第十節 屋上の決闘

 シェラミーに腕を引かれ仕方なく二階の部屋に駆け戻ったデルフィ。シェラミーである捩じくれた枯れ木は全員を見渡すと言った。

「下は大混乱、出られない。外も同じでしょう。暫くここに籠った方がいいわ」

 それにデルフィは首を振る。

「今、急にこんな事をして来るのは変だ。ガースさん、ラムストックさんの家にさっき言ってた記録書はある?」

 ガースである枯れ木は首を振る。

「わからねぇ」

「家を知っている?」

「あぁ」

「なら行こう」

 ガースである枯れ木は両腕を広げた。

「どこからだ!?」

 デルフィは窓を指さした。

「自信のないものはこの部屋で鍵を閉めて待ってて。こうなったからにはどこが安全でどこが危ないかなんてわからない。だから動く時は固まって動く」

 デルフィの声に全員が行くと言う。デルフィは頷き、なら縛られてる二人も連れて行くと言う。それに大柄な自警団員のホーウェルである枯れ木が反対する。

「こんな混乱の中、敵かも知れねぇヤツ等を連れて行くのは反対だ!」

 他の数人の自警団員も頷くが、デルフィは厳しい声で言う。

「町の人間を守るのが自警団員じゃないか? 犯人と確定していない、疑いがあるだけの人を見捨てるのが自警団?」

 ホーウェルは口を歪める。

「置いて行ったら殺される。今、置き去りにしようと言う言葉が出た事がそれを物語ってる」

 シェラミーである枯れ木は頷いた。

「デルフィの言う通りね、連れて行きましょう」

 ガースは部屋の扉の所まで歩き、

「閉じ込めてるヤツに、状況を説明して連れて来る」

 デルフィは頷いた。


 暫くして部屋に全員が揃う。デルフィ、フェーネ、シェラミー、ガースを含めた自警団員七名、アルザック医師、シーラ、フレデリック、縄を解かれた容疑者二名、総勢十四名と一匹の大編成となった。

「ガースさんは道案内。次にわたし、自警団の人は三、三で前後に別れて容疑者の人を守って。アルザックさん、シーラさん、フレデリックさんはその次で、シェラミーは後方をお願い」

 デルフィの指示で隊列が決まった。

 窓の外、家々は密集して建ち並んでいる。

「フェーネ、ガースさんの前をお願い」

 デルフィの声にフェーネは頷き、その肩を降りる。ぴょんぴょんと屋根の上を飛び、ガースの前に降り立った。フェーネの姿が見えないガースは気付きもしない。

「抜けねえだろうな?」

 ガースは恐々とした調子で窓から足を出す。その足が木の屋根を踏み締め、ぎりりと軋む。

 屋根の下は混乱した住民に満ちていた。白い霧は宿屋を中心に広がっている。宿屋から離れれば離れる程薄まっているのが見て取れる。

 ガースは屋根の上をそっと、それでも速足と言っていい程の速さで歩き出した。それにデルフィ達が続く。傾斜した屋根の上を一行は苦戦しながら進み、やがて石作りの同じ高さの家々が建ち並ぶ一帯に出た。

 町の施設なのか広い屋根は瓦。他の家々とは違い、その屋根の傾斜は緩やかだった。右奥には小さな塔があり、そこには人の半身程の鐘が吊るされている。

「もう直ぐで長老の家だ」


 その時、強い風が吹いた。一行は目を瞑る。霧が薄れ、各々の視界に映る人物の姿が人に戻った時、悲鳴が上がる。

「カシュラ! ホロディン!」

 振り向いたガースが叫んだ。

 そこには、信じられない膂力りょりょくで、紙を割くように二人を割いた、アルザック医師の姿があった。呆然とする周り。そして炸裂音がなり響き、アルザック医師の背中が破裂すると同時に、そこから白い粉が噴き出した。

 化物の姿に戻る一行。ガースと大柄な団員ホーウェルは容疑者二人を避け、アルザック医師の前に立つ。最後方に居たシェラミーは屋根の上を飛び跳ねるように、シーラ、フレデリックを庇うように前に出た。

 ガースとホロディン、シェラミーに挟まれるようにたったアルザック医師は、人の声とは思えない声で笑う。そしてその破れた背中からは、黒い、ダンゴ虫に羽を生やしたような、大小の黒い虫が飛び出して来た。

「いけない! 下がれ!!」

 デルフィは容疑者二人をアルザック医師から遠ざけるように引っ張りながら叫んだ。

 だがその声の前に、ガースとホロディンは剣を抜くと、アルザック医師に突きかかっていた。

 だが、アルザック医師の背中から出る虫は数を増し、近付いて来た二人をあっと言う間に取り巻く。二人は直ぐに悲鳴を上げ、屋根から転がり落ちて行った。

「くそっ! カティンさん! 二人を頼む! 前に進め!」

 デルフィの声に、呆然としていたカティンは慌てて頷き、もう一人の団員と一緒に容疑者二人を連れて先の家の屋根へと飛び移る。

「シェラミーも下がらせて! ここはわたしがやる!」

 シェラミーは怒りに身を任せて、今は虫の塊と化したアルザック医師に襲い掛かろうとしていた団員の襟首を摑みながら、

「わかった、デルフィ! ガッツだガッツだガッツだよ! あなたならやれるわ」

「こんな時にふざけるな」

 デルフィの静かな怒りの声に、シェラミーは口元を歪ませ、

「重さを受け止めすぎると判断が鈍る。集中する事はわかっているわね?」

 そう言ってウィンクする。そしてデルフィが頷くのを見ると、

「お手並み拝見」

 シェラミーはそう言って厳しい表情に戻り、

「だからアンタも聞く! 状況判断をして役に立てる事をやりなさい」

 そう団員を叱り付ける。後方に残った団員一名とシーラ、フレデリックは、シェラミーに言われて、じりじりと後ろの別の家の屋根の所にまで後退した。


 睨み合うデルフィとアルザック医師。デルフィは腰の軍刀を抜刀する。フェーネが屋根を渡り、デルフィの足下までやって来た。アルザック医師を威嚇するように構える。

 対するアルザック医師はゆっくりとデルフィの方に寄って来た。その目はぐるんと回ると、裏側は球体ではなく、多数の体節と脚をばたつかせた巨大なダンゴ虫のような下腹。口は上顎と下顎が直角になるまで開け放たれ、その中は多数の脚と体節が絡み合っている。目、鼻、口はただの穴に成り果て、そこから無数の虫達が這い出して来ていた。

「何時から、だったんだ」

 デルフィは口を歪ませる。だが回答はなく、代わりにその体の上を這っていた数匹が、固い羽を羽ばたかせて飛び立った。背中からも飛び出る黒い群れは、大きく広がり、デルフィとフェーネに襲い掛かる。一人と一匹は後方に飛び退く。強い風が吹き、虫の群れは棚引くが、直ぐに元の集合に戻る。その巣たるアルザック医師も、デルフィ達への歩を止めない。今や虫達の目標は、一人と一匹だけのようだった。

「ほらこっちだ!」

 デルフィは更に他の者から虫達を引き離す為、鐘楼の近くまで退いて叫ぶ。そうしながら横目で屋根の下を見ると、そこにも混乱した人々がいた。

「降りられないならここで決着を付けるしかない。フェーネ! ヤツの下の家焼いて。家具は全部、ごうごうで。人が居たら追い出して」

 デルフィの声にフェーネはその下で頷いた。

 フェーネは屋根を蹴り、飛ぶ。素早い身のこなしで屋根から飛び降り、向かいの家の壁を蹴ると瓦屋根の建物の窓を突き破る。

 そのフェーネを、数匹の虫が追おうとするが、デルフィは軍刀でそのすべてを斬り伏せた。

「相手はこっちだ」

 デルフィは寄って来る虫達を次々に切り払って行くが、アルザック医師が近付けば近付く程、虫の数は増え続ける。

「繁殖力が強いからって、餌もないのにデタラメなんだ!」

「デルフィ! 無理よ! 分が悪いわ!」

 シェラミーの声が飛んで来る。

「だけれどコイツをここで始末しなきゃ、止められなくなる!」

 デルフィは軍刀を振り回しながらもアルザック医師に向かって歩き始める。だがアルザック医師の体からは、無尽蔵と思える程の虫達が次々に湧き出て来て、デルフィはその足を止めざるを得なかった。

 デルフィの戦いは無茶苦茶で、軍刀を片手に持ち、もう片方の手で腰に付けた巾着を外すと振り回し始めた。

 だが効果は薄く、虫達はいよいよ群がって来る。

「デルフィ!」

 シェラミーが駆け寄ろうとする体勢を視界に捉え、

「こちらに来るな! 他の人達を守れ!」

 そう叫び、必死に巾着を振り回すデルフィ。だが次の瞬間、手からすっぽ抜ける。

「あっ!」

 すると。虫達は、デルフィでなく、その巾着を追った。

「もしかして動きか? 夜行性、目が弱いのかも」

 そうしていると、瓦屋根のあちこちから白い煙が立ち始める。デルフィは足の裏に堪え難い程の熱さを感じ始めた。

 そんなデルフィの肩に、後ろからフェーネが飛び乗った。

「行って来た。下はごうごう、燃えるものなんてもうないよ」

 デルフィは頷くと、小さな鐘楼を見上げた。もう間近まで来ていたアルザック医師に背を向けると走り出す。両腕を引き、塔に軍刀を突き刺した。それは、石造りのそれに折れる事もなく突き刺さる。デルフィは飛び上がり、軍刀の腹に乗る。軍刀はたわみ、デルフィは蹴る。軍刀がバネの代わりのようになり、デルフィは更に大きく飛び上がり、鐘を打つ場所に飛び乗った。

「フェーネ!」

 白熱するフェーネは鐘を吊るす綱に巻き付きそれを焦がす。同時にデルフィは鐘を押し、綱が焼き切れると同時、鐘は鐘楼の下に広がる瓦屋根の上、アルザック医師の目の前に叩き落とされた。

 瓦が砕け、崩落し、崩落したはずの瓦が噴き出した。幾つもの瓦を弾き飛ばし、屋内で燃やす物を失っていた火達が、空気を求めて一斉に噴き出す。

 それは一瞬であったが、その近くに居るモノを焦がすのには十分だった。火の中で影のようになったアルザック医師は、まるで袋の様に〝中身〟からずり落ちた。〝中身〟は散り散りになって飛び立ったが、直ぐに巻き上がった炎に焦がされ、家の中で渦巻く炎の中に落ちて行く。

 デルフィは鐘楼の中に隠れて、火をやり過ごしたのだった。


 デルフィは鐘楼から下を覗き込む。

「終わった」

 そう言って飛び降りた。フェーネも従う。それから、鐘楼に刺さった軍刀を両手で引き抜き鞘へとしまう。フェーネもデルフィの肩へと戻って来た。

 そんなデルフィのもとにシェラミーが駆け寄って来た。

「お見事。助かったわ。デルフィ、そしてフェネちゃん」

 デルフィは首をすくめてから俯いた。

「救えなかった」

 シェラミーは首を振ると、

「デルフィは頑張った」

 そう言って、デルフィの頭を撫でる。だがデルフィは何も答えなかった。

「それにしても、あなたの軍刀凄いわね。見てたけど、折れないのね」

 デルフィは顔を上げると目を細め、

「見たいと言ってたのが見れたな」

 その言葉に覚えがないのか、シェラミーは首をかしげる。

 デルフィはその様子を見て、小さく鼻で笑うと、放心している、シーラ達のもとへと歩いて行った。

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