第二節 金髪の剣士

 デルフィ達がラムストック老人と話していると、窓の外から多数の声が聞こえて来た。デルフィとフェーネが耳を澄ますと、それはデルフィ達を殺せと喚いている多くの声であった。

「あ、いえ、申し訳ありません。わたくしが説明をして来ます。あなた様が協会の方であるとわかれば、みな落ち着くでしょう」

 そうラムストック老人が言う。デルフィは首をすくめ、

「あの、その、あなた達は、協会に、その、何を、期待されているのです」

 その言葉にラムストック老人と宿屋の親父は顔を見合わせた。

「公にされていない事はわかります。ですが、情報に通じている者であるならば、公然の秘密です」

 デルフィは苦い顔をする。

「協会の方が神域を訪れる時は、慈善事業か、それとも、フェルミナさんの出番と言う訳ですな。まさに、それがこの町には必要なのです」

 デルフィは溜息を吐くと、仕方なさそうに、

「状況、伺います。取り敢えず、わたしが、殺されないようにお願いします」

 デルフィがそう言うと、ラムストック老人は頷いた。

「では、外の者達を説得してまいります。少しの間、失礼」

 ラムストック老人はそう言うと、宿屋の親父と一緒に部屋から出て言った。

「めんどくさい所に来ちゃったね」

 フェーネがそう言うと、デルフィは仏頂面で、

「めんどくさくない所に派遣された事ある?」

 フェーネは笑って、

「そうだった」

 そう言った。


 窓の外からの、騒めく声は随分と引いたが、協会? そんな事言ったって信じられるか、そう名乗ってるだけかも知れない、一緒に吊っちまえ等、不穏な声が、宿屋の中まで響いて来る。

 デルフィはそんな声に耳を澄まし、ベッドの上に座ってジッとしていた。フェーネの方は、またベッドの上でごろごろ転がっている。

 部屋の扉が開く。今度はラムストック老人と宿屋の親父だけでなく、幾人かの人々が一緒だった。

「お待たせしました。行きましょう」

 ラムストック老人の言葉にデルフィは立ち上がり、どこへ、と問いかける。老人は、

「裁きの場です」

 そう言った。



 広場は群衆で埋まっていた。殺せ、殺せの声がこだまする。群衆の中央には絞首台が置かれており、そこに一人の男が複数の男に連行されて来る。群衆の前で、連行して来た男の一人が、巻かれた紙を開いて読み上げた。

「この男、ファルザック・イートンは、裁定の結果、知らない者多数であった。ゆえに、処刑する」

 そう読み上げられると同時、捕えられた男が叫ぶ。

「ふざけるなぁ~!! 俺を知らないなんて当然だ!! なんでお前達に知られてなきゃならねぇ!」

 男の声に群衆から罵倒の声が飛ぶ。

「この町で生きてて、互いの顔を知らない訳ないだろ!?」

「誰とも関わらずに生きてきたって言うのか」

「嘘を吐け! 神域の子がなり変わってんだろ!!」


 その様子を群衆の後ろで聞いていたデルフィはラムストック老人に聞いた。

「何です? これは?」

 ラムストック老人は首を振ると、

「聞いての通りです。この町では、一定の時期に〝見知らぬ顔〟が現れるのです。それと同時に殺人も起こります」

 デルフィは眉根を寄せる。

「神域の子が、町の人に紛れ込み、殺人を行っている、と?」

 ラムストック老人は頷いた。

「その時期は、定期的に自警団が聞き込みをして、見知らぬ顔を見つけ出し、〝駆除〟しているんです」

 デルフィはその言葉に戸惑いの表情を浮かべる。

「デルフィ、どうする?」

 フェーネがデルフィの耳元で囁く。デルフィも声を潜めて、

「証拠もないのに、助けなきゃ」

 そう言う。だが男は群衆の遥か向こう。デルフィがどうしようかと考えている間に、捕らわれた男は絞首台の縄に首をかけられようとしていた。

「待ってください!!」

 その時、大きな声が広場中に響き渡る。人垣が割れ、水色のマントに金色の髪を棚引かせた女性が絞首台の置かれる壇上に上がった。

 どよめく群衆。デルフィもフェーネも、群衆が壁となり、その姿をよく見る事は出来ないが、その声だけは聞く事が出来た。群衆は彼女に視線を注ぐ。

 女性は大きく手を広げ、群衆に向かって話し始めた。

「彼が、彼が〝見知らぬ顔〟だとどうして思ったの!?」

 人々は顔を見合わせる。そんな事、知らないからだ。誰だ、数日前に無理やり街外れの廃墟に住み込んだ旅人だと騒めいた。そんな群衆に、女性は懐からペンダントのようなものを取り出すと掲げて見せた。

「わたしは協会からの特使です。皆さんは危機に瀕している。わたしは今日、きたる同士を待っていた」

 そう言ってまるで群衆を押しのけるように両手を空の中で掻き分けた。

 人垣が割れ、道が出来、その先に居たのは、

「え? めだ、目立つのは、困る」

 デルフィとフェーネが居た。


 デルフィは正面を見詰める。水色のマントが風に泳ぐ。金色の髪が細やかな線となって広がる。

「アルシェール……」

 大衆の前で、珍しく人目を気にしないデルフィの行動にフェーネは目を細める。

「どうしたの、デルフィ?」

 デルフィは首を振ると、

「うんう、行こう」

 そう言って力強く歩き始める。

 相手の女はまるでデルフィを招くように、片手をデルフィに向けて、差し出している。

 デルフィはジッと女を見続け、歩き、その目の前に来て足を止めた。


 デルフィは目を細めると、腰の軍刀に手を添える。

「だれ?」

 女はかぶりを僅かに振ると柔らかく笑った。

「わたしはシェラミー・フェルファーナ。シェラミーと」

 デルフィは視線だけ、女が差し出している手に向ける。女はじっと待ったが、デルフィはそれを握り返す事はなかった。シェラミーは溜息を吐くと、手を引っ込めた。

 デルフィはシェラミーを睨むと、

「わたしはあなたの同士になったつもりはない。あなたは何者?」

 シェラミーは自身の胸に手を置くと大仰おおぎょうに頭を下げた。

「わたしはエルファティアの協会から派遣されたフェルミナ。以後、よろしく」

 デルフィは表情を歪める。

「デルフィ・イルミナーゼ」

 そしてシェラミーからその言葉が出た時、いきなり抜刀した。


 周りの群衆が再度どよめき、シェラミーは地を蹴って、デルフィから距離を取った。

「お前のその姿と声は、有り得はしない! わたしを惑わすな! 神域の子よ!!」

「ど、どうしたの!?」

 群衆の中だと言うのに、デルフィの肩の上、人に見えないフェーネは驚いて声を上げた。

 相対するシェラミーは不敵に笑う。

「いいでしょう。わたしが神域の子でない事を教えて上げるわ」


 群衆は処刑される男そっちのけで二人を囲む。そんな状況をラムストック老人は、おろおろと見詰めているだけだった。

「何者だ」

 デルフィの声にシェラミーは笑顔を崩さず、

「今言った通り。何を勘違いしているか知らないけれど、早めにその剣をしまってくれると嬉しいかな?」

 その言葉とは正反対に、デルフィは軍刀を両手で握りしめると、シェラミーの前に突き出した。シェラミーは、はぁと息を吐くと、

「仕方ないわね」

 そう言って、腰に差したサーベルを抜く。銀色の刃が日の光を照り返し、デルフィが一瞬、顔をしかめた。

「遅い!!」

 シェラミーはその言葉と同時に強い踏み込み、土煙が上がり一閃、デルフィは咄嗟とっさに後ろに飛び退いたがシェラミーは追いすがる。二段、三段、四段と。その度に剣と剣は火花を散らし、デルフィはその度に相手のサーベルをへし折ろうと力を入れるが、その度に受け流された。

 デルフィは自身の肩にしがみ付いていたフェーネに言った。

「フェーネ、離れてて。こいつ、強い」

「でもデルフィ」

「早く!!」

 シェラミーは不敵な笑いを崩さず、デルフィの左肩に向かって突きを入れる。フェーネの乗る肩だ。デルフィは咄嗟とっさに左肩を引き、

「行け!」

 デルフィの声を合図にフェーネはいつもの場所からくるりと後ろに回転すると地面に足を着く。

「デルフィ……」

 フェーネを逃す為に無理な体勢を取ったのが災いして、デルフィは追い詰められて行く。シェラミーの素早い突きは的確で、徐々にデルフィの手足を傷付けていった。

 デルフィには、シェラミーのサーベルの切っ先が幾重にも見えた。デルフィは思った。幻影をまとっている、と。サーベルが舞う度に、幾つものやいばがデルフィを惑わす。複数の刃は踊り、まるで実体があるかのように、デルフィを追い詰める。

「くっ!」

 デルフィは横に引かれたサーベルの軌跡を弾くと同時、流れるように戻って来たサーベルを受け止める。その衝撃を利用して、地を蹴った、大きく飛び退すさる。剣を構えて、再び睨み合う二人。

 シェラミーが言った。

「あなたのフェルミナの力ヴィジョンは何? 折角だから見てみたいかな?」

 首をかしげてウインクする。

 デルフィは歯を噛み締め、舌を鳴らす。と、シェラミーの強く踏み込む一撃。デルフィは、軍刀を突き出し、シェラミーの喉元を突き破る、はずの軍刀が柔らかくいなされ、その軍刀を伝ってサーベルがり上がって来る。速い!! デルフィがそう思った時、背後から声が響いた。

「ざんねん」

 そうして、デルフィは意識を失い、土埃舞う広場の中で倒れ伏した。

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