第十三節 答合わせ

「わたしが町を収めて来るわ。みんなはここで、ドロップでも舐めて休んでいて」

 シェラミーは台地を後にしようと全員に背を向ける。

「誰も飴を口にするなっ!」

 デルフィが唐突に振り返り、そう叫んだ。

 全員の視線がデルフィに注がれる。

 デルフィは両腕を広げ、それから空を指さした。

「この町では昔からこの事件が起こっている。ずっとずっと。あの空は、人間達を誘き寄せる為の罠だったとしたら? この町は虫達が食べる為の人間を飼う牧場だったとしたら?」

 そう言って、全員の中央に当たる場所まで歩いて来ると、デルフィは周りを見回し、

「最後にこの事件の答え合わせをする」

 そう宣言した。


「どう言う、事ですか?」

 シーラが戸惑いの表情を浮かべる。

「あの空は、わたしが生まれた頃からです」

 デルフィは頷いた。

「それ程昔から、この事件は起こっていた証拠」

「あの空が、神域の子と何か関係があるって言うのか?」

 カティンが言う。

 デルフィは頷く。

「そもそも、住人に〝見知らぬ顔〟が混ざっていると言うのは、誰かが言い出したはず。そんな考えを植えつけられなければ、町の人々は処刑し合ったりしなかった。殺し合ったりしなかった。それにその考えの下に、何人か処刑して事件が止まったら、解決されたと勘違いして来た」

 フェーネはトンと地面に下りて、聴衆側に加わった。

「始め、遺体の状況から寄生虫が犯人だと思った。だけれど寄生虫はただ人に襲い掛かり内部を食い荒らすと、本能的に次の獲物に向かって行く。それのただただの繰り返し。そんなんだったらこの町はとうの昔に食い尽くされていたか、虫が直ぐに見付けられて、逆に殺し尽くされていたはずだ。でもそうはならなかった」

 デルフィは全員の前で行ったり来たりと歩き出す。

「虫の犯行とは気付かれなかった。こんな巧妙な襲い方をするのはただの虫じゃない。今回、シーラさんのご家族と、その後の殺人事件は明らかに殺され方が違う。犯人は別だった」

 殺人犯の男が顔を歪ませる。

 デルフィはその様子をちらりと見ると続けた。

「通常の殺人は、今回の白い粉の、相手の顔を正常に見せない効果で、殺し合いをさせた結果だ。粉の分量で見え方にも加減があったのだと思う。本当の犯人から目を逸らさせる為の、犯人も被害者も生贄だ」

 シェラミーもデルフィの方に向き直る。

 デルフィはまだも続ける。

「噂を蒔き、殺し合いをさせ、白い粉を扱える者は誰か。そして虫達を統率出来るような者は誰なのか」

 そう言って、デルフィはシーラを手の平で指し示した。

「シーラさんのご両親が同時に亡くなった。虫なら片方は遺体で、片方は宿主となるはずだ。が、そうはならなかった。これは何を意味するか? 三人目の犠牲者があの場所に居た?」

 シーラは首を振る。

「あの時、わたしとわたしの家族以外、家にいるなんて思えません」

 デルフィは頷く。

「そして物音も叫びも聞かなかった?」

 シーラは頷いた。

「つまり、シーラさんが叫び等を聞かなかったのは、二人とも暴れたり叫んだりしなかった。二人は無抵抗だったんだ」

「でも窓枠の所に居た。逃げようとしていたんだったら、暴れるくらいしてもいいはずだ」

 カティンの言葉にデルフィは首を振る。

「一人はベッドで眠ったままの状態だったのを確認している。実は、窓際の一人も、元々はベッドの上で寝ていたんだ」

「なら、なんで窓際に?」

 カティンの問いに、デルフィは頷き、

「窓を開ける為」

 デルフィは続けた。

「本来の寄生虫の習性とは大きく異なるけれど、この町にいる虫達は巧妙だ。本来の虫の姿のまま、窓から逃げ出し、殺人事件の生き残り、なんて疑われ易い者になるより、別のもっと疑われ難い人に〝なり〟に行ったんだろう」

「それが、アルザック先生や、親父か」

 カティンが呟く。

「虫は、あらかじめご両親のどちらかを食べていた。アルザックさんや宿屋のおじさんへの擬態を見れば、十分にできたのだと思う。そしてご両親は眠りに就き、もう一人が熟睡した頃を見計らって食べたんだ」

 シーラは体を強張らせる。

「そしてその体を使って窓を開け、そこから逃げた。遺体から抜け出して」

 デルフィはシーラとフレデリック、二人の様子をじっと見詰め、それから続けた。

「〝神域の子〟の有り様は様々だ。生き物であったり、無生物であったり、精神的なものであったり、知覚出来ないものであったり。ものによってはわたし達、協会の者でも手に負えないモノは多数ある。今回、虫達すべてが一匹一匹、神域の子だったとすれば、とても手に負えない。でも」

 デルフィは言い切った。

「今回は違う。女王のようなモノが居る。それを倒せば解決出来る。何故なら、わたし達がラムストックさんの家に行くのを恐れ、妨害しようとした事が、証となるはずだ」

「アンタが倒したんじゃないのか!?」

 絞首刑にされそうになっていた男が言う。デルフィは頷く。

「倒した。それは間違いない。わたしが手にした核の欠片が何よりの証拠」

 デルフィは空を見上げ、

「だけれど、それを倒しても空はまだあのままだ。あんな空は自然には出来ない。どう考えても不自然だ。出来る力があるとすれば、神域の子しか考えられない。まだあのままなら、他にも神域の子はいるんだ」

「おいおい、冗談はよしてくれ」

 カティンは首をすくめて言う。

 デルフィは首を振った。視線を下ろす。

「虫達を一つの体の中に留め続ける事は難しい。その食欲で以て、知能の高くない虫達は、自身の行動の隠蔽の必要性も知らず、次の獲物を探す。アルザックさんやおじさんを食べた虫は賢かった。だけどまだ何か見落としがある。そう思った時、あるものを見付け、そうしたら色々と思い付いたんだ」

「それは、何?」

 シェラミーの言葉に、デルフィはゆっくりと視線を向ける。

「シェラミー、フェーネの場所を指させる?」

 シェラミーは戸惑いの表情を浮かべる。

「どういう事?」

「いいから指さしてみて」

「え?」

「いいから!」

 デルフィにそう言われ、シェラミーは恐る恐るデルフィの肩を指さした。


 デルフィは目を細める。

「外れ、そこにはいないよ」

 実際フェーネは、シェラミーの背後に居た。シェラミーの表情は凍り付く。

「多分、フェーネは、アルザックさんとの戦いの最中に、その飴の成分を焼いたと思うんだ。それに今思い出すと、わたし、夜に飴を貰ったけれど、紙に包んで巾着に入れていた。それを投げた時、虫はわたしを襲っている最中にかかわらず、巾着に釣られたんだよね」

 シェラミーは俯く。

「虫が惹かれたのを考えると、まず、アルザックさんは何時も口をもごもごさせていた。シェラミーは宿屋のおじさんに、勇気付ける振りをして、飴を上げてたよね? あれはフェロモンみたいな何かで、虫を宿主の体に留まらせ続け、それを意のままに操る何かの薬だったんじゃないかな?」

「急に、どうして、そんな事、言うの。わからないわ」

 シェラミーは呟くような声で言う。

 デルフィは首を振った。

「宿屋のおじさんの近く」

 デルフィは後ろ手で、宿屋の親父の皮が落ちている辺りを指さす。

「ブローチが落ちててね、間違って踏んづけちゃったんだ。綺麗な青だったから直ぐにわかったよ。宿屋の中で急に白い粉が湧き出したのは、ブローチが大量に置いてあったからじゃないのかな? あれ、虫だよね?」


 全員の視線がシェラミーに注がれる。デルフィとシーラ以外の全員が、シェラミーから距離を取った。

「嘘ですよね? シェラミーさん?」

 シーラの問い。

 デルフィは続けた。

「それにわたしを庇う振りして、神域の子の存在を知らせる、ホタテの貝殻を奪ったりしてないよね?」

 シェラミーはデルフィにも、シーラにも答えない。

「あなたはフェーネが見えていたんじゃない。始めにわたしと戦った時、わたしとフェーネの会話を聞いて、予測したんじゃない? あの飴の成分がある場所を、シェラミー! あなたは察知する事が出来、だからあてずっぽうで、フェーネに飴を与えたんだ。察知できる場所が動き回る事を知って、あなたはフェーネの存在を確信したんだ!」

 デルフィはシェラミーに指を突き付けた。

「アルザックさんがあそこで正体を表したのは、ラムストックさんの家にわたし達を向かわせない為。ラムストックさんの持つ本に、あなたの正体に辿り着く記述があったはず。シェラミー! わたしの言葉を否定しろ。納得する説明をしてみんなにわからせろ! なぁ!?」


 俯いたシェラミーは、くすくすと笑い出し、シーラまでもがシェラミーから距離を取った。シェラミーは俯いたまま喋る。

「ねぇ、どうして? どうしてなのかな? わたしは、あなただけは見逃して上げようと思ったのに、ねぇどうして?」

 シェラミーはゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐにデルフィを見た。

「あなたならわかるでしょ? わたしだったら何時だってあなたを殺せたわ。なのに命すら救って上げたよね?」

 デルフィは目を見開いて、シェラミーを見ると、体を震わせた。

「何の……遊びだ? ここは、真面目に反論する所だぞ」

 そんなデルフィの言葉に、シェラミーはニッと、今まで誰にも見せた事のない、大きく口を横に引き延ばした笑みを浮かべる。

「かわいそうな子」

 そう言ってから胸に両手を置くと目を閉じて、祈るようにこう言った。

「あなたはわたしにどこか似ていたのよ。だから無事にいさせて上げようと思ったわ」

 デルフィは体を震わせると、両手を大きく叩き付けるように振った。

「何故だッ!!」

 シェラミーはひどく、ひどく冷たい瞳で、目を細め、こう言った。

「人間が、憎いからよ」


 シェラミーは片腕を胸に宛がうと、全員に向かって一礼した。顔を上げたシェラミーの表情は何時も通り。デルフィの替わりに行ったり来たりとしながら話し始める。対するデルフィは固まったまま動けずに居た。

「まずデルフィ、ちょ~っと違うわね。ま、みんなも、これからどうなるにしろ、暫く一緒に過ごして来た仲じゃない。わたしの〝想い〟と言うものも、ちゃんと話して上げるわ」

 そしてくるりと一回転し、デルフィを開いた手で示す。

「まずデルフィ、あなたの考えはとても素晴らしいわ! でも一つ間違いがある。ここを牧場だなんて、そんな事をするんだったらもっと効率的なやり方があるはずよ」

 全員が唖然とする中、シェラミーは続ける。

「いい? あなた達に取っては大昔、この地に開拓者の一団がやって来たわ。だからわたしは輝く姿を形作り、天から舞い降りて、かつての長老にこう言ったの」

 シェラミーは芝居がかった仕草や声で演じて見せる。

「お前達にこの地を与えよう! ただし、数年に一度、〝見知らぬ顔〟が町に紛れ込む。それは災厄の前兆だ。命がほしくば、その者を殺せ。怪しい者は殺せ。そうすればお前達は助かる、と」

 ニコリと無邪気な笑みを見せるシェラミー。今度は祈るように両手を合わせ、

「そしてこうも言ったわ。間違いを恐れるな。これはお前達が生き残るのに仕方のない事、些細な他者の犠牲に負い目を感じる必要はない、と」

 デルフィは歯を噛み締める。

「何故そんな事を」

 そんなデルフィにシェラミーは優しい視線を向ける。

「自分が助かる為に他者を殺す、そんな動物としての本性を思い起こさせる為、と言えばいいかしら?」

 そう言ってからシェラミーはくすくすと笑うと、

「みんなわたしが言ったようにしてくれたわ。本当の犯人は別にいるのに、ただただ助かりたいが為に、得体の知れないわたしの言葉を信じてね。なんでその人が殺したの? なんで不確実な内容で人を処刑するの? それは何? それはそう、他人を押し退けても自分が助かりたいからだわ」

 まるで何かに酔ってでもいるかのように言う。

「心、と言うものは醜いの。わたしはそれをみんなに感じてほしかったのよ」

 そしてデルフィを見詰め、静かに言う。

「それが本当の、わたしの目的」


 デルフィは軍刀を抜くとシェラミーに突き付けた。

「お前達神域の子の言葉は何時も狂っている」

 シェラミーはゆっくりと、突き付けられた軍刀に歩み寄る。自らで、その切っ先を喉に当てた。デルフィは目を剝き、歯を噛み締める。

「わたしが人を愛しているからよ」

 シェラミーは真っ直ぐにデルフィを見る。

「そしてとても憎いの」

「何故?」

 シェラミーは笑みを湛えたまま、それには答えない。

「人間は、自らのした事を忘れてしまった。あなたは?」

 そう言って首をかしげる。

「あなたは、わたし達にずっと近い」

「惑わすな!」

 シェラミーはそっと後ろに下がると、デルフィをじっと見詰めた。

「突かなかったわね。優しいのね?」

「くっ」

 デルフィは柄を握る手に力を込める。

「ここで生き長らえる事が出来たなら、協会のやっている事を調べてみなさい。そして人間の事も」

 シェラミーはサーベルを抜き、デルフィに向かって構えた。

「挫けそうな時はガッツだよ。デルフィ?」

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