第二節 城

 雷鳴が轟き、ステンドグラスから差し込む強烈な光は、巨大な城内の様子を一瞬浮かび上がらせる。

 通路の先は巨大なホールであった。前面奥には巨大扉、恐らく城壁の内部に続いているのだろう。そしてその両脇を二階へと弧を描いて駆け上る、大きな階段。階段の手摺りは、一階の女性の彫像から始まり、二階のベランダ部分の欄干らんかんを形成するに至る。

 二人がホールに入った時、頭上からぐわんぐわんと音がした。男はダガーを抜き放ち、デルフィは頭上を見上げた。今は火の灯されない巨大なシャンデリアの骨が揺れていた。

 男は首をすくめると、引きった笑いを浮かべた。

「脅かしっこなしだぜ」

 そんな男に、デルフィは口に人差し指を当てて見せた。

 男は黙る。ただ雷鳴と、シャンデリアの揺れる音、しばらくすると、ドタドタと天井からかすかに音がして来る。

 男はデルフィの顔を見る。

「三階があるようだな」

 デルフィは小さく、ん、と返事をする。

「取り敢えず二階を探索して、その後、三階。音の正体、確かめる」

「そうだな」

 男は小声で答えると頷いた。

 二人は、石造りの階段をひたひたと上がる。二階のベランダ部分に着く。道は奥へと続いていた。そして左右に幾つもの部屋。

「手分けして見て回ろうぜ。ようは化物がいなけりゃいいんだから」

 デルフィはランプを掲げる。

「ランプは一つ」

 男は両手を広げると、

「廊下の真ん中にでも置いとけ。それで両脇の部屋に届くだろ? それで二人で両側の部屋をそれぞれ見て行った方が早いって」

 それでもデルフィは首を振った。

「それじゃ、奥まで照らせない。部屋の中まで確り確認しないと。二人いる。片方は前、片方は後ろ、互いに警戒し、一緒に行動する。これ基本」

 男は首をすくめて、はいはいと言った。


 二人は一部屋、一部屋見て行くが、結局の所、〝神域の子〟の姿は見当たらなかった。どの部屋も埃の積もった、壊れかけた家具やベッドが佇んでいただけだった。最後の一部屋を確認し終えて、デルフィは言った。

「どうやらこの城は、そう古い物じゃないみたい」

 男はデルフィの言葉に首をかしげた。

「どう言うこった?」

「あんな調度品は、神域に最初からある遺構いこうにはない。恐らく開拓王、ペスケンティウスの時代のもの」

 男は眉根を寄せた。

「神域を国土にしようとして国ぐるみで開拓し、軍隊を送り、最後には神域の子に滅ぼされたって言うあれか?」

 デルフィは頷く。

「そのラテリア朝だって400年前だぞ。十分古いさ」

 そう言ってから男は大げさに、デルフィの腰辺りを指さした。

「て言うか、それ軍刀だろ? 一般人の持つ武器じゃない。それに〝神域に最初からある遺構いこう〟にずいぶん詳しそうじゃねぇか」

 デルフィは目を細めた。

「アンタ、フェルミナだろ?」

 デルフィは両腕をわざとらしく広げて、

「さぁ?」

と言った。男は笑うと、

「まあ、いいさ。フェルミナだったら万々歳。俺達にしてみたら、ラッキーなだけだからな」

「それは、どうでしょ」

 デルフィは部屋を出ると、廊下の最奥の扉の前に立つ。雨音、ごうごうと唸る風の音が扉の向こうから聞こえて来る。

「三階には、外から行くしかないみたいだね」

 デルフィの耳元で光キツネがささやいた。デルフィは口元に人差し指を当ててから、両開きの大きな木製の扉を、外に向かって押し出した。

 途端、猛烈な風と雨がデルフィ達を襲う。ランプが大きく揺れて、デルフィ達の影が、廊下の中を踊った。デルフィは振り返り、

「足元に気を付けて下さい。外から三階に登ります」

と男に呼びかけた。

 外は城壁の上へと続いていた。胸壁きょうへきが並ぶ。三階に上がるにはどうすればいいのかと、デルフィは辺りを見回した。すると、扉から出た所の直ぐ脇に、上へと続く、ボロボロの梯子があった。男もそれに気付いたらしく、風の音に負けないよう、大声で言った。

「こんな所をこんな中、登るのか!? 無理だ!」

 デルフィも大声で、

「では下で待って居て下さい」

 そう言うと、男はくそっとわめき、梯子に手をかけたデルフィに付いて来るようだった。

「無理に付いて来なくていいのに」


 梯子を登ると、少し進んだ奥の方に、小さな木の開き戸があった。風が強く、デルフィは胸壁きょうへきに掴まりながら進んで行く。振り向いて、気を付けて下さいと再度叫んだ。

「言われなくても」

 そう男の声が返って来る。

 どうにか開き戸に辿り着き、デルフィはそれを開ける。途端、デルフィは〝空気〟が変わったのを感じる。デルフィの耳には、風と雨がてる、けたたましい音が届いている。だがそれが、どこか遠くのものであるように感じたのだ。扉を開けた先の部屋から流れて来る、かびと湿気の臭い、それにデルフィの感覚は支配された。

 デルフィは腰の軍刀をそっと抜く。両手持ちのそれを片手で持ち、もう片方でランプを持つ。軍刀を先に突き付けながら扉の中へと入った。男もデルフィの動きに気付き、腰のダガーに手を当てたまま、後に続く。

 中、異様な程、風と雨の音が遠のく。奥へ続く通路。脇への扉は一つもない。ただ少し進んだ先にもう一つ扉があった。


 だん、だん、だん、だん。


 その扉の向こうから、誰かが駆け回るような音が聞こえる。

「入ったら、フェーネ、お願い」

 デルフィは声をひそめて言った。

「わかった」

 フェーネと呼ばれた光キツネは頷いた。

「お、おい。今誰か」

 男がそう言った時、〝足音〟が止まった。

「行く!」

 デルフィが駆け出し、扉を勢いよく開く。中は広い。燭台、寝台、机に書棚。

 フェーネが飛びようにくうを駆けた。部屋に置いてあった燭台にさっと火がく。デルフィがランプを部屋の中に掲げた。

「何も、いない?」

 デルフィが呟く。

「おいおい、いきなり火がいたぜ!」

 男の声に構わず、デルフィは部屋を見回す。天蓋付きのベッドにランプを掲げ、後ろに軍刀を構え近付く。

 サッと天蓋をめくる。そこには、干からびた、寝巻姿のミイラが眠っていた。音のを探し、デルフィが振り返った時、

「デルフィ! 危ない!」

 フェーネが叫ぶと同時、男がデルフィに飛び掛かった。デルフィは素早くを身をかわす。男はつんのめって頭から地面に激突した。お陰でデルフィは、ベッドの方から突き出された、サーべルの一撃をかわす事が出来た。

 ベッドからミイラが起き上がり、サーベルを構えている。ミイラは倒れている男にサーベルを振り下ろす。デルフィはすくう様にして払い、正面から切り付けた。ミイラはスッと滑るように後方に下がる。

 デルフィはかがむとそっとランプを床に置き、同時に男に、

「動かないで」

 そう告げた。

「デルフィ!」

 フェーネの叫び。だん、だん、と足音が飛ぶ。

「くっ!!」

 デルフィは振り向き様に宙をいだ。そこには飛び掛かる、馬のように四本の脚を動かす椅子がある。真っ二つに割れる。デルフィはいだ力を利用して回転し、元の向きに向き直った。切り込んで来るミイラ、デルフィは軍刀の柄に両手を添え、受け止める。回転の力を活かしてそのサーベルを払いのけると同時、手首をひねり、やいばの向きを変えると振り払った。そのはミイラの首を胴から切り離しす。肩をミイラに突き出したデルフィ。デルフィはそのまま突っ込む。激しくデルフィとミイラの体はぶつかり、デルフィはうめいた。ミイラの体は態勢を崩す。デルフィは振り切った両手を戻すとミイラの体を振り払い、反動を使って一回転すると、床を蹴り、元居た位置に戻る。

「終わりだ!」

 そう叫んで素早くランプを持ち上げると、倒れ伏したミイラの体に投げ付けた。それはガラスの割れる音と共に炎上し、ミイラの首から飛び出て来た〝枝〟事焼き払った。

「ひっ!!」

 何時の間にか起き上がっていた男がその様子を見て小さな悲鳴を上げる。デルフィはそれを気にする様子も見せず、火のいた燭台を取り、真っ二つに割られ、立ち上がれずに床を這いずり回っている椅子と、ミイラの頭に火をけて行く。

 男は青ざめて言った。

「こ、これが、〝神域の子〟か!?」

 デルフィは椅子の片割れに火をけながら、

「違うよ。これは単なる寄生樹。本物の〝神域の子〟は、もっと性質たちが悪い」

 そう静かに言った。

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