第六節 判別方法
一行が宿屋の近くまで来ると、長い列が出来ていた。
デルフィはそれを見て溜息を吐く。列の最後尾にいるのは宿屋の親父。デルフィの姿を見付けると、
「おい、替わってくれぇ」
必死の形相で声をかけて来るが、デルフィは咄嗟に視線を逸らした。
シェラミーは、
「もう~、ダメよ、デルフィ」
そう言って宿屋の親父から〝最後尾〟と書かれたプラカードを受け取る。
「おじさん、ありがとね」
シェラミーが笑顔でそう言うと、宿屋の親父は心底まいったと言う表情で、
「俺は、店ん中みなきゃならん。変な事されたらたまらんからなぁ」
そう言って逃げるように宿屋に向かって走って行った。
その直後に、
「おい! まだかよ!」
列から早速不満の声が飛んで来る。シェラミーは笑顔でプラカードを手渡した。
「はい!」
「えっ!?」
フレデリックが困惑の表情を見せる。
「あなたも知っているでしょ? この事件を解決するには必要な事なの。みんなの似顔絵描きを早く終わらせられれば、この事件も早く終わるのよ」
「えっ、でも……」
「キミはここで並んでいる人の整理をし、ご不満に答えるのだ」
シェラミーはそう言い、フレデリックの片腕を取ると、
「ガッツだ、ガッツだ、ガッツだよ!!」
そう叫びながら、その手を無理やり天に向かって突き出させた。そうしてから、ぎろりとフレデリックを睨むと、
「はい!」
「え? は? あの?」
「ガッツだ、ガッツだ、ガッツだよ!! はい!」
その場は途端に静まり返る。
「はいッ!」
シェラミーの厳しい声に身を震わせ、フレデリックは囁いた。
「が、がっつだ、がっつだ、がっつだよぉ~」
「小さい!!」
フレデリックはシェラミーに腕を取られるままに、
「ガッツだ! ガッツだ!! ガッツだよ!!!」
腕を突き上げそう叫ぶ。そうしてからやっとフレデリックの腕は解放された。
シェラミーはうんうんと腕を組んでにこやかに頷き、デルフィとフェーネは、
「やっぱ変人だ」
囁き合った。カティンと周りの住人は体を仰け反らせ、シーラだけがジッとシェラミーを見詰めていた。
「フレデリックくん。今日からキミはシェラミー選抜隊の一号だ」
「えっ?」
「えじゃない! こう敬礼だ!」
「は、はい!」
フレデリックは緊張した面持ちで敬礼する。
シェラミーは次にカティンに向き直った。
「カティンくん、キミはシェラミー選抜隊、二号だ」
カティンは仰け反って顔を
「な、何で俺が……、そもそも俺は自警団」
そんなカティンの耳元に口を寄せ、シェラミーは囁く。
「フェルミナの力を見たいか? 見たいなら……」
シェラミーがズドンと言うと同時にカティンはシェラミーに敬礼した。
「シェラミーさん。わたしも入れて下さい。父や母の仇を討ちたいんです」
シェラミーはシーラの肩に手を置き、
「もちろん。キミはシェラミー選抜隊の秘書官だ」
シーラはぺこりとシェラミーに頭を下げた。
シェラミーはデルフィを指し示すと、
「そしてこのデルフィが我らがシェラミー選抜隊の副隊長だ」
デルフィはあからさまに嫌な顔をする。その後、シェラミーはロープで繋がれた男を指し、
「そしてペットのポチ」
「ふざけんな!」
男が吠える。
「まあ、少し野性味溢れるが許してくれたまへ」
デルフィとフェーネは顔を見合わせた。
「何でアイツの隊なんだ」
「デルフィ、逆らわない方がいいよ」
「さあ、行こうか、みなの衆」
はっはっはっと笑うシェラミーの後にシーラ以外の肩を落した連中が続く。酒場に並ぶ列の最後尾に、フレデリックを置き去りにして。
酒場に入ると相変わらずの似顔絵描きが進行していた。似顔絵描きの様子を見て回っていたラムストック老人にシェラミーは話し掛ける。
「描く前の顔の確認も滞りなく出来ていますか?」
ラムストック老人は頷いた。
「お陰様で順調だ。確認する者の顔も、事前に確認済みじゃしな」
シェラミーも頷く。
「このまま進めて下さい」
それからカウンターの奥にいた宿屋の親父に話し掛ける。
「おじさん。二階の部屋使わせて貰うよ? 後この子」
そう言ってシーラの肩を取り、前に立たせる。
「今日から泊まるからよろしく」
親父は眉尻を下げて、
「もう好きにしてくれ」
諦めたように言う。シェラミーは首を
「事件が解決したら、協会からいくらか出ると思うからお願いね、と言う訳で食事もほしいなぁ~とか」
親父は溜息を吐いて、
「後で持って行くさ。だが協会からの援助は間違いないんだろうな?」
「もちろんよ。安心なさい」
シェラミーは胸を張る。
フェーネがデルフィの耳に囁いた。
「協会がこう言う事で援助するの?」
デルフィは小さく、
「よく知らない」
そう言って首を振る。
シェラミーは、一行に振り返ると、
「じゃあ会議、二階に行こうか。ここはちょっと騒がし過ぎるから」
そう言って二階へと全員を先導した。
二階のデルフィが最初に入れられた部屋に全員が集まる。デルフィとフェーネ、シーラがベッドの上に座り、カティンと男が椅子に座る。シェラミーは立ったまま。その中心には小さなテーブルが置かれ、その上にはパンとミルクとオリーブが乗っている。
シェラミーが全員を見回し、口を開く。
「さて、これからどうするか。何か案があったら手を上げて」
デルフィがやる気なさそうな目で手を上げる。シェラミーは元気よくデルフィを指さす。
「はい副隊長!」
デルフィは、くっと顔を歪めた後、
「ひとつ疑問何だけれど、似顔絵描きって、意味ある? 人の顔って、歳と共に変わる。新たに生まれて来たらそれをも描かなきゃだし」
シェラミーは指を振り、ちっちっちっと舌を鳴らす。
「何もわかっていないね子猫ちゃん」
デルフィがまたも顔を歪める。
「わたしは副隊長が伸びている間に」
デルフィの表情が険しくなる。
「長老さんに色々聞いていたんだ。この町は五、六年毎に殺人事件が起きる。その期間に決まって起こる事は、〝見知らぬ顔〟が現れる事。みんなも聞いたと思うけれど、放っておくと殺人事件は置き続ける。だから吊るしを始めたんだと」
その場の全員が頷いた。
「見知らぬ顔とは何なのか? 一体どこから紛れ込む? それを即座に見つけ出す事は出来るのか?」
「そんな簡単なら誰もがやっている」
カティンの言葉にシェラミーは頷いた。
「そう。今回は、町中の人間をまずは確認する事。その為の似顔絵描き。町の人と、特に多く顔を合わせる役職の人達に集まって貰った。その人達に、似顔絵を描く前に、描かれる人の顔の確認もして貰っているから、〝見知らぬ顔〟を描いてしまう事もない訳」
シェラミーは得意そうな顔をして指を振ると、
「絵があれば、おかしいなと気付いた時にはまず絵で確認が出来る。曖昧な人の記憶に頼るよりずっといいはずよ。これでまず、無駄な処刑を減らせるでしょ?」
「絵があるからって、町中ですれ違うヤツの顔を普段から気にしているヤツなんていないぜ」
男が言うとシェラミーはにこりと笑う。
「そこでこれです!」
シェラミーは懐から青いブローチを取り出す。その場の全員が身を乗り出してそれを見る。
「じゃじゃーん。シェラミー印の青いブローチです」
得意げに顎を上げてそう言うと、
「似顔絵描いた人はこれを胸に付ける! 旅人さんには町にいる間はこっちの緑のブローチをプレゼント!」
シェラミーはピースをし、
「これで似顔絵描かれていない人は一目瞭然だね!」
シーラは、ほぅと感心したように息を吐く。
「長老さんにこれを渡しといたわ。数の管理もバッチリ」
デルフィは目を細めて、どこからそんな物を、と呟く。
「わたしがただ、町の外れに
「街はずれ?」
デルフィが首を
「コイツは町外れに勝手に住み込んでたんだ。だから、殺人事件があった時、真っ先に疑われた。俺は行かなかったが、自警団が捕まえに行った時、みんな、ひどい目にあったって言ってたぜ。殺すなら正々堂々と殺しますと、団員に剣を突き付けて言ったとか」
シーラも続ける。
「そう言えば、町外れに得体の知れない人が住み着いたと聞きましたが、シェラミーさんだったんですね?」
シェラミーは眉尻を下げて、
「得体の知れないとはひどいなぁ~」
「やっぱりコイツが一番危ないんじゃないか」
デルフィはそっと呟いた。
「とにかく、このブローチをしていない事で見分ける事は出来る訳。なくすとこわ~い罰があり、なくしたらすぐに届け出ないと、しばりくびぃ~!! って脅しているから、一応の目安になるわね」
「つまり、全員の似顔絵描きが終わった時点で、付けていない者を探す訳か?」
デルフィの言葉にシェラミーは頷く。だがデルフィは続けた。
「町の人と、特に多く顔を合わせる役職の人って言っても、その記憶は完全じゃないだろう? 紛れ込んでしまった場合はどうするんだ?」
シェラミーは人差し指を立てて振る。
「今は出来るだけ、対象を絞るのが先決。少なくとも新たな混入を防げるわ。そしてすべてを、取り敢えず〝見知っている〟顔にするの。その状態で事件が起これば、普通の犯罪事件と同じ調査をすればいいし、その状態で〝見知らぬ顔〟が現れるのだとしたら……」
「元から居るヤツの顔が変わっている?」
シェラミーは頷く。
「相手がどんなモノなのかわからない今、可能性を一つ一つ潰していくしかないわ」
その場に居た全員が頷いた。そしてシェラミーは言う。
「そして最初のデルフィの質問に答えるわ。わたしは歳によって顔立ちが変わる、なんて事が起こる前に解決するつもりよ」
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