第七節 自警団

 シェラミーとラムストック老人、宿屋の親父の交渉で、宿屋の二階はフェルミナと自警団の事務所になった。二階の部屋は六部屋あり、デルフィとフェーネ、シェラミー、シーラで一部屋づつ使い、一部屋は窓を板で打ち付けて、男を閉じ込めて置く事にした。もう一部屋は会議室、もう一部屋は自警団の仮眠室。自警団は全員で七名、フレデリックも合わせて十一名で今回の事件に当たる事になったのだった。


 夜、会議室、と言っても小さな客室からベッドを撤去し、大きな丸テーブルを下の酒場から運び入れただけの部屋。シェラミーは自警団とデルフィ、フェーネ、シーラにフレデリックを集合させていた。

「今回我々は協力して事にあたります」

 シェラミーがそう言うと自警団の髭面の男が腕を振るって怒鳴る。

「長老の言葉でここに来たが、なんで見ず知らずのお前の言う事を聞かなくてはならない!」

 シェラミーは目を細めると、

「わたしはシェラミー・フェルファーナ。あなたは?」

 男は鼻を鳴らすと、

「俺はガース・ヒデックだ! 自警団のおさを長年やっている!」

「ならこれで知り合いね?」

 ガースは顔を歪めると、

「協会の人間だか何だか知らないが、そもそもお前達が〝神域の子〟でない証明はあるのか!?」

 シェラミーは両手を広げた。

「だから言ったでしょ? わたしだったらこんな回りくどいやり方しないって、もう一度教えてあげたらいい?」

 ガースはぎりりと歯を噛み締める。

 デルフィは二人の間に割って入って、

「そんな事、やってる場合じゃない。今はこの事件、解決する事が優先、違うか?」

 シェラミーとガースの顔を交互に見る。それからガースに向かって、

「わたし達は外部の者。心配なら監視を付けるといい。でも、ここは人が多い。わたし達だけじゃ、全部見れない」

 シェラミーは首をすくめ、ガースは一歩引いた。

「わたし達の目的は神域の子の排除、あなた達の目的はこの事件を終わらせる事。利害は一致している。協力してほしい」

 デルフィの言葉にガースは大きく溜息を吐き、首を振る。

 シェラミーは言う。

「わたし達が神域の子じゃないのは、信じて貰うしかないわ。証として見せられるのは、首のホタテと、昨日のわたしとデルフィの戦いくらいかしらね」

 ガースは両腕を開いて投げやりな調子で言う。

「わかった、わかった! だが俺はこの女と一緒に行動するのはごめんだ」

 そう言ってシェラミーを指さす。他の団員もざわつく。

「わたしもかな?」

 シェラミーの軽口をデルフィは咎める。

「シェラミー!」

 シェラミーは両腕を開き、

「はぁ~い」

 そう言った。

 そうしてからデルフィは続ける。

「似顔絵描きは、終わってない。敵の正体もわからない。夜の見回りは、した方がいい」

 シェラミーもガースも頷いた。

「いま動けそうなのは……」

 デルフィの言葉にシーラが前に出る。

「シーラ!」

 フレデリックが慌ててシーラの手を引くが、それ以上にシーラの前に出る力の方が強かった。

「見回りくらい、わたしにも出来ます!」

 デルフィもガースも首をすくめる。

 シェラミーは屈むと、シーラと目線の高さを同じくした。

「ねえ、シーラ、シーラはこの宿屋に残って? ここで必要な事を見て頂戴」

 そう言うと、シーラは不満そうに言う。

「わたしも役に立ちたいです」

 そういうシーラの肩に手を置いて、シェラミーが言う。

「ここにいる時のみんなの食事、似顔絵描きさんのお手伝いや列の整理は凄く大変な仕事よ。これもこの事件をなくすのにとても役に立つの。わかるわね?」

 シーラは肩を落す。

「だから早く眠りましょ?」

「でも!」

 シェラミーはシーラの前で指を振る。

「わたしだって一人で全部出来ないわ。だからみんながいるんでしょ? 役割分担は大事なの」

 そう言ってシーラの頭を撫でると、

「あなたは、あなたのやるべき事をすべきだわ」

 それからフレデリックを見る。

「フレデリック、シーラを守るのよ。何時も側で見てて上げて」

 フレデリックはシェラミーに敬礼した。

「は、はい!」

「じゃ、シーラを部屋まで送って上げて、そしたらこの部屋にまた来なさい。家まで送って行って上げるわ。でも朝一番にまたここに来るのよ」

「はい!」

 そう言って、フレデリックは不満そうなシーラの手を引いて部屋から出て行った。


 その様子を見ていたガースは溜息を吐く。

「はぁ、まぁやるか」

 ガースが振り向くと、団員達はみな頷いた。シェラミーは口元を綻ばすと立ち上がり言う。

「順番と人数は、三人は宿屋で待機、三名は見回り、三名は仮眠でどうかしら?」

「問題ねぇ」

 ガースが答える。

「なら二時間交代、夕方六時から朝の六時まででどうかしら? みんな二回ずつ各役が回って来る感じね。時計は持ってる?」

 ガース達やデルフィは首をすくめる。

 シェラミーは両腕を開いて、

「仕方ないわね。それにしてもフェルミナともあろう者が時計も持ってないの?」

 デルフィは口を尖らし、上目遣いで、

「城に取られた」

 そう言う。

「城に?」

 シェラミーは首をかしげる。

「何でもない。で、今は何時だ?」

 シェラミーは懐から懐中時計を取り出すと、

「今は七時半ね」

 外はまだ家々の窓から明かりがこぼれている。それを見ながらガースが言う。

「なら、今日は八時からでいいだろう」

 シェラミーは頷いた。

「そうね。で、時計は下の酒場の柱にあるのと、わたしが持っているのの二つ。見回り組にはわたしの時計を貸すから二時間経ったらこの酒場に戻って来る事。それに笛みたいなのは持っている?」

 デルフィは首を振り、ガース達は首から下げた小さな木の筒を持ち上げる。

「わたしは持っている。悪いけれど明日にでも、この子、デルフィの分の笛、用意して貰えるかしら」

 シェラミーはデルフィを手の平で指しながら言い、ガースは頷く。シェラミーは目を細めると、

「いい? 何かあっても決して一人、もしくは一組で深追いはしないで。怪しいと思ったらそれだけでもいい。すぐに笛を吹いて増援を呼ぶ事」

 それに全員は真剣な顔で頷く。

「で、最初の見回りは誰が行く?」

 ガースは全員を見回した。デルフィが手を上げる。シェラミーはガースを見ると、

「デルフィとわたし、ガースさんはばらばらで三組に混じっていた方がいいと思うのだけど」

 ガースは深々と溜息を吐くと、

「ま、お前らの戦いを見せられたら頷くしかねぇな。おい、カティン、ホロディン、お前らはその子と行ってやれ。カリムにマニスはそのシェラミーってヤツについて行け」

 そう言われた自警団の面々は、まじっすか、等と口々に言い、顔をしかめている。そんな団員に、

「いいか、気に食わねぇがそいつらの腕は俺なんかよりずっと上だ。ひよっこのおめぇらはそいつらと行くしかねぇんだよ」

 シェラミーは両手を広げると、思った以上に冷静ね、と言うと、ガースは、ケッと言う。

「ホーウェルとカシュラは俺と一緒だ」

 デルフィ達がシーラの家を調べる時にいた、二人の男が頷く。

「デルフィの組みの次はわたしね」

 シェラミーはそう言うが、ガースは首を振る。

「いんや、俺達だ。今日の巡りだと、先の二組が二回外を回る。俺達の町なんだから、俺達の方が働かなくちゃなんねぇ」

 シェラミーは首をすくめる。

「律儀な事ね」

 そんなやり取りを横目で見ていたデルフィが言う。

「もう行く」

「あら少し早いんじゃない」

 そんなシェラミーの言葉に答えもせず、

「行くぞ」

 デルフィは団員の方に向かって呼びかけた。カティンが顔をしかめ、小柄な中年はデルフィの横に駆けて来る。二人とも、帯剣している。デルフィはそれを見て、

「取り敢えず、テキを見付けても、戦おうと思わないで。笛、吹いて、周りの人間を起こして、仲間を呼ぶのが優先」

 二人は緊張した面持ちで頷く。

 シェラミーがデルフィに寄って来て、差し出した。

「はい、忘れもの」

 それは真鍮の懐中時計だった。

「お」

 デルフィは受け取る。

「上げるよ。わたしはこれ持ってるから」

 そう言ってシェラミーは首にかけている銀色の懐中時計のチェーンを摘まみ上げて見せる。

「でも、これ、高い」

「その分頑張ってくれればいいから」

 デルフィは首を縮めて、

「ありがと」

 小さく言う。

「うん」

 シェラミーはそう応えた。

「後、フレデリック送るの頼めるか」

 デルフィの言葉にシェラミーは頷く。

「ちゃんと覚えてたのね」

 デルフィは目を細める。

「当たり前だ」

「行ってらっしゃい」

 シェラミーはそう言い、デルフィを送り出した。

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