お試しプレイ、開始

“わたしは、ヒロセリナ。お父さんは百年の歴史がある会社の社長さんをしていて、すごくエラいんだよ”


 え、いきなり自慢から入るの?

 あまりいい感じじゃないなあ、このキャラ……。


「リナちゃん、おはよう」


“食堂に行くと、お母さんがもうテーブルについて私を待っていた。お父さんはいない。もうお仕事に行っちゃったのかな”


“ピンポーン”

『A:おはよう、お母さん』

『B:お母さんだけ? お父さんは?』

『C:(マニュアルにする)』


 え、ここからもう選択肢? まずは挨拶でしょ。普通に「おはよう」でいいんじゃないかな。


「おはよう、お母さん」

「さ、朝食にしましょう」


“わたしが席に着くと、お母さんが給仕に合図をした。熱々のスープやつるんとした目玉焼き、ふかふかのパンが何種類か運ばれてくる”


 おっきい食堂だなあ。10人がけのテーブルだ。お母さんまでの距離が遠い。

 こんなのでお話なんてできるのかな。何か淋しい。


 わたしはふと、『なでしこ園』の朝を思い出した。

 5人掛けのところに8人ぐらいで座ってるし、ぎゅうぎゅうですごく狭い。

 小さい子の面倒もみたりしてるから落ち着いて朝ご飯なんて食べていられないけど、でも……。


“カッコいいお父さんと、優しいお母さん。これがわたしの家族。”

“だけど――本当のお父さんとお母さんじゃない。わたし、養女なんだって”


 そう言えばそんなことが書いてあったかな、あらすじに……。

 でも、リナは大事にされてるっぽい。席は遠く離れてるけど、お母さんの表情は優しいし。


 その後、和やかに朝食は済んで、お母さんの「いってらっしゃい」という声に見送られ、わたしは運転手付きの車で小学校に行った。

 すごいなあ、歩いても行けそうな距離にあるのに。


 小学校では、クラスメイトが

「おはよう、ヒロセさん」

「おはよう!」

と次々にあいさつしてくれる。

 気になるのは、何だかみんな遠巻きだな、ということ。


 『リナ』は悪い子じゃないんだけど、選択肢がいちいち自慢っぽいんだよね。

 こんな『リナ』は嫌だなあ。マニュアルモードにしてもいいのかな。

 だけど、そぐわない言動をしたらゲームが終わっちゃう。


 そうやって悩んでいると、制限時間が過ぎて自動で選択肢のAを選んじゃうの。

 だから仕方なく、とりあえず選択肢を選ぶことに集中していた。

 テーヘンさん、これ忙しすぎるよ。もう少しオートの部分があってもいいんじゃないかなあ。



 そうして午前の授業は終わり、給食も食べ終わって昼休みになった。

 ここまでは、まぁまぁかなあ……と思っていると、少し離れた席の前に立った女の子が、何かわめいている。


「ねぇ、ウチダさん。早く食べてくれないと、片づけられないんだけど?」


“そう文句を言っているのはヤマモトさんだ。”

“クラスでもリーダー格の、気の強い女の子。わたしはあまり好きじゃない。”

“そしてウチダさんはクラスでもおとなしい女の子。話をしたことはない”


「ご、ごめんなさい……」

「ほんと、ノロマ」


“あやまるウチダさんと溜息をつくヤマモトさん”


“ピンポーン”

『A:ウチダさん、早く食べなよ』

『B:ヤマモトさん、待ってあげなよ』

『C:(マニュアルにする)』


 えー、どっちも何かエラそう。

 でもとりあえずBかな。食べるのが遅い子を急かすのはよくないと思う。


「ヤマモトさん、待ってあげなよ」

「あら、ヒロセさん」


“ヤマモトさんはわたしを見ると、ちょっと意地悪そうに笑った。”


「ちょうど良かった。私ね、面白い話を聞いちゃったんだー」


“ヤマモトさんがわたしのところにツカツカと近寄ってくる。”


「ヒロセさんって、本当はあの家の子供じゃないんだってね」


“えっ、どうしてそんなことを知ってるの!?”

“驚いて言葉を出せずにいると、その場にいたクラスメイトが騒ぎ出した。”


「えーっ!」

「ウソ!」

「じゃあ、ニセモノなの、ヒロセさん!?」


“ピンポーン”

『A:そんなの、嘘だよ!』

『B:誰に聞いたの? 言いなさいよ!』

『C:(マニュアルにする)』


 え、これどっちも駄目じゃない?

 Aは嘘をつくことになっちゃう。Bは何だかみっともない。


 そうだ、あらすじを読んだときから気になってたんだ。

 秘密ってなってたけど、養女の何が悪いの? 『リナ』はどうして隠すの?


   * * *


「そうだけど、それが何?」


 わたしは迷わず『C』を選んだ。

 もう、表面を取り繕う『リナ』にはちょっと飽き飽きしていた。もともとあんまり我慢強くないし。


「あはは、だってウソじゃない。ウソのお嬢さまだ!」

「養女って正式にお父さんとお母さんの娘になることだよ。ウソじゃない」

「だって、本当のお父さんとお母さんじゃないんでしょ!? ニセモノじゃん!」


 ヤマモトさんが鬼の首を取ったかのようにわたしに詰め寄る。

 クラスメイトを見ると、全体的にヤマモトさんの近くに寄っている。

 そうか、これが今の本当の『リナ』の立ち位置なんだ。


「わからない、本当のお父さんとお母さんがじゃないことが、何だっていうの」

「だからあ、ヒロセさんの本当のお父さんとお母さんは何者かも分からないってことでしょ? 犯罪者かもしれないし!」


 かあっと頭に血が昇る。右手を振り上げそうになって――ハタと止まった。

 ようやく給食を食べ終えたウチダさんと目が合う。おどおどして、泣きそうになっている。


 その顔を見て、急に現実世界を思い出した。


 あのときも、そうだった。ミカちゃんがわたしとサラちゃんに「貧乏くさい」って言って。

 一瞬、涙ぐんだサラちゃんが目に入ってわたしもムカッとして思わず叩いちゃったけど。

 だけど、わたしは怒られることになって、サラちゃんも泣いちゃって。

 叩いた私はやり返してスッキリしたけど、サラちゃんのことは何も考えていなかった。


「わたしのお父さんとお母さんは、今のお父さんとお母さんだよ」


 左手で右手の拳をギュッと掴む。グッと歯を食いしばって、どうにかそれだけ言う。

 ヤマモトさんを叩いちゃダメだ。


「あはは、ウソなのにお金持ちのお嬢さまのフリしておっかしい!」

「お母さんは、今日も笑顔でいってらっしゃいって言ってくれた。ウソなんかないもん」


 これ以上ヤマモトさんと話をしてても仕方がない。

 わたしはウチダさんのところに歩いていった。


「ウチダさん、食べ終わった? 食器を片付けるの、手伝うね」

「やだ、ヒロセさん、急にどうしたの? 社長令嬢がわざわざ片付けとかさあ! いい恰好したいだけ!?」


 背中からヤマモトさんの声が飛んでくる。

 ゲームってわかっててもムカつく。テーヘンさん、プログラミングしたとか言ってたけど、意地悪モードにし過ぎじゃないかなあ。


「学校では、社長令嬢とかそういうのは関係ない」

「そんなこと言って、誰かさんはよく自慢してたけど」

「それは悪かったと思う」


 わたし自身がちょっとイラついたもん。


「ごめんなさい」


 ペコリと頭を下げると、ヤマモトさんがグッと喉を詰まらせたような気配がした。

 急に教室がしんと静かになる。

 わたしはウチダさんに向き直ると、ちょっとだけ頭を下げた。


「ウチダさん、ごめんね」

「え、え、何が?」

「……色々と」


 ヤマモトさんとの会話を終わらせたいからってウチダさんに声をかけた。

 本当に手伝いたいって思った訳じゃない。わたしってズルい。


 そんなわたしの気持ちが伝わったのかどうかは、わからない。

 だけどウチダさんはぷるぷると首を横に振り、

「ううん、ありがとう」

と言って少しだけ微笑んでくれた。


   * * *


 わたしの行動が正解だったのか間違いだったのか、どうなんだろう。

 ちょっとドキドキしたけど幸い強制終了にはならなくて、そのまま放課後になった。

 帰る時間になっても、朝とは違って誰もわたしに「バイバイ」とは声をかけてくれなかった。ヤマモトさんの顔色を窺っているのかもしれない。

 だけど、今のわたしの方がずっといいと思う。


 そうだ、ずっとあいさつしてくれるのを待ってるのも変だ、と自分から声をかけてみる。

 気まずそうな顔をするだけの人、小さく「バイバイ」と返してくれる人、色々。

 ウチダさんも「バイバイ」って言ってくれた。


 家に帰ると、お母さんが笑顔で迎えてくれた。

 学校でバレちゃった話をしようかどうしようか迷って、やめてしまった。

 言ってしまったら、本当にお母さんじゃなくなっちゃう気がして、何だか怖くなったんだ。

 もうちょっと時間が経ったら、ちゃんと話ができるかな。



   * * *



 ……あ、あれっ!?


 慌てて目を見開く。キョロキョロと辺りを見回そうとして、首が全く動かないことに気づく。

 いつの間にか、辺りは真っ暗闇に包まれていた。

 そうだ、お試しだったんだ。ゲームが終わっちゃった。


 ――お疲れさまでした、アオイさん。


 テーヘンさんの声がわんわん響く。

 そうだ。私はアオイ。『なでしこ園』のアオイ。

 お父さんとお母さんなんていない。いるのは、厳しい園長先生とか、優しいけど頼りないユキ先生とか。

 ご飯を作ってくれるおじさんとか、サラちゃんとか小さい子達とか……。


 ――これが、プレイ後のデータです。


 目の前に青いウィンドウが現れた。眩しくて目がチカチカしたけど、しばらくしたらどうにか目が慣れてくる。


『サカシタ アオイ 地球年齢:11歳

 容姿:72pt 頭脳:67pt 運動能力:73pt 運:24pt 236/400

 内向性:50pt 外向性:50pt 

 思考:31pt 感情:32pt 直感:32pt 感覚:56pt 251/600

 計:487/1000

 中向-感覚タイプ・子供BB』


 えーと、何がどうなったのか全然わかんないんだけど。


 ――内向性が下がって外向性がちょっと上がったのと、感情が下がって感覚が上がりました。


 ふうん。……つまり、どういうこと?


 ――少しだけ周りを見るようになり、本当にちょっとだけ我慢強くなった、という感じでしょうか。


 そっかあ。やっぱりあそこで、叩かなくて良かった。

 ねぇ、テーヘンさん。選択肢が多すぎるし、プログラミングが意地悪だよ。


 ――意地悪?


 ヤマモトさんのキャラが酷かった。本当にムカついたもん。


 ――……そういう設定ですからね。他に気づいたことは?


 んっとねぇ……。


 ゲームの中の朝から放課後までのことを思い出しながら、気づいたことをとりあえず言ってみる。

 テーヘンさんがふむふむと声を漏らしながら何かを記録している様子が伝わってきた。


 ――なるほど、参考になりました。ゲームは楽しめましたか?


 うん。もうちょっとやりたかった。あのあと『リナ』としてどうしようとか真剣に考えちゃった。

 続きはもうできないの?


 ――ずっと『リナ』でいて頂けるのなら、考えないでもないですが……。


 ずっと『リナ』に? どういうこと?


 ――現実世界には戻らず、ずっとあの世界で生きる、ということです。


 そんなことできるの!?


 ――ええ。アオイさんさえ、望めば。


 どうしよう、と心が揺らいだ。ゲーム世界のお母さんの顔、ヤマモトさんの顔、ウチダさんの顔が思い浮かぶ。

 『リナ』はあのあと、どうなるんだろ?


 ――いくつかルートがありますね。普通にいけばお婿さんを迎えるルート。もし出生の秘密を知ろうとした場合は、いろいろ乗り越えて大人になり、自ら女社長になるルートに行きます。しかし場合によっては大人になる前に会社が倒産してしまうルートになることもありますね。


 そうか、決まってないんだ。『リナ』の行動によるのかな。

 でも、だいたいは社長令嬢として幸せな未来が待ってるんだなあ。

 いいなあ……。


 揺らぎかけたけど、頭に浮かんだのはサラちゃんの泣き顔だった。

 そうだ。わたし、ゲームの中でウチダさんには謝ったけど、現実のサラちゃんには謝ってない。

 あれから8時間ぐらいは経ってる。わたしがいなくなって、同じ部屋のサラちゃんが怒られてるかも。


 ――さて、最終確認です。どうしますか?


 わたし、帰る。


 ――えっ!?


 テーヘンさんがひどく驚いた声を上げた。

 そうだよね、ラクな未来が待ってるってわかってるのに投げるんだもんね。

 だけど……。


 ――じゃあ、このまま家出するんですか!?


 あ、そんなことも言ってたっけ。

 テーヘンさんの言葉に、思わず笑いそうになる。


 ううん、『なでしこ園』に帰るよ。

 だって迷惑かけちゃうもん、いろんな人に。

 いや、もうかけちゃってるかも。朝起きたらわたしがいなくて……。


 ――いえ、それは大丈夫です。現実時間では、まだ2時間ほどしか経っていませんから。


 そうなの!? じゃあ、間に合うかも! すぐに帰して!


 ――そうですか。……残念です。


 テーヘンさんの淋しそうな声が耳に届いた途端、ぱあっと視界が開けた。

 知っている道。小学校への通学路。

 東の空がほんのり明るい青になっている。日の出の時間なんだ。


 キョロキョロと辺りを見回したけど、ピンクのウ●チのテーヘンさんはどこにも見当たらなかった。


 たった2時間ほどの、小さな冒険。

 だけど、楽しかったし何かスッキリした気がする。


「えっと、テーヘンさん、ありがとー!」


 とりあえず空に向かって声をかけると、私は元来た道を走り始めた。

 今なら園長先生が起きる前に部屋に戻れるかも!

 急げ、わたしー!

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