第九節 誰が被害者を殺したか

「アルザック先生、見慣れた人物の顔がわからなくなるなんて事はあるのか?」

 ガースの問いに、アルザック医師は口をもごもごとさせながら頷いた。

 宿屋の二階の一室、デルフィにフェーネ、シェラミーに自警団の全員、アルザック医師と、フレデリックにシーラまでが集まっていた。捕えて来た男を前に話している。

「〝相貌失認そうぼうしつにん〟と言うのがある。頭部損傷等で、親しい者の顔すらわからなくなる事もあると言うが」

「それは一時いっときのものなのか?」

 ガースの言葉にアルザック医師は首を振る。

「損傷が原因なら、そう直ぐに、自然に治ると言う事はないのではないかと思う」

「なら、そうでなかったら?」

 デルフィの言葉に全員がその顔を見る。

「一時的に間違え、殺し、その後に気付く。そうだったんですよね?」

 デルフィの言葉に椅子に後ろ手に縛られた男は頷く。

「あぁ、アルバス一家は俺もよく知っていた。だけれど、何やら騒がしくって、俺は家を訪ねたんだ。そしたら……」

「そしたら?」

 シェラミーに促され、男は唾を呑む。

「家族同士で殺し合っていた。そして、俺は、その一家が、全く知らない人間に見えて、襲い掛かって来て」

 男の言葉に場は一瞬、静まる。そんな中、デルフィは男に問いかけた。

「家に入って、何か普段と違った事、おかしいなって気付いた事はない?」

 男はデルフィの顔を見て、俯き、えーと、えーとと小さく呟いてから、

「何か、白いなんか、塵だか埃何だかみたいのが、舞っていたような、充満していたような気がする」

「そこから何か思い当たる事は?」

 デルフィは全員を見回すが、誰もが首を横に振った。

「まず状況を整理しようと思う」

「紙とペン、借りて来ます」

 フレデリックが部屋から出て行く。



 デルフィは今まで得た情報から幾つかのものを書き出した。


 『住人が起こっていると言っている事』

  一つ、住人の中に〝見知らぬ顔〟が紛れ込んでいる。

  二つ、何人かを絞首刑にすると殺人事件は止まる。

  三つ、五、六年毎に殺人事件は起きている。


 『殺人の起こる動機』

  一つ、相手の顔が違うと認識する。

  二つ、白い塵? 埃のようなものが理由か?

  三つ、見知らぬ顔が〝居た〟のでなく〝そう見えてしまう〟


 『顔が違うと殺人犯だと何故思うか』

  現在、理由は不明。


 『殺人方法』

  一つ、体内総てのものを溶かす。

  二つ、普通の殺人事件のような殺され方もある。


 『遺体について』

  一つ、体内が溶かされているものには首に傷、何かを注入している?

  二つ、体内が溶かされているものは、水分がすべてなくなっている。

  三つ、黒く変色して干からびた姿になる。



 これ等を書いてからデルフィは言った。

「シーラさんの家の、事件に関しては、状況から、思い当たるものは、あります」

 その言葉にその場に居た全員の視線がデルフィに集中した。

「〝寄生虫〟」

 アルザック医師は顔をしかめる。

「寄生虫? ありえんよ」

 だがデルフィは首を振る。

「ここは、どんなに晴れて、日が注いでいようと、〝神域〟に違わない。なら寄生虫も普通のものじゃない」

 デルフィや、フェーネ、シェラミー以外が息を呑む。

「神域には寄生虫、寄生樹と言うものが、存在します。これは人間だけでなく、動物なんかに寄生して、その体内を、喰らうものです」

 デルフィは指で小さな幅を示し、

「こんなものの一匹が、体内に潜り込めば、潜り込まれた者はもう終わり。あっと言う間に増殖し、人間だったものは、皮だけになります。そしてその皮だけをまとって、外見だけ本人を装います。でも見れば直ぐわかるんです。目は空洞で、中を蠢くものが、見えるから」

 ガースは顔をしかめて聞いた。

「それが人間の体内を溶かし、食べ尽くしたと?」

 デルフィは頷く。

 アルザック医師は聞いた。

「体内を食べた虫はどこに行くんだね?」

「普通は、食べられた者が、その虫の宿主、と言うか、巣となります」

 シーラは顔を強張らせ、フレデリックがその肩に手を置いた。

 ガースは両腕を広げると言った。

「じゃ、クラウヴェル家の時はどこ行ったんだ?」

 デルフィは首をすくめた。

「でも、あの干からびた、もぬけの殻は、虫達が出て行った後の死体にそっくり。寄生虫の仕業だと、考えられるけど、そうだとしたら、次の巣くわれた人間は、直ぐわかる。なのに、そんな話しを、聞かないのがわからない」

 そう続けた。

「何だってそんな悪趣味なんだ?」

 今まで黙っていたカティンが言った。

「寄生虫は変温動物。神域は寒冷な地が多く過酷。だから〝皮〟を被り、その皮の中で、群れで動き回る事により、恒温性を獲得している」

 デルフィの言葉を聞いてアルザック医師も顔を歪める。

「まるで蜂の巣の中の蜂のようだな」

 ガースは肩をすくめて言った。

「気持ち悪いな。つまり、体内が虫うじゃうじゃなヤツが、俺達の中に紛れ込んでいるって訳か?」

 デルフィは首を振る。

「わからない。さっきも言った通り、人の振りなんて出来ない。出来ても大雑把な外見だけだから、直ぐにわかる」

 デルフィは考え込み、俯くと続けた。

「それに、寄生虫は、高度な知能は有していない。獲物を見付けたら、手あたり次第、襲い掛かり、体を乗り換え続けるから、直ぐに騒ぎになるはず。第一、五、六年も食べずにもつはずがない」

「なら、なんだってんだ?」

 ガースの声に、デルフィは声をひそめるように言った。

「普通の寄生虫と違うか、誰かが操っているのかも知れない」

「新種、ですかな?」

 アルザック医師はそう呟いた。

 デルフィはその言葉に頷き、

「そうだとしたら、白い塵? 埃のようなものは、その虫が出す蝶の鱗粉やフェロモンのようなもので、幻覚を引き起こすのかも」

 そんな中、シーラが口を開く。

「でもこの話しじゃ、〝見知らぬ顔〟が殺人犯だって繋がりません。寄生虫だったら〝見知らぬ顔〟じゃなく、何かが中に巣食ってるって言う事になるのではないですか?」

 その言葉にデルフィは両手を打ち合わせた。

「そうだ! そもそも見知らぬ顔なんていない。誰かがそんな噂を流し、町の中に不和を起こしている。理由はわからないけれど、初めに、〝見知らぬ顔〟について言った人間が居るはずだ!」

 だがガースは両手を広げる。

「おいおい、この町何時からあると思ってる? この事件の繰り返しは、俺が子供の頃からある話しなんだ。そいつが犯人ならもうとっくに」

 デルフィは首を振った。

「神域の子なら、まだ生きているかも知れない。違う皮を被って」

「今、すぐわかるって言ったじゃねぇか」

 ガースの言葉にデルフィは、

「あてずっぽうの憶測だけれど、擬態が凄く上手くなっている、新種とか」

 シェラミーは首をすくめた。

「神域の子は、寄生虫の新種かしら」

「かも知れない」

 デルフィは頷く。

 ガースは手を叩く。

「待てよ、長老なら、過去の記録を持ってるかも知れねぇ。長老が代々引き継ぐ記録書だ。何かわかるかも知れねぇぜ」


 その時、階下から悲鳴が聞こえて来た。

 二階の部屋のドアが荒々しく開かれる。飛び込んで来たのは宿屋の親父、と白い霧。

「アンタら、下に来てくれ、大混乱だ!」

 全員の動きが止まる。

「どうした? 何し」

 そこまで言って宿屋の親父は悲鳴を上げ、慌てて部屋から駆け出して言った。


 部屋の中でも悲鳴が上がるが、

「落ち着け! 今聞いたばかりの話しだろうがよ!」

 ガースの叫びで、混乱は静まる。

 そんな中、デルフィは冷静に言った。

「声、わかる!? 服装は!?」

「服装や声は変わらねぇみたいだ。だが、こいつぁ……」

 デルフィ達の視界では、他の人間の顔が、捩じくれた枯れ木に見えた。目や口は歪んで左右非対称に、人によっては、上下逆さまやめちゃくちゃな並びになっているように見えた。

「結構きついぜ」

 ガースの声の、太く、黒ずんだ枯れ木が言った。

「いよいよ、本番ね」

 細く、人一倍捩じくれている枯れ木がシェラミーの声で言う。

「寄生虫は夜行性。どうして昼間に」

 そう俯き呟くデルフィの肩の上、今までずっと黙っていたフェーネが囁いた。

「そうするには訳があるはずだよ」

 デルフィは顔を上げ、駆け出した。シェラミーの呼ぶ声にも足を止めず、デルフィは宿屋の階段を駆け下りた。


 一階の酒場は、外に至るまで白い霧に覆われていた。視界の通らないそこかしこから悲鳴や怒声が聞こえて来る。デルフィの視界が届く範囲では、多くの人が殴り合い、押し合い、外に出ようと出口に殺到している。

「ラムストックさん! ラムストックさんは居ますか! 姿に惑わされないで! これは幻覚だ!!」

 デルフィがそう叫んでいる所にシェラミーが下りて来た。デルフィの腕を摑む。

「ここで探すなんて無理。みんな上で待たせてある。二階に逃げるわよ」

「待て!」

 デルフィの叫びに構わず、シェラミーはその腕を強く引いた。

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