第十五節 開花
ロンドの姿は直ぐに見付かった。孤児院の建物の外に出て直ぐの所、花壇の前でリタラが棒を持って素振りをしていて、その横で、腕組みをしたロンドが厳めしい態度で見守っていた。
「そんな速さじゃ、簡単に相手に見極められる。腕の動き、持つ得物。それらを感覚で捉えるんだ。得物を目で追うな! 相手に悟られる」
リタラは小さく呻くが、はいと小さく返事をする。
「俺はお前をいじめているわけじゃないんだ。お前も、自身で自分を守らなくてはならない時が来る。俺が何時も傍にいてやれるわけではないんだ」
そんなロンドの声を聞きながら、わたしはアルシェールの後に続いた。
腕を取り、止めようと言うが、アルシェールは真っ直ぐにロンド達へと向かって行き、止まらない。
ロンドはこちらに気づき、ロンドの視線に気付いたリタラも私たちに視線を向けて、あっと言うような顔をする。
「ん」
アルシェールはそう言って、ロンドの前まで歩いて行くと立ち止まり、じっとその顔を見詰めた。
ロンドは口元を歪めて、アルシェールを睨む。
その様子をわたしとリタラは固唾を呑んで見守った。
「何の用だ、魔女め」
そう言うロンドにアルシェールは指を突き付けた。
「勝負」
ロンドは顔を歪め、見下ろすように顎を上げると、
「お前達に構ってやる必要はない」
そう冷ややかに言うと、
「なら、力ずく」
ロンドは眉を上げ、わたしとリタラは慌ててアルシェールに呼び掛けた。やめて、と。
だがアルシェールは真顔でロンドに言う。
「少し、待て。お前はわたしの言う事を聞かざる得ない、力を知る」
「は!?」
不快感を露わにして、ロンドはアルシェールの襟元を摑もうとしたが、アルシェールは飛び退ると、
「待てと言った。怖い?」
ロンドはアルシェールを睨み付けると固く口を結んだ。
そうしていると、エスタンティア先生が、偶然こちらに歩いて来る。
「あー、居ました。ここでやるのですか?」
わたしは、ん、と思った。
ロンドもリタラもわたしと同じ事を考えたのだろう、不思議そうな顔をする。
ただ、アルシェールだけは平然と、
「ロンドも了承済みだ」
アルシェールの言葉に、はぁ、と言うロンド。
「それにしてもどっちがリタラの
ロンドがまた、はぁ? と言う。
エスタンティア先生はロンドを見て首を
「どうしたのですか? こうして協力してくれる二人は友達想いではありませんか」
ロンドはふんと言って顔をそっぽに向け、エスタンティア先生はキョトンとした後、クスリと笑った。
「ここにアンク、ある」
アルシェールは後ろに控える、エスタンティア先生が差し出した
十字の、上の部分が円形になった不思議な持ち物。
「これの有効な使い方をリタラに気付かせた方が勝ち。それには
アルシェールとエスタンティア先生を前に、ロンドは、ふんと鼻を鳴らした。
「俺がどれだけ、リタラの練習に付き合ったと思っている。それをたった今発現させるだと?」
アルシェールはジッとロンドを見詰めてから、
「お前にはできないのか? そんなに練習に付き合ったというのに?」
ロンドは顔を歪める。
「お前は何をしていたんだ」
ロンドの顔が極限まで歪む。
そんなロンドにお構いなく、エスタンティア先生は、笑顔で、
「はい、どうぞ」
と、リタラの手に、優しくアンクを握らせた。
その様子をロンドは横目で見て、歯を噛み締める。
アルシェールは言った。
「さぞ立派な教師。さっさと発現させてやるといい。そしたらわたしの負け。リタラに一生近付かないなり、なんでも言う事、聞く」
その言葉にロンドはリタラに振り返る。
「やるぞ! リタラ!」
ロンドの剣幕に気圧されたのか、飛び上がるように体を痙攣させ、
「は、はい!」
リタラが返事をした。
エスタンティア先生はその様子を面白そうに笑顔で眺めている。
ロンドは腕組みをし、考え込む。何かを模索し、思索し、そんな様子で顔を歪ませ、目を開けた。
「
そう言って、優し気な目でリタラを見詰めると、その頬に手を当てた。
「お前は優しい。まず、それに耳を当ててみろ」
リタラはうん、と頷くと、手に持つアンクを自身の耳に当てると、そっと目を閉じた。
それからリタラは首を静かに振った。
「
アルシェールの言葉にロンドは小さくクッと言い、なら、振るしかないな、そう、絞り出すように言った。
「はい」
リタラの返事。
ロンドはリタラから離れ、リタラはまるで剣を正面に構えるようにアンクを構える。短い握りに両手を重ねる。振り上げ、ええい! と掛け声の元、振り降ろした、が、何も起きない。
リタラは小さく呻き、涙を滲ませる。
「ごめん、なさい……」
すると、ロンドとリタラの前に、アルシェールが進み出た。
「今度はわたし」
ロンドはアルシェールを睨み付ける。
アルシェールはロンドの視線等、意にも介さず建物の奥を指差した。
「あっち」
そう言って一人で歩いて行く。
わたし達はただアルシェールの後ろ姿を見守っていたが、アルシェールは建物の端にある、小さな花壇の前で立ち止まると、両手を上げて、まるで溺れてでもいるように腕を前後に振るのだった。
「なに……、してるのかな?」
エスタンティア先生がやや引き攣った笑いを浮かべて言う。
わたしはさぁ、と答えた。
ただそうしていても仕方ないので全員でアルシェールの元に向かった。
わたし達はアルシェールの前に辿り着く。
「何、してたの?」
聞いてみると、あの地上で溺れていた様は、手招きだったらしい。
アルシェールはリタラを花壇の近くに呼ぶと、首を
「なんで、森でしてた?」
リタラはアルシェールの言葉が理解出来ないようで、首を
「練習なら、本館の裏でも出来た。ロンドに怒られると分かっていたのになぜ森で?」
その言葉を聞いて、ロンドは目を丸くしてリタラを見、リタラは顔を真っ青にした。
「言って」
だがアルシェールはリタラに続きを促す。
「わ、わたしは……」
「別に悪い事じゃない。怒るのがおかしい」
アルシェールの言葉にロンドがリタラとの間に割って入る。
「お前達にとやかく」
「今はわたしの番。邪魔しないで」
普段のアルシェールからは聞けないような力強い声。
ロンドもリタラも、そしてエスタンティア先生までも驚いていた。もちろんわたしも。
「さ」
アルシェールはロンドを避けて、再びリタラの前に立つ。
「わ、わたしは……」
やっと聞き取れるようなか細い声でリタラが呟く。
アルシェールは黙って、リタラを見続けた。
リタラの口はそれきり動かない。
「麦穂」
すると代わりにアルシェールがそう言った。
リタラは顔を上げる。
「鳥のさえずり、森の中はすずしい?」
リタラはコクンと頷いた。
「木や、草の匂いは好き」
もう一度、リタラは頷いた。
アルシェールはリタラの傍にある、花壇を指差す。
それは以前、リタラが眺めていた、日に当たらず
「かわいそう。きっとリタラに撫でてもらうと喜ぶ」
リタラは首を
「アンクは命、何時も自然に感じているその想い、体に〝かかっている〟それを外し、アンクで触れて、流して上げる」
そう言って、アルシェールはリタラの頭を触れるか触れないかの距離で撫でる。
リタラはハッとしたような顔をし、ロンドは口を歪める。
その様子を見ていたエスタンティア先生は、どこか顔が青ざめているように見えた。
アルシェールはリタラの手首を握り、そっと花の上にその手とアンクを導く。
「ほら、感じる。傍に。感じることが出来るのは、あなたの心のカタチ」
アルシェールは、リタラに言い聞かせるようにそう言うと、リタラは怯えたように、それでも自らの意志で腕を動かし始めた。
アルシェールはリタラの顔の真横で、その横顔をジッと見詰めながら、
「優しくする。気持ちを分けて上げる。好きだよって」
リタラは
きゃっ、そうリタラが叫ぶと同時だった。花は、プルンと、まるで飛び跳ねるように、
誰も、声を上げられない。
そんな中でアルシェールだけがロンドの前に歩いて行って、こう言った。
「あなたの縛りが、彼女の道を閉ざす時もある。かつて救えたとしても」
アルシェールがそこまで言うと、ロンドは目を見開いた。
「その囚われが彼女とあなたを殺す」
アルシェールの言葉にロンドはゆっくりと首を振ると、睨み付け、
「リタラ、行くぞ。
強引にリタラの手を引く。
「あ」
リタラが引っ張られ、花びらが一枚散る。
ロンドはリタラの手から
「返します」
そう言って渡し、本館の中に入って行った。
「あなた……」
エスタンティア先生はそんなロンド達を気にする素振りも見せず、アルシェールを見詰める。
アルシェールは無表情にロンド達の後ろ姿を目で追っていたが、エスタンティア先生の視線に気付くと、わたしに向かって、
「行く」
そう言って中庭の方に歩いて行った。
わたしはどうしたらいいか分からず、ロンド達の立ち去った方向とエスタンティア先生、アルシェールの後ろ姿を見てから、エスタンティア先生に礼をすると、慌ててアルシェールの後を追った。
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