May.『午前三時の小さな冒険』
テーヘンさんのお客さま、ご案内
あったまきた、もう、あったまきた。
こんなところ、出て行ってやる。
「アオイちゃん、ミカちゃんを叩いたんならちゃんとあやまらないと」
センセー! ミカちゃんが悪いんだよ。わたしやサラちゃんを見て『施設の子だから服も貧乏くさい』って言ったの。
園長先生が新しく用意してくれた服だったのに。
「すみません。本当にすみません。ほら、アオイちゃん、ごめんなさいは?」
ユキ先生! ミカちゃんは『なでしこ園』をバカにしたんだよ。サラちゃんは涙ぐんでたし、わたしだって泣きそうになった。胸が痛かったよ。叩かれなくても痛かったよ。
なのにわたしだけが怒られるの?
「アオイちゃん、ユキ先生から聞いたわ。お願いだから我慢してね。ちゃんと町に溶け込む努力をしてね。『これだから園の子は』って言われるでしょう?」
園長先生! 『なでしこ園』はこの町にちゃんとあるのに、溶け込んでないの?
私たちは、町の住人じゃないの? 町の住人だって認められてないの?
わたしみたいな我が強い子はダメなんだって。サラちゃんみたいにハイハイっておとなしく言うことを聞いている子が『良い子』なんだって。
じゃあ、こんな町は出ていく。出ていくもん。
午前三時、真夜中の真っ暗な街並み。
わたしはこっそり起き出して『なでしこ園』を抜け出した。
児童養護施設、『なでしこ園』。私が赤ん坊の頃からずっと育ってきた場所。
辺りは、とっても静か。町はみんな眠っている。わたしだけが起きている。
いい気味。
朝になってわたしがいなくなって、みんな慌てればいいんだ。
アオイちゃんは悪くないよ、ごめんねって言ったって、簡単には許してあげないんだから。
「いーっだ!」
両手の人差し指を口に当て、思いっきり横に引っ張る。
その顔でもう一度『なでしこ園』を見てやろうと後ろに振り返ると……。
「はひゃっ!?」
――ピンクのウ●チが、目の前にあった。
「ひえっ!」
バッチい! うっかり顔にぶつかりそうになったよ!
……え、ピンクのウ●チが?
「いや~、びっくりしましたねぇ~」
「ひゃっ!」
ピンクのウ●チがいきなり喋り出して、思わず後ろに飛び跳ねる。
いや、ウ●チはしゃべるわけがないから……えっと、ゴーグルをつけたピンクのウ●チが浮き輪に掴まって宙にふわふわ浮いている。
聞き間違いじゃなかった。「ほほう」とか「ふうむ」とか唸ってる。
やっぱりどうみてもピンクのウ●チだけどなー。どうして喋ってるんだろ。
「ウ●チさん、何? 何なの?」
「おお、お嬢ちゃんはなかなか度胸がありますね」
ピンクのウ●チがゴーグルのすぐ下の小さな丸い穴をくいっと横に広げた。どうやらそこが口みたい。
「夜中に外に抜け出すだけはあります」
「まぁねー」
えっへんと胸を反らすとピンクのウ●チが「ふむふむ」とゴーグルの上……てっぺんのとんがってるところをピクピクと前に揺らした。
「家出ですか」
「そう! こんなところ、いたくないんだもん」
「それでは、お嬢ちゃん。新しい世界で違う人間になってみませんか?」
「……へ?」
よくわかんなくて聞き返すと、ピンクのウ●チはてっぺんのトンガリをピンと上に伸ばした。
「いえね。我々ウンチャカ人、このたび、この『地球』を模倣して新しいゲームを作ったんですがね」
「ウンチャカ人?」
「ここ地球よりもうーんと遠くに離れた場所にある、ウンチャカ星の人類のことですよ」
「人類には見えないけど」
「それは地球人の物差しで測れば、の話でしょう」
「うーん……ま、いいか。ウンチャカ人さん、何しに地球に来たの?」
「あ、自己紹介がまだでしたね」
ピンクのウ●チがペコっとトンガリを前に倒す。
トンガリの下、ゴーグルの上あたりが首なのかなー。
「ワタクシ、この企画の責任者のテーヘンと申します」
「テーヘンさん」
「はい。それでですね。地球人を我々の作ったゲームの世界にご招待して1日過ごしていただきまして、感想を頂けたら、と思っているのですが」
「ゲーム? ボール投げたり?」
「そういう類いとはちょっと違いますねー」
テーヘンさんは浮き輪に乗っけていた小さな手をぷるぷると横に振る。
見慣れてきたら、ピンクのウ●チのテーヘンさんは、何か可愛い。動きもおもちゃみたいだし。
「じゃあ、何するの?」
「我々が作った『地球人の生活』を体験していただくのです」
「じゃあ、フツーだね」
「そうでもないですよ? 例えば、IQ200の天才になったり、男の子になったりといったことも可能です」
「ほんと!?」
「ただお試しですので、あなたのパラメータからあまりハズれたキャラにはなれませんが」
「……パラメータ?」
「ええ」
テーヘンさんが浮き輪の中で何かゴソゴソしている。
何してんのかなあと思いながら眺めていると、浮き輪の下からビーッとレシートのようなものが出てきた。
「はい、これですよ」
「うーん?」
テーヘンさんが差し出してくれたレシートを手に取り、眺めてみる。
『サカシタ アオイ 地球年齢:11歳
容姿:72pt 頭脳:67pt 運動能力:73pt 運:14pt 226/400
内向性:51pt 外向性:49pt
思考:31pt 感情:36pt 直感:31pt 感覚:52pt 250/600
計:476/1000
中向-感覚タイプ・BB』
「何、これ?」
ワケわかんない数字と漢字が並んでる。
「あなたのパラメータですよ」
「ちゅうこー?」
「内向性と外向性の数値がほぼ同じだったからですね。実はかなり珍しいです」
「ないこうせいって何?」
「主観的なことに関心が向くタイプで、周りの意見に左右されません。逆に外向性は自分以外への関心が強く、周りの意見に敏感なタイプ。ですので周りとは違うと思いつつも自分を譲れませんから、摩擦も多いのでは?」
「まさつ……」
「まわりとよくケンカしませんか?」
「する。今日もした」
昼間の出来事を思い出して思わずうつむくと、テーヘンさんは「くっくっ」と声を上げて笑った。
ゴーグルの下の口が右側に片寄って歪んでいる。
「なお、思考は理屈で考えるタイプ、感情は好き嫌いで物事を判断するタイプ、直感は文字通り直感的に判断を下すタイプ、感覚は五感、つまり見たり聞いたりしたときの自分の感覚を信じるタイプを表します」
「ふうん」
「まだ大人になってませんから全体的に数値が低いですけどね。やや感覚が高いですから、起こった出来事に一つ一つ反応して、喜んだり怒ったり悲しんだりするから、疲れるでしょう」
「うん」
「で、す、の、で! そういうストレスとは無縁のゲーム世界を体験してみませんか、ということですね!」
テーヘンさんがずいっとわたしの前に身を乗り出した。
何か自信満々で得意気だ。
「ふうん、面白そう」
「でしょう。で、さらに! 今ならptを10ptサービスします!」
「やった! やるやる!」
「おお、ノリ気でいいですね」
テーヘンさんが再び浮き輪の中で何かゴソゴソしている。
ビーッ、ビーッ、ビーッと3枚のレシートが出てきた。
「今アオイさんがお試しで遊べるシナリオはですね、『社長令嬢』『アイドル歌手』『バレリーナ』ですね」
* * *
『社長令嬢・リナ』
小学5年生の社長令嬢・リナには秘密があった。それは、本物の令嬢は赤ん坊の頃に亡くなっていて、自分は養女だということ……。
『アイドル歌手・マユミ』
小学5年生のアユミはアイドル歌手を目指して勉強中。歌やダンスのレッスンに日々明け暮れていて……。
『バレリーナ・チカコ』
小学6年生のチカコはバレエのコンクールの上位常連。あるとき、ロシアのバレエ学校から留学の話が舞い込んだ……。
* * *
「何か、アイドルとバレエって内容が似てない?」
「いえ、アイドル歌手の方は仲間と一緒に頑張って行こうという友情シミュレーションですね。話も明るめです」
「バレリーナは?」
「バレエスクールでイジメられているんですけど、実力で跳ね返すという。ライバルを蹴落として勝ち上がれ、というスポ根モノでしょうか」
「何か暗そうだし古臭い」
「んー、そうですか……。ウチのシナリオ班のイチオシなんですが」
テーヘンさんが小さい口をむむむ、と歪めている。
「何でウンチャカ人はこんなゲームを作ってるの?」
「ウンチャカ人はですね、みんなこの容姿なんです」
「……ピンクのウ●チ?」
「ですからウ●チではありません。……で、ですね、そもそも差異があまりありませんから争いも起きませんし、とーってものんびりとした種族なんです」
「ふうん……」
「ですので、この地球人の性質と世界というのは刺激があるといいますか、我々ウンチャカ人の中では絶対に得られないものでしてね。ですので地球人になりきって遊ぶ、というゲームの企画が立ち上がったのです」
「へぇ」
「ですが、あくまで我々の想像ですから、プログラミングした登場人物がどうも本物の地球人とは違うような気がしましてね。こうなったら実際の地球人にプレイして見てもらおう、と」
「ふうん、何となくわかった」
つまりこれは人助け……ううん、テーヘンさん助けになるんだ。
よし、やってみよう!
「これ、1つだけ選ぶの?」
「そうですよ」
「気に入らなかったらリセットできる?」
「できません。あくまでお試しですし、人生にリセットはありませんからね」
「うーん、そっかあ」
社長令嬢、アイドル歌手、バレリーナ。
バレリーナはとりあえずパス。イジメられたくないしね。
アイドル歌手は友情ものかぁ。『なでしこ園』の子達は友達というより家族だし、学校には友達はいない。上手くプレイできなさそう。
「じゃあ、コレ。『社長令嬢』がいい」
「10ptはどうします?」
「んー、どうしよう」
『容姿』につけると可愛くなれるのかな。『頭脳』につけると頭がよくなる?
だけど……。
「えーと、運に。だって、悪すぎるもん」
「そうですねぇ。これじゃ頑張っても空回りすることも多いでしょう」
「むぅ」
私が口を尖らせていると、テーヘンさんの口の両端がくいんと上に上がった。
「10pt上がるだけでも、だいぶん違うと思いますよ」
「だといいけど」
「それでは――」
わたしの視界が、あっという間に真っ暗になった。
――『社長令嬢・リナ』を起動します。
うわっ! 急に何!?
叫んだはずなのに、声にならない。いや、出してるつもりなんだけど……自分の中で響いているだけ、みたいな。
――さて、アオイさん。準備はいいですか?
真っ黒な視界の中、テーヘンさんの声がわんわん響く。
いいけど、今わたしはどうなってるんだろ? 声が出ないよ?
――アオイさんは現在、ゲーム世界の入口にいます。思考を読み取っていますので自由に声は出せなくなっています。
えー……。何か気持ち悪いよー。
――すぐに慣れますよ。それでは、プレイ方法を説明しますね。
パッと目の前に画像が現れた。どうやら学校の教室の中……授業風景みたい。
学校の先生が黒板の前に居て、教室にはクラスメートが席に座って並んでいる。
ウィンと音がして、画像が動き始める。
“1時間目は算数だ。わたしはあまり好きじゃないから、ちょっと退屈だな”
急にナレーション的なものが聞こえてきてビクッとする。
しかもわたしの声だ。こんなセリフ、喋った覚えがないのに。わたしの声で再生してるのかな。
ウンチャカ人ってすごいなー。
「それでは、この問題の答えがわかる人ー?」
“ピンポーン”
わっ! びっくりした!
急にチャイムが鳴るんだもん。
『A:窓の外を見る』
『B:手を上げてみる』
『C:(マニュアルにする)』
選択肢のようなものが現れて、目の前の先生は「わかる人ー?」のセリフのまま固まっていた。
何のこっちゃと首をかしげていると、テーヘンさんの声が聞こえてくる。
――チュートリアルモードではこのようにゲームが途中で止まり、選択肢が現れます。自由に思った方を選んでください。
AかBね。でも、マニュアルって何?
――マニュアルモードに変更する機能です。その場合はアオイさん自身がキャラクターそのものになりますからナレーションも入らなくなりますし、ゲームも止まりませんし、自由に発言することができます。ただし話の流れからあまりにも逸脱した言動をした場合、テストプレイは強制終了させていただきます。
いつだつ?
――今の場合ですと、急に立ち上がって怒り出す、とかですね。
そんなヘンなことしないよ、理由もないのに。
んーと、わかった。とにかく、ヒロセリナになりきって過ごしてみればいいんだね。
――はい。朝から夕方までの一日を過ごしていただきます。終わりましたら、感想をお聞きしますね。
わかった、頑張るね!
笑顔を作ったつもりだったけど声と同じく表情も動かせない感じだ。
だけどやる気は届いたのか、テーヘンさんがクスッと笑ったような気配がした。
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