティア先生は驚いたように振り返った。

「あら、デルフィ、珍しいですね。どうしました」

 わたしはうつむき、言い淀み、それから決心して顔を上げた。

「アルシェールの棺、その、あの、何が、あったんですか。開けられない理由なんて」

 わたしの言葉にエスタンティア先生は顔をしかめた。

「言いましたよね」

 わたしはコクリと頷いた。

「〝できれば〟言わせないでほしい、そう伺いました」

「なら」

 わたしは首を振った。

 エスタンティア先生は首を振ると、

「来なさい」

 そう言って、わたしに背を向けると歩き出した。

 わたしはその背中を追った。


 普段は先生しか使わない、小さな部屋へと連れて来られた。小さなテーブルに一組の椅子がある。その一つを勧められ、わたしはエスタンティア先生に礼をすると座った。

 エスタンティア先生もテーブルを挟んで、わたしと向かい合うように座る。そうしてから、目を閉じ、腕を組むとしばらく黙っていたが、決心したように目を開ける。

壊病かいびょうって知ってるかしら?」

 わたしは椅子から立ち上がった。

「深刻な病では、ないんじゃなかったんですか!」

 エスタンティア先生は溜息を吐くと、

「その様子なら、知っていると言う事ですね?」

 わたしはうつむく。

「ごめんなさいね。壊病かいびょうとは、治す方法も、そして徴候も、詳しくはわかっていないの」

 エスタンティア先生はわたしをじっと見詰めながら話した。

「だからアルシェールがその病気だとわかったのは、本当に、最後の最後だったの」

 わたしは顔を歪め、力なく椅子の上に腰を下ろすしかなかった。

 オフェーリアさんが言う通りなら、人が土埃のようになって消える。そんな状態なら、棺を開けられないのも説明が付く。

 わたしはしばらく黙って、うつむいていた。

 エスタンティア先生はそんなわたしをじっと見詰め、黙って待ってくれた。

 わたしは頭を下げた。

「その、あの、大きな声を出して、後、教室では、すいませんでした」

 エスタンティア先生は微笑んだ。

「平気よ。こんな事を言うのは、その、逆に酷いのかも知れないけれど、気を落としすぎないで、ね?」

「ありがとう、ございます」

 わたしは再度頭を下げる。そして顔を上げ、エスタンティア先生の顔を見ると、鋭い視線がそこにあった。

「所でクオルンの事、本当に何も知らないのかしら?」

  わたしはどきりとした。急にエスタンティア先生が怖くなって、

「はい」

 そう言って、慌てて頷くが、その視線はわたしから離れない。

 わたしは立ち上がると、

「それでは失礼します」

 そう言って、小部屋から退出した。


 やはり、アルシェールは亡くなったのだろうか、その考えが、わたしを支配しつつあった。

 一日が過ぎ、二日が過ぎ、わたしは先生達の目を盗み、別棟近くまで出かけたが、あれ以来、アルシェールに会う事はなかった。

 あんな元気な人間が突然、と思ったりもしたが、わたしにはそれ以上の事を調べようがなかったのだ。

 オフェーリアさんがいてくれたら、力になってくれただろうか、ふとそんな事を考える。

 わたしは変わらず、孤立していた。

 そして三日目、教室には、ケレミーとフェテスの姿があった。

 二人は、教室に先に居て、わたしが入るなり、視線で射殺そうとでもしているのか、憎しみの籠った目で睨み付けて来た。そして立ち上がると、

「この野郎!!」

 人目も憚らず、いきなりわたしに殴りかかって来たのだ。

「この魔女が! 神域の子が!」

 ケレミーがそう叫び、わたしの襟首を摑む。

「お前とあの化け物が、二人でクオルンを殺したんだろう!!」

 フェテスがわたしの頬を殴った。

 教室で悲鳴が上がり、ロンドとエステリティウスが割って入る。

 エステリティウスが驚いたように言う。

「一体どうしたんだ!?」

 エステリティウスに両肩を抑えられたケレミーが叫ぶ。

「アルシェールだ! あの山にアルシェールが居る!! アイツが、アイツがわたし達を殺そうとした!! あの木の化け物が! 森が、化け物になって襲って来たんだ!!」

 その言葉にわたしは愕然とした。

 もしかしてと思っていた事、それが、現実になった気がした。

 フェテスがわたしに歩み寄ろうとして、ロンドに道を塞がれる。

「どけっ! アイツは! アイツはあの化け物の仲間だろう!! クオルンはアイツに殺されたも同然だ!! アイツは、アイツは笑ってやがったんだ!!」

 教室は騒然となり、

「何事です!!」

 エスタンティア先生が入って来るなり、静まり返った。

 わたしはケレミーや、他の誰かが、エスタンティア先生に、アルシェールや木の化け物の事を言うかもしれないとどきどきしていたが、意外にも、それを先生に言い付ける者はいなかった。

 その場は全員、黙って自分の席に戻り、その後は何時も通りの授業が始まった。

 だけれど、わたしは一日中、周りからの視線を受け続けた。


 授業が終わった途端、肩をぽんと叩かれる。

 振り返って見ると、短パン姿の通音つうおんちゃんがオリヴィエを伴って立っていた。

「ちょっと」

 わたしは何だろうと思い首をかしげた。

 通音つうおんちゃんはわたしの耳に口を寄せると、こんな所に居たって、またケレミー達に因縁付けられるだけだから早く行こうぜ、と囁いた。

 わたしは頷き、二人と共に足早に教室を出た。

 連れて来られたのは、中庭の端の木陰。

「ここなら平気だ、ふぇ~」

 と通音つうおんちゃんはのんきな声を出す。

「あの、何かな」

 わたしは通音つうおんちゃん達の意図が読めず、不安に思って聞いた。

 通音つうおんちゃんとオリヴィエは顔を見合わせ、それから通音つうおんちゃんが言った。

「あのさあ、その、ケレミーが言ってたのって、やっぱあれだよなぁ?」

「あれ?」

 わたしは首をかしげた。

 オリヴィエが言う。

「ほら、あれです。崖の上で、アルシェールさんが、その、歌った」

 わたしは手を打った。

「そうだね、あの時居たね、通音つうおんちゃんとあなた」

「そうそう」

 通音つうおんちゃんがにこりと笑って直ぐに顔を歪ませる。

「お前、いい加減、その呼び名よせ」

 そんな通音つうおんちゃんの横からオリヴィエが顔を出す。

「ちゃんと名乗っていませんでした。わたしはオリヴィエ、オリヴィエ・イストーリアです」

 わたしは通音つうおんちゃんには笑って返し、それから差し出されたオリヴィエの手を、恐る恐る握り返した。

「デルフィ、デルフィ・イルミナーゼ」

 オリヴィエはにこりと笑い、よろしくねと言ってきた。

 通音つうおんちゃんは溜息を吐き仏頂面で言う。

「で、紹介も済んだ所で、本題だ」

 そう言って顔を寄せて来た。

「オレ、アイツの棺、担いでたんだ」

 わたしは葬列の時、棺を担ぎながらわたしをジッと見ていた通音つうおんちゃんの事を思い出す。

「あの棺、おかしいんだ。運んでいるとごろごろと音がするし、あれ、中に人なんて入っていず、石でも詰めてたんじゃないかって。オマエ、何か知ってんのか?」

 わたしは首を振った。

 壊病かいびょう、土埃のようになるという。石とは違うかも知れないけれど、有り得るのかも知れないと思った。

「そっか。ま、ただちょっと気になっただけなんだ。朝にエスタンティア先生に嘘だなんて叫ぶしさ」

 わたしはうつむいた。

 オリヴィエは優しい声で、

「気にしないでください。ただ本当に気になっただけで、辛い事聞いて、すいません」

 そう言い、通音つうおんちゃんも、

「悪かったな」

 そう言って、二人は行ってしまった。

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