第三節 ランナカイのフェルミナ達

「ねえ、外出ないの?」

「怖い」

 小さな部屋、ベッドとサイドテーブル、箪笥、小さな靴箱が一つずつ置かれたその部屋で、デルフィは下着姿で布団に包まり、うつ伏せで枕に顔を埋めていた。窓は天窓の一つのみ。それすら今は半分閉められている。

「ねぇ、こんなジメジメした部屋に籠ってたら、病気になっちゃうよ」

「そしたら、ずっと寝てられる」

 フェーネは首をすくめた。

「ダメだこりゃ」

 そんな時、カタンと部屋の扉の脇にある、長方形の投函口から何かが入れられた。投函口に寄せられて、置かれていた靴箱の上に、一枚の手の平大の板が転がる。

「朝一配達、緑だよ」

「あ~!」

 フェーネは目を細めて、

「どうしてこうダメダメなんだろうねぇ」

 ぼやいた。


 緑の板。フェルミナに招集を知らせる合図。この板を受け取ったデルフィはシュミーズ姿でそそくさと起き出し、サイドテーブルの上に置かれた櫛で頭を梳かし、

「あつつ、引っかかった」

 同じくサイドテーブルの上の水差しから洗面器に水を注ぐと、ざぶざぶと顔を洗って、濡れた顔をシュミーズで拭く。箪笥から服を取り出し、ズボンを穿き、シャツを着て、両脇開きのコートタバードを首から通すと、腰にベルトを巻いた。首からホタテの貝殻と、合わせて真鍮の懐中時計を下げる。腰に軍刀を差し、

「行くよ」

 そう言うデルフィに、

「毎度勝手だなぁ」

 デルフィは眉根を寄せて、

「いちいち文句言わなくてもいいじゃない」

「はいは~い」

 フェーネはデルフィの肩にぽんと飛び乗った。


 デルフィがアルトネックの部屋に着くと、食堂でデルフィを突き倒した、青髪の男女の二人組がいた。二人は表情を歪め、男の方が、

「遅いぞ」

 と言う。

 デルフィの他には七人のフェルミナ達が居て、その誰もがデルフィを見て顔をしかめた。

 デルフィは、うつむいて、それ等を見ないようにする。部屋へと入り、アルトネックに挨拶をしてから、入口の近くまで下がった。

 アルトネックの顔は険しい。

「今回キミ達を呼んだのは、アルバレス・パティス大公国についてです。知っての通り、ここ、プリステ・アモージュの国から見て、グランセスタ山脈を挟んだ東側の大国です。神域の侵蝕が激しく、少し前に、神域の最前線、グランパティス、グランメディナの二都市にクリシュナスピールの導入が決まり、我々協会の者がその都市に設置しました」

 その事実はフェルミナであれば知らされていた。

「整備の者を配置し、稼働をさせようとした時、これを何者かに襲われたのです」

 途端に部屋がざわつく。青髪の青年が言う。

「どう言う事ですか。協会はどの勢力にも組せず、正当な対価と引き換えに、我々の技術を提供して来ました。敵対勢力はない筈では」

 アルトネックは首を振る。

「我々の直接の敵でなくとも、我々の行いや、その〝対価〟に不満を持つ者もいるのです。フェルミナが戦うのは何も神域の子だけではないのです。世界を救う、高尚なる目的であっても、理解しない者もいると言う事です」

「では、プラネトリア古王国?」

 長身の男が言う。

「バカか。いくら敵対関係でも、神域の緩衝地帯を自分から潰すものか」

 短髪の剛健な青年が言い、長身の男は顔を歪めた。

 その隣、女が、興味なさげに自身の長い銀色の髪を、手でくるくるともてあそんでいる。

 アルトネックは手を打つ。

「もう良いでしょう。お喋りはそこまでです。王都ファラスの本部から、指示が届いています」

 その場は静まり、全員の目がアルトネックに注がれる。

「現在、かなりの人員が出払っており、今は全員でこれだけしかいません。こんな中でも、この不穏な状況では、ここに数人は残っていただく必要があります」

 フェルミナ達は各々、周りを見回した。

「エステリティウス・エルファティトゥール・ネルヴァ、アミエスタ・エルファティトゥール・ネルヴァ、デルフィ・イルミナーゼ、三人は残りなさい」

 アルトネックのその言葉に青髪の、食堂でデルフィを突き倒した青年、エステリティウスがアルトネックの前に進み出る。

「何故わたし達兄妹が残らなければならないのですか! しかもこんな」

 そう言ってデルフィを指さすと、アルトネックの表情が険しいものに変わる。

「こんな、何ですか?」

 アミエスタがエステリティウスの肩を摑み、後ろに下げさせる。

「兄さん」

 エステリティウスは歯を噛み締め、デルフィを睨むが、デルフィは目を逸らした。

「あれは事故です。いいですか。ここに居る者達の中には、エルファティア出身の者もいるでしょう。なればこそ、よく聞きなさい」

 アルトネックは、デルフィを見、そして他の者達を見回した。

「災厄は、誰が起こしても不思議ではなかったのです。我々協会は、それ程に危険なものに取り組んでいるのです。大きな犠牲が出ようとも、それは誰のせいでもありません。苦難の度に我々は学ぶのです。理性的に物事を捉え、不和を憎み、何事かのせいにするような行いは慎まなくてはなりません」

 部屋は静まり返る。

「いいですね」

 アルトネックの厳しい声に、全員がはいと返事をした。


 部屋の扉が開き、デルフィが出て来る。後ろから短髪の男が派手に当たり、デルフィが弾かれる。歯を噛み締め、横目で青年を見るが何も言わない。そして立ち止まっているデルフィを後ろからアミエスタが押した。

「邪魔」

 デルフィはまた弾かれ、その後ろから出て来たエステリティウスにも肩をぶつけられる。

「痛いんだけど?」

 エステリティウスは首をかしげ、デルフィを強く押した。

 デルフィは廊下の壁にぶつかり、床に倒れ込む。

 エステリティウスに続いて出て来た三人のフェルミナは、デルフィを見て、直ぐに視線を逸らすとその場を後にした。

 一番最後に出て来たのは、銀髪の女だった。扉の中に向かって、恭しく頭を下げてから扉を閉める。振り返り、そして、部屋の中からは死角になっている所に倒れているデルフィを見た。肩眉を上げ、何も言わずにマントをはためかせて行ってしまう。


「デルフィ!」

 部屋の外で待っていたフェーネが、直ぐに寄って来る。

「平気」

 そう言ってデルフィは壁に手を突くと立ち上がる。

「〝何時もの〟こと」

「ねぇ、デルフィ。ネルヴァ兄妹や、他のフェルミナ連中の態度といい、異常だよ。これもみんな、エルファティアであった事が理由なの?」

 デルフィは何も話そうとせず、歩き始めた。

 フェーネは何時ものようにデルフィの肩には乗らず、その横を歩く。デルフィを見上げ、

「ボクには聞く資格すらないの?」

「違う!」

 足を止め、フェーネに振り返るデルフィの息は荒かった。

「ごめん」

 デルフィはうつむく。

 そんなデルフィの様子を見て、フェーネは首をすくめた。

 デルフィはのろのろと歩き、フェーネはその後を静かについて行く。自室に入ったデルフィは両脇開きのコートタバードを脱ぎベッドの上に放り投げると、そのまま布団の中に潜り込んでしまった。

 うぅ、と唸り、枕に顔を埋めるデルフィ。

 フェーネは、その頭を見下ろすように立つと、静かに言った。

「ねぇ、デルフィ。エルファティアで何かあったってのは知っているけれど、何があったのさ」

 フェーネの言葉にデルフィは顔を上げ、しばらくジッとしていたが、やがて口を開いた。

「フェーネはあの直後に、わたしの所に来たんだもんね。あの時の事は知らないか」

「うん」

 デルフィはフェーネを見上げる。

「フェーネは、わたしと会う以前の事はホントに何も憶えていないの?」

 デルフィの言葉にフェーネは頷いた。

「そっか」

 デルフィは顔を半分枕に埋め、

「あの時は色々起こった。その直後にわたしはフェーネが見えるようになった。何もかも不思議」

 そうしてまた言葉が途切れる。

「ボクと会う前、デルフィはどんなだったの? 良かったら教えてほしいな」

 フェーネの言葉にデルフィは頷く。

「そうだね、フェーネにはあそこで何があったか、ちゃんと話していなかったね。そしてわたしがどんなだったかも」

 そう言ってデルフィは静かに話し始めた。

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