第四節 暖炉の前で

 酒場の暖炉の中の火が、パチリと爆ぜる。デルフィは男と距離を取って、暖炉の前の椅子の上、毛布に包まり眠っていた。その膝の上で、フェーネも身を丸めて眠っている。

「起きて」

 その肩が揺さぶられ、デルフィは朦朧とした様子で顔を上げた。


 デルフィのぼやけた視界に映るのは、腰に手を当て、困った調子で見下ろす、シェラミーの姿。

「もう、フェルミナともあろうものが、そんなにぐっすり寝たらダメでしょ」

 デルフィはまだも意識がはっきりしないようで、

「だっえ、きょうは、つかえた」

 そう舌の回らない様子。シェラミーは優しく笑うとデルフィの頭を撫でた。

「もう少しなら寝てていいよ」

 そう言って、デルフィの視界の外に行ってしまった。

 デルフィは暫くうんうんと唸った後、

「フェーネ、ちょっと……」

 そう言って、自らの膝の上で丸まっているフェーネを抱き上げると、立ち上がる。フェーネを毛布に包んで椅子に置くと、おぼつかない足取りで、シェラミーの座る、入り口近くの椅子に行く。


 座っていたシェラミーが顔を上げ、

「あら、まだ寝ていても良かったのに」

 その言葉にデルフィは億劫そうに首を振った。

「交代の時間、休まなきゃ」

 シェラミーはくすりと笑う。

「あら、優しいのね」

 途端、デルフィの目はかっと開き、その表情は険しいものになる。

「な、なんでだ。も、元々、わ、わたしの番なんだ」

 そして俯くと、

「その、あの、悪かった。交代する」

 シェラミーは引き続き笑った。

「よかった。ちゃんと起きれたようね」

 そう言ってから優しい声で、

「おはよ」

 そう言った。

 デルフィは外套の襟で顔を半分隠すと、ぼそりと、

「おはよ」

 そう返す。

 その様子を見て、シェラミーは面白そうな顔をする。

 デルフィはぶっきらぼうに、

「ほら、替われ、次はわたしの番だ」

 そう言うと、シェラミーは眉尻を下げて、はいはい、と言った。

 デルフィはシェラミーの座っていた椅子に、替わりにどかっと座ると、その隣にシェラミーがもう一つ椅子を持って来て隣に座った。

「何だ? 寝ないのか?」

 そう聞くデルフィを横目で見ながらシェラミーは言う。

「わたしの休憩時間はわたしが自由に使ってもいいでしょ?」

 デルフィは口を尖らせると、

「勝手にしろ」

 シェラミーは嬉しそうに口元を綻ばせ、

「良かった。また拒絶されたらどうしよっかなぁ~って」

 デルフィはちらと、シェラミーを見ると、目が合って、慌てて正面に戻す。シェラミーはそんな様子にニコリと笑う。

 暫く無言の時間が続くが、シェラミーは動こうとしない。デルフィはその間が堪え切れず、

「お前、何でわたしにこんなに関わるんだ」

 言うと、シェラミーは上体をデルフィの前に回り込ませ、デルフィは慌てて仰け反った。

「わたし達、同じフェルミナじゃない! それも違う所の!」

「だ、だからどうしたんだ」

 シェラミーはニッと笑うと、

「他のフェルミナに興味あるの」

 そう言ってから上体を戻し、

「ほら、こんな仕事だし、色々大変だからね」

「まぁ」

「ムキムキマッチョマンが来たらどうしようかと怖かったんだけれど、こんなかわいい子が来てくれて安心したんだよ」

 デルフィは恥ずかしそうに俯く。

「一体お前はフェルミナにどんなイメージを持ってるんだ」

 シェラミーはあははと笑う。

「でね、質問があるの」

 デルフィは表情を強張らせる。

「なに?」

「あなたはわたしに会った時、どうしてあんなに怒ったの? 誰かと間違ったんじゃない」

 デルフィは黙り込んだ。

「聞く権利はあると思うんだけど」

 シェラミーの言葉にデルフィは何も返さない。シェラミーは首をすくめると、

「ま、仕方ないか、忘れて」

 言うと同時だった。

「アルシェール」

 デルフィの口から小さく声が洩れる。

「えっ?」

 デルフィは続ける。

「アルシェールに似ていたんだ」

 デルフィは俯いたままそう言う。シェラミーは黙ってデルフィの横顔を見続ける。

「わたしの、小さい頃の、唯一の友達」

 シェラミーは天を仰ぐと、

「そっか」

 そう言った。

「わたしはその子に似ているんだね」

 デルフィはコクンと頷く。

「オマエとは初めて会ったのに、わたしの名前を口にした。そしてエルファティアとも。あそこは、わたしの育った町」

「偶然よ」

 デルフィは視線を地に落したまま、目を細める。

「出来過ぎてる」

「だから〝神域の子〟だと?」

 デルフィは再び頷いた。

 シェラミーは立ち上がり、デルフィの正面に立つとかがむ。下を向くデルフィの視線の先から見上げる。

「今は、その子、その、いないんだよね」

 デルフィはシェラミーを睨む。シェラミーは首をすくめると、

「わたしはその子に、似ているんでしょ? もし、良かったら何だけれど、わたし達、友達にならない?」

 デルフィは歯を噛み締める。そして、

「わたしはオマエを、まだ信用していない」

 その言葉にシェラミーはニコリと笑う。

「いいよ。わたしは、行動で示すよ」

 デルフィはまたも目を細め、

「オマエ、本当に変わっているな? 何でそこまでするんだ?」

 シェラミーは視線を落すと、微笑を湛えたまま、

「アナタには、どこかわたしに似た〝匂い〟を感じるから」

 デルフィは首を振る。

「友達ごっこは好きじゃない」

 シェラミーは口を尖らせて見上げる。

「いいもん。ならわたしの片思い」

 デルフィは口を歪めた。

「わ、わたしにそんな趣味はないぞ」

 シェラミーはけたけたと笑った。

「いいわよ? あなたになくても、わたしは違うもの」

 デルフィが仰け反る様を見て、シェラミーは満足そうに笑って立ち上がると、

「はい、ドロップ」

 そう言ってデルフィの腕を無理やり取って飴を握らせた。

「お暇な時には甘いものもいいものよ」

 そしてデルフィに手を振った。

「じゃあ寝るから後よろしくぅ~。それとも寂しいなら起きてようか?」

「う、うるさい! さっさと寝ろ!」

「うん、そうさせて貰うわ。わたしもフェネちゃんお膝に置こう! あったかそうだもん」

 デルフィはまたも表情を歪めるが何も言わなかった。そしてブスッとした顔で懐から小さな紙を取り出すと、貰った飴を包んで、腰から下げている巾着に入れた。

「こんな甘いの舐めたら寝ちゃう」

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