第八節 殺害の手口

「アルバスがやられた」

「協会のヤツらがいてもどうしようもねぇじゃねぇか」

「よそ者が偉そうに」

 デルフィやシェラミー達が、夜警をしていたのに関わらず、殺人事件発生の報が届いたのは、翌日、日が登った後だった。


 シェラミーを先頭に、事件現場に向かう。酒場の前に列を作り出した人々から冷ややかな視線が注がれた。

 列の横を通りかかる時、そんな視線はないかのように、シェラミーは別の事を口にする。

「少ない」

 デルフィも顔をしかめて言う。

「所詮、よそ者は信頼がない」

 シェラミーの言葉通り、酒場に並ぶ人の列は前日より少なくなっていた。

「こんなんじゃ意味ないのに。解決するものも解決しなくなるわ」

「ま、言ってても仕方ない、行くぞ」

 デルフィはそう言い、シェラミーは大きく溜息を吐く。

「はいはい、協会の人達あっちだよ」

 カティンは反感の視線を集めるそこから、早く離れたいのか二人を急かす。


 現場はシーラの家とよく似ていた。家の間取りも似通っており、違う所は住人が全滅していた事、そして、

「ブローチ」

 シェラミーは遺体の胸元に付いている青いそれを眺めた。

「今回の犯人は違う」

 デルフィは居間に倒れていた遺体の側に屈み、そう言った。

 今回も検死に来ていたアルザック医師はその側で溜息を吐く。

「鋭利な刃物で何回も刺されています。即死ではなかったでしょうね、随分暴れています」

 アルザック医師の言葉通り、居間は物が散乱していて、食器の破片等もそこかしこに転がっている。

「何時も、奇妙な死と、こう言うのも何ですが、普通な死が入り混じっているんですよ」

 アルザック医師は口をもごもごとさせると、そう続ける。

 デルフィは立ち上がると、

「そんなに暴れたのなら、近所の人は誰も気付かなかったんですか?」

 アルザック医師は首を振る。

「わたしにはわからんよ」

 すると横から大柄な自警団員、髭面のホーウェルが顔を出した。

「カリムとマニスに聞いて来させたが、誰も、何も気付かなかったと言っている」

 デルフィは大きく溜息を吐く。

「でもおかしいじゃないか。ここは家が密集している。こんな暴れ方をしたなら、誰か気付くはずだ」

 そう話していると、別の部屋を検分していたガースが顔を出す。

「みんな同じ殺され方だ。〝普通〟の殺人。ここの遺体も含め、全員で三人。奥の部屋でも争った形跡があった」

 デルフィは両腕を広げ、

「暴れたのは一人じゃない。何度か、それも別の部屋で」

「こんな物もあったぞ」

 ガースは片手で服の切れ端のような物を掲げて見せる。

「被害者の衣服のどれにも一致しない」

「確かに殺され方が今までと違うわね。状況も」

 デルフィの背後に立つシェラミーは呟いた。

「そう言えばカティンはどこ行った?」

 ガースの言葉にシェラミーは首をすくめ、

「外に吐きに行ってるんじゃない?」

 ガースは首を振り、あいつめ、と、おでこに手を当て首を振る。

 デルフィは言った。

「刃物でメッタ刺し、刃物を使っている。前回の特異な殺され方じゃない」

 その場にいたものは全員頷いた。

「それに複数の人間が複数の場所で暴れているのに、近所の人は誰も気付いていない。それにそれ」

 デルフィはガースの持つ布切れを指さす。

「それは重大な証拠。今すぐ近所の人の服を全部確認した方がいい。家の中の確認も、今すぐ」

 ガースが顔をしかめる。

「住人を疑うって言うのか?」

 デルフィは頷く。

「手際が悪すぎる。別の犯人だと考えるべき。そもそも町の人達は相手が一人だと思い込んでるんじゃないか? 住人は、怪しい者を吊ればそれで止まると思い込んでるけど、本当にそうなの? その中に犯人がいたとしても、数年後にはまた同じ事件が起こっている。吊られていない、もしくは吊られても他が居る」

「それでも、初めの事件と別の犯人であるという証拠はないわ」

 シェラミーが口を出すがデルフィは首を振った。

「神域の子も一体とは限らないし、その事件に紛れて人を殺そうとする者もいるかも知れない。今は一つの考えにとらわれない方がいい」

 デルフィの肩の上、フェーネが呟いた。

「神域の子が二体もいたら、走って逃げ出したいけどね」


 デルフィに急かされるよう、自警団員は現場の家の前に、付近の家々から住民を集めた。

 集まって来た住人は、みな不満気な顔で、デルフィ達を黙って見詰めている。そんな住人の前にデルフィは進み出て言った。

「あの、その、申し訳ないんですが、その、調べさせて貰います」

 デルフィの言葉を聞いた住人の表情は途端に険しくなる。

「あの、疑っている訳ではないんです。事件を全部、神域の子のせいにするのはどうかと」

 住人の一人が言った。

「神域の子じゃないなら誰がアルバスの一家をやったんだ! 俺達が殺したって言うのか!」

 それを合図に、ふざけるな、とデルフィ達に罵声が飛ぶ。首をすくめるデルフィの前に、ガースが進み出た。

「おい、お前ら! いいか!? これは殺人事件だ。なら犯人に神域の子も人間も変わりはねぇ。なら、俺達も普通の殺人事件を調べるのと同じにする。こう言う事があった時、俺達が調べていいと、長老が決めたのをお前らも知っているはずだ。身に覚えがねぇなら、堂々と身の潔白を示せばいいだけだろうがよ。こうやって、ごねてる間に犯人が逃げるんだ。少しは協力したらどうだ!」

 ガースの力強い発言に、住民達は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、口は閉ざしたのだった。

「ありがと」

 デルフィは、ぼそっと言った。

 そこにカティンがやって来る。

「どうした、カティン、遅いぞ」

 ガースの言葉にカティンは肩をすくめて言った。

「それが、現場の裏手の家、一軒、人はいるようなんですが、扉を叩いても開けてくれないんです。確かに物音がしたんですが」

 ガースとデルフィは顔を見合わせる。デルフィは、

「ここにいる人達の、服の確認、お願いします。わたしは、見て来る」

 ガースは頷いた。

「カティン、案内してやれ」

「はい」

 カティンは走り出し、デルフィが続く。

「あ、わたしも」

 遅れてシェラミーも続いた。

 その姿を見送ってからガースは振り返る。剣呑な雰囲気の住人と、その後ろで両手を広げて見せる大柄なホーウェルを見て、やれやれと呟いた。


 カティンに連れられ、扉の開かない家の近くまで行くと、その家の扉は開いていた。そして一人の男が駆け出して行く所だった。

「待って!」

 それに気付いたデルフィは男を呼び止める。

 男は後ろを振り向くと、途端、走る速度を上げた。

「あんにゃろ!」

 カティンが駆け出す。デルフィも走り出す。木造の家が立ち並ぶ狭い路地、朝早くだが人はいない。

 カティンが叫ぶ。

「逃げられないぞ! お前の家はわかっているんだ!」

 だが男は走るのを止めない。

 カティンは笛を鳴らした。ぴーと音がなる。幾つかの家の窓が開き、何人かの者が外の様子を窺う。

「止まれ!」

 カティンがそう叫ぶと同時だった。男に幾つもの小さな礫がぶつかり、ぎゃと声を上げる。

 デルフィが後ろを振り返ると、シェラミーが何かを投げた後の恰好のままだった。

 男はふらつき、速度が落ちた男に、追い付いたデルフィとカティンが掴みかかる。

 とその時、男が空を薙ぎ払った。デルフィは咄嗟にカティンに体当たりし、そのままデルフィ自身も横に飛ぶ。男の手には短刀。

「俺は、俺は悪くない!」

 荒い息、見開かれたその目は血走っている。胸元には青いブローチ。

 カティンが剣に手をかけようとして、デルフィがその手を後ろ手で抑えた。

「落ち着いて、わたしは話しを聞きたいだけだ」

 男に呼びかけるデルフィ。その言葉が聞こえないかのように、男は短刀で威嚇する。

「黙れ! お前達が、お前達が、解決するんだろ! 早く解決しないからいけないんだ!」

「おいお前! 何を言ってる!?」

 カティンの怒声。だがデルフィはカティンを抑える。

「刺激したらダメだ」

 そうしてから両手を上下に揺らし、男にそっと近づいて行く。

「訳を話して。何があって、何をしたか。わたしは神域の子と何度も出くわしてる。他の人が信じられないような事でも、信じるから。力になる」

 男はきょろきょろと辺りを見回し、

「居るんだ、居るんだよ。この町には数えきれない程の見知らぬ顔が!」

 男は短刀を突き出した、と同時、その短刀が宙を舞う。一回転して地面に刺さった。男はへたり込んで、その鼻面に、シェラミーがサーベルを突き付けて立っていた。

 デルフィはそのサーベルを手で避けると男の前でしゃがみ込む。

「何で逃げたんだ」

 男は首を振り、違う、違うと言う。

「あなたが殺したの?」

 デルフィの言葉に男は目を見開くと、

「違う! アイツ等は! アイツ等の顔を知らなかったんだ!!」

 そう叫んだ後、自らの身体を抱きしめ、

「急に襲い掛かって来て、それで俺は……」

「俺は?」

 デルフィに促されて、男は呟く。

「死んだら、知ってた。知らない顔なのに、知ってたんだ」

 カティンが吹いた笛の音に釣られて、他の自警団員が集まって来た。

 デルフィは立ち上がると、その場の全員に言った。

「この人が、取り敢えず犯人。詳しく話しを聞く必要がある。〝ホントウ〟の犯人が別にいるかも知れないから」

「本当の犯人?」

 ガースがそう問い、その場の全員が顔をしかめた。

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