第十四節 隔たり
振り返った先で立っていた、大きな体格のその少年は、ずんずんと歩いて来る。わたしやアルシェール等いないように真っ直ぐリタラに近付き、その腕を取ろうとして、立ちはだかったアルシェールに阻まれた。
「何をする!」
その少年、ロンドの体格はすでに大人と見まがうばかりで、孤児院の中で、その力は誰に負ける事もなかった。
その振り払った手が、アルシェールの肩を強く突き飛ばし、アルシェールは仰向けになって倒れた。地に体が着く寸前、アルシェールは手を突いて、横向きに着地したが、それでも酷く体を打ったように見えた。
わたしが叫ぶ寸前、
「やめて!」
アルシェールに代わって、今度はリタラがロンドの前に立ち塞がった。
それを見て、ロンドは目を吊り上げる。
「リタラ! お前はなんでこんなヤツ等と一緒にいる! 他のヤツ等は何を企んでいるかわからないんだぞ! ましてや神域の子や、魔女と呼ばれているヤツ等と! 本当だったらどうするんだ!」
そう叫ぶロンドの横、苦しそうに顔を歪めたアルシェールが、すっと立ち上がった。
「そう、本当だったら、どうする?」
ロンドを睨むアルシェール。
ロンドは戸惑ったような色を浮かべ、動きを止める。
リタラは小さく、え、と言い、アルシェールを振り返る。
わたしはまた〝あれ〟をやるんじゃないかと怯えた。
アルシェールはロンドとの間合いを一気に詰めると、リタラを挟んで睨み合う。
「ホントだとしたら、助けも呼ばず、一人で来るのは失敗」
リタラは怯えた表情を浮かべ、ロンドは歯を噛み締める。
アルシェールは目を細め、
「と言う訳で、帰る」
ロンドが出て来た藪を指差す。
「わたし達が神域の子だったら勝てない。神域の子じゃないなら安心。やれる事ない」
そう堂々と言ってから、首を
「それとも一緒に遊ぶ?」
ロンドも目を細めると、
「もう一つある」
そう言って、前に立つリタラの手を取った。
リタラは、え、あ、と言う。
ロンドは冷たく、
「行くぞ」
とだけ言った。
リタラは、う、うんと頷いてしまう。
その時、
「待つ」
アルシェールの言葉。
だがロンドはアルシェールを見る事もなく、リタラの手を引いたまま、歩き出そうとする。
「これでいい?」
アルシェールもロンドを見ず、リタラを見る。
リタラはえっ、と声を上げたが、ロンドに引かれて、よろめきながら歩き出す。
わたしはどうしてその時そんな事が出来たのか分からない。だけれどロンドの前に走り出ていた。両手を広げ、その道を阻むわたしをロンドは睨む。
「あの、その……」
わたしは言い淀み、
「今までうまくいってないなら、今まで通りじゃ、だめ。だからリタラは努力してる! なんで、わからない!?」
ロンドは口を歪めると、
「お前らのようなヤツと一緒に居て、リタラに何の得がある!」
「と、得って」
「いいからどけ!」
そう言って再度振るわれた腕。
わたしは目を瞑り、そして開けて見ると、アルシェールが太いロンドの腕を止めていた。あのか細い腕が、十字に組まれ、それを止めていた。
「なぜ、勝手に決める。それを決めるのはリタラ」
まっすぐにロンドを見詰める鋭いアルシェールの瞳。
ロンドはその視線を真っ向から受けると、
「リタラは、兄である、俺が守らなくてはならないんだッ!!」
そう言って顔を上げると、腕を振り上げた。
「やめて!」
大きな聞いた事のない叫び。リタラがロンドの腕に
「もう、行くから! 二人も、お願い!」
涙を流したリタラの姿。
わたしとアルシェールは顔を見合わせ、そうしてからおずおずとロンド達に道を開けた。
ロンドはわたし達を威嚇するように睨み付けながら、リタラの腕を引いて行く。
藪を越え、私たちも続いてそこを越えると、二人の背中を見送った。
リタラは何度も何度もわたし達に振り返っていた。
二人の背中が、暗い木々の中に消えた後、
「なんであんなに」
わたしは
「何か、見付けられそうだった」
背後で聞こえたその言葉に、わたしは、え、と言って、アルシェールに振り向くと、アルシェールは黙って首を振った。
翌日、教室で、机を前にして授業を受ける。その日の講義は、神域の生態についてだった。
気になってリタラの様子を覗いて見ると、何時にもまして暗い顔をしていた。
そんな事をしていると、目が合って、
ふと気付くとロンドがこちらを睨んでいる。わたしは、慌てて教師を方を向いた。
一日の授業が終わり、何時も見慣れていた、慌ただしく教室の外へと駆け出すリタラの姿は見えない。授業が終わっても、ただ
そしてロンドは立ち上がり、リタラの横に立つと、リタラを見ていたわたしを睨んだ。
わたしは肩を
その後わたしはなんとなく、二階へ向かう階段の踊り場で佇む。壁に寄りかかり、窓から差し込む日の光を眺めていた。
ふと、足音が階下より響き、リタラが来てくれたのかも、等と思って、知らず笑顔になって振り返った。
「ん、残念」
そこには不愛想なアルシェールの顔があった。
わたしは酷く落ち込んだ顔をしたのだろう。珍しくアルシェールが口を尖らせた。
それからアルシェールは黙ってわたしの横の壁に寄り掛かった。
何もしない、何もない時間。窓の外から、時折、鳥が木から飛び立つ音が聞こえて来る。
わたしはジッと、床に映り込んだ、窓から差し込む光の像を眺めていた。
「ひま」
隣でアルシェールが呟いた。
「ん」
わたしは、何時もならアルシェールがするような返事をする。
そして
「ひまだ」
とのアルシェールの言葉に、
「ん」
と答える。
「ひまです」
「ん」
「ひまなの」
「ん」
「ひまなの?」
「ん?」
「ひまじん?」
「ん、んん?」
わたしはやや呆れて、アルシェールを見ると、何時の間にか隣のアルシェールは、わたしの顔を覗き込んでいた。
わたしは驚いて飛び
「そそそ」
と謎の言葉を発する。
「な、なに?」
わたしは顔を歪めて、アルシェールに尋ねると、アルシェールは真顔で、
「いじめっこになろう」
わたしは何を言われたか分からず、
「ん?」
ようやく出せたその言葉に、
「ロンドをいじめに行く」
「はぁ!!?」
わたしは声を上げた。
ケレミー達ですら、ロンドを恐れてリタラには手を出さない。試合で負けた事もなく、この孤児院の中では誰よりも強いと思われる。そのロンドをいじめるとはどう言う事なのか、わたしはアルシェールの言葉の意味が分からなかった。
「行く行く、すぐ行く」
「おかしい! おかしい! おかしいよ!!」
歩き出したアルシェールに叫ぶが、アルシェールはわたしには構いもせず、ずんずんと階段を下りて行く。
わたしはアルシェールを慌てて追った。
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