10.25歳の秋(7)
Kさんって、ずっとそう呼んでたから。
啓子先輩がそう呟き、ポロポロと涙をこぼしている。
まるでドラマのワンシーンのような綺麗な泣き顔。
薄気味悪い。
一枚皮をはいだら、腐敗臭のするドロドロの肉片とか蛆虫とか出てきそう。
どういう神経してるのかしら。
ずっとって、何? 正気なの、この人?
何を被害者ヅラしてるの!? 泣きたいのはこっちなんだけど!
「父とはどういうつもりでいたんですか?」
「えっ、どういうって……」
「本当に、先輩の子は父の子なんですか!?」
「ええっ!?」
私の追及に、今度は場に似つかわしくないような素っ頓狂な声。あれほど溢れていた涙がピタリと止まっている。
今度はどんな演技? 白々しい。
「ちょっと待って、香澄ちゃ……」
「馴れ馴れしく呼ばないでください、気持ち悪い! いい年して子供とか……兄弟とか!」
「本当に待って、誤解してるわ!」
「どこが!? さっき、兄弟じゃないのかって言ったとき、図星の顔してたじゃないですか!」
「それは、私達が兄弟だってバレたんだと思って!」
「…………はあっ!?」
私達が兄弟? 私達?
何を言ってるの、この人。しかも「あ、言っちゃった」って顔してるけど。
「私達……私と、香澄ちゃんよ」
右手の人差し指で自分と私を指し示しながら、ゆっくりと先輩が言う。きちんと、念を押すように。
「は……」
「ずっと、言わないつもりだったんだけど。でも、そんなおかしな誤解をされるぐらいなら……」
「ちょっと、待ってください?」
右手で先輩の言葉を封じ、左手で自分のおでこに手をやる。
私と啓子先輩が、兄弟。
……ということは、つまり?
「じゃあ……私のお父さんは……」
「私の父親……でも、あるの。あくまで、遺伝子上の話だけど」
「……はぁっ!?」
* * *
父の棚橋圭司は、東京で銀行マンをしていた頃、ある一人の女性と付き合っていた。
しかし実家の父親が倒れ、会社をやめて地元に帰ることを決めた父はその女性と別れることになった。
本当は、一緒に来てほしかったらしい。だけどエリート街道を外れ田舎に引っ込むと言い出した父とその女性は喧嘩になり、売り言葉に買い言葉が積み重なって、どうにもならなくなってしまった。
父と別れた女性は、父と別れて二か月も経ってから、自分が妊娠していることに気づいた。
とうに中絶できる期限も過ぎてしまっていて、女性は子供を産む選択しかできなくなった。
そうして生まれたのが――啓子先輩。
それから二年が過ぎ、女性……つまり啓子先輩のお母さんは、とある男性と知り合い、結婚した。
男性は啓子先輩を邪険にすることは無かった。転勤族で敏腕営業マンだった男性は忙しく、家にいる時間が短かった、というのもあるようだ。
そうして十二年の月日が流れ――次の転勤先が、私達が暮らす地域になった。
それでも、啓子先輩のお母さんは啓子先輩に出生の秘密を明かさなかったらしい。義父にも啓子さんの父が誰かなど伝えてはいなかったし、自分が口を開かなければいいことだ、と思っていたそうだ。
私の父は予備校のチラシに載ったりもする。だからこの地域に住んでいることはとっくに知っていたけれど、会いに行くこともなかったらしい。
啓子先輩に本当の父親が別にいることは、いつかは伝えなければならない。社会人になって何らかの機会に戸籍を確認すれば、すぐに分かってしまうこと。
ちゃんと成人したその暁には――啓子先輩のお母さんは、そう思っていたらしいのだが。
その信念を覆す出来事が起こってしまう。
啓子先輩のお母さんは末期がんに侵され――余命宣告を受けてしまった。
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