第三節 もう一人のやり方

 デルフィは目を開けた。にぃーと笑うかわいらしい少女の顔。

「起きた?」

 その声と同時に、んー! んー!! と呻く声が聞こえる。デルフィが視線を横にずらすと、手足を縛られ猿轡さるぐつわをされた男が壁の近くで座り込んでいた。

「うるさいんだ。今、デルフィが目覚めたから外してあげるよ」

「んー! んー!!」

 男は少女を睨んで呻く。

 デルフィは辺りを見回した。どうやら初めに来た宿屋の部屋のベッドの上で寝かされているようだ。目の前にフェーネが現れ、

「だいじょうぶ?」

 そう聞いて来る。

 デルフィはがばりと起き上がり、少女を指さした。

「あっ! あ~!!」

 少女は男の前に屈み込んでいたが、振り返り、にまりと笑う。そうしてから男の猿轡さるぐつわを外した。

「おいお前! どういうつもりだ!」

 男の声に、少女は首をすくめると、

「だってあのままだと縛り首だったでしょ? 生きてるんだから、もっと感謝してもらってもいいと思うな」

 男は少女を睨むと、う~と唸った。

 そうしてから少女は、デルフィに振り向くと近付いて来る。デルフィは毛布を抱きしめ、身を引いた。

「おい、お前。どういうつもりだ」

 デルフィの言葉に少女、シェラミーは腕を広げて見せた。

「どうって、気絶してたからここまで運んで来ただけよ。砂埃の中、倒れた女の子を一人、ほったらかして行くなんて、わたしには出来ないもの」

 デルフィは無言でシェラミーを睨みつけるがシェラミーは再び首をすくめて、

「あなたが何を勘違いしたか知らないけれど、同じフェルミナ同士が戦ったって、この町の事は何も解決しないよ」

 そう言ってにこりと笑い、かがんで手を差し出した。

「だから、わたし達は今からお友達」

 ぶすっとしてデルフィはそっぽを向く。

「あら残念」

 シェラミーは立ち上がると、

「それでもあなたはフェルミナ。使命が有ってここに来たのは間違いないでしょ? 手伝って」

 デルフィは表情を崩さずシェラミーを見上げる。シェラミーは自信有り気に笑うと、

「まずは状況を把握して、具体的な対策をとりましょう。町の人にも協力を仰ぐの」

「わたしはわたしのやり方でやる」

 デルフィはぼそぼそと言うが、

「でも、他のフェルミナのやり方を見ておくのもいいと思うよ。フェルミナ同士が一緒に仕事をするのって、とんでもない時以外、あまりないでしょ?」

「デルフィ」

 フェーネもデルフィに呼びかける。デルフィは深い溜息を吐いて、

「わかった」

 不満そうに言った。

「でも、獲物を見付けた時は、勝手にするから」

 シェラミーは、無理やりデルフィの手を取ると、大きく振り、

「それでは決まりね?」

 そう言った。



「なんで、こんな事に、なるの……」

 宿屋に行列が出来ていた。デルフィは最後尾と書かれた看板を持ちながら、肩を落して溜息をついた。

「おう、協会の姉ちゃん、ここでいいのか?」

 大きな体の男が威勢のいい声でデルフィに話しかける。デルフィは萎縮して、

「はい! こ、ここで」

 ぼそぼそと、いいと思います、と続ける。

「なんだかはっきりしねぇ姉ちゃんだな」

「うぅ~」

 今度は列に並ぶ男が、

「おい! お前、いつまで待たせる気だ! こちとら仕事があるんだよ!!」

 デルフィは泣きそうな顔で、

「はい、えと、あと、あの、もう少し」

「もう少しって列、全然進んでねぇじゃねぇか!!」

 デルフィは頭をぺこぺこ下げて、

「うぅ~。アイツのやってる方が良かったかな」

 デルフィの肩に乗るフェーネが言う。

「町の人と一緒に一軒一軒回るんだよ? 世帯ごとに帳面作るんだよ? 来ない人説得してここに並ばせるんだよ。デルフィは出来る?」

 デルフィは、うぅ~と呻いてフェーネを睨むと、

「フェーネはどっちの味方?」

 フェーネは天を仰ぐと、

「シェラミーの味方かな?」

 デルフィは口元を歪めると、

「さっき、飴貰ってた。ドロップで買収されたな」

「与えてくれる者にはなびくものさ」

「裏切者」

 フェーネはけたけたと笑い、

「それにしてもシェラミーって変わっているね。ボクが見えるなんて」

 デルフィは眉根を寄せると、

「こんな事、今まで一度もなかった……」

 フェーネも首をかしげ、

「初めは見えてなさそうだったんだけどな」

 デルフィは口を尖らせると、アイツは油断ならない、と言った。

 そこに怒声が飛んでくる。

「アンタ、何一人でぶつぶつ喋ってるんだい!! 子供がぐずってるでしょ!! 順番が来たら、アンタが家に知らせに来なさいよ!」

「あ、えと、はい、いや、だめでぇ~」


 デルフィがそんな苦闘をしている先、宿屋の一階の酒場はアトリエとなっていた。絵を描く者と描かれる者が対面で座る。描かれる前に、複数の人間が、描かれる人間が〝見知らぬ顔〟でない事を確認する。その後に描かれた似顔絵を保存して、今後の〝見知らぬ者〟との見分けに使うのだ。

 シェラミーの提案で、ラムストック老人に承認され、町全体がそれに従う事にはなったのだが、その作業は大変で、とても一日では終わらない。数日に分けて、町の区画ごとに描く事になったのだが、夕方近くになっても一区画分も終わらなかった。

 殺人事件が起きるのは夜と言う事もあって、夕方には列も解散させなくてはならない。デルフィは散々罵られて、頭をぺこぺこさせて、その日の内に順番が回って来なかった者に帰って貰ったのだった。



「やっほー! デルフィ元気してた?」

 順番の回らなかった最後の客にねちねちと嫌味を言われ、やっと帰って貰った直後、シェラミーが陽気に声をかけて来る。デルフィは力なく振り向くと、そこにはシェラミーと、両手を縄で縛られ、その縄の先をシェラミーに引かれる男の姿があった。

「くっそ! 何で俺がこんな事に付き合わされるんだ! とっととこれを外してくれ!」

 男がシェラミーに迫る。シェラミーは動じた様子もなく、

「だって、あなたが神域の子だったら大変じゃない」

「だったらどっかに閉じ込めておいてくれ! 人に睨まれ、罵倒され、物を投げられるなんてゴメンだ!」

 シェラミーは顎に手を当てると、

「でも、縛ったまま放っておいたら、お手洗いだって困るでしょ? 実際そうだったじゃない?」

 シェラミーのその言葉に、男は肩をビクリとさせると何やら泣き始めた。デルフィはそれを見て、関わらない方が良いと思い、肩のフェーネは、

「ご愁傷さま」

 そう小さく呟いた。


 夜は夜で、集めた顔の絵を、酒場の壁に飾って行く。誰かが絵を抜いてしまったりしないように、これはデルフィとシェラミーの二人だけでやった。縛り首から逃れた男は柱に縄で繋がれている。

 宿屋の親父が眉を下げて、酒場をこんな事に使って、商売なんて出来やしねぇ、とぼやいているが、

「だって一番大きい建物がここなんだもん」

 シェラミーはそう言ってから、

「ま、町の為になる事やってるんだから、親父さんは英雄だね、ハイ、ドロップ」

 そう言って、宿屋の親父に飴を渡して、その肩をぽんぽんと叩く。宿屋の親父はそれに力なく笑いを返し、自棄になったようにドロップを口の中に放り込む。

 絵の壁掛け作業も終わり、宿屋の親父は部屋へ、男は暖炉の前で毛布に包まり寝てしまった。

「じゃ、わたしも寝るから」

 そう言って、二階の部屋に引き籠ろうとするデルフィの腕を、シェラミーは引っ張った。

「だ~め! 寝るのはここ! 片方は起きてるの!」

「何で」

 ぶすっとした顔で言うデルフィ。肩ではフェーネがあくびをしている。

「この絵、燃やされでもしたらどうするの? 町の人達からの罵倒じゃすまないよ」

 デルフィはごくりと唾を飲み込むと、わかった、わかったよ、と頷いた。

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