6.介在
カメちゃん、ごめんね。
カメちゃんが死んだの、私のせいなの。
私がお父さんに余計なことを言ったから。
携帯でずっと誰かと話してて、全然構ってくれなくて。
「バイクに抜かれちゃったよ、ダサーイ!」
……なんて言ったから。
青い背中の金色の鳥が、本当に夜空に飛んでいった。
とんでもないことしてしまった、って思った。
後は……もう、よく覚えてない。
気が付いたら、外を自由に飛べるようになってた。
だから探したんだよ。あのあとどうなったんだろうって。何が起こったんだろうって。
あちこち潜り込んで、一生懸命に探したの。
でも……私は生きてて、カメちゃんは死んじゃってた。
あのときね。あの、初めて会ったとき。
カメちゃん、死んだはずなのに、って驚いた。
でも生きてた、良かったって思ったの。
だけど、死神だって。死神バイトだって。
やっぱり死んじゃってた。私のせいで。
ショックだった。
あやまりたかったの。でも、カメちゃん、何も覚えてないって言ったから、言えなかったの。
自分のことも、言えなかったの。
だからせめて、私の魂はあげたかったの。
いろいろ嘘ついて……ごめんなさい。
◆ ◆ ◆
淡く光る魂になってしまったチカの、最期の想い。
あのあと、シャチョーが伝えてくれた。
幽界にある事務所に連れ戻されたあと、俺は外出禁止となり、そのまま謹慎処分を食らった。
下界の人間に情報を漏らした罪、幽界道具を使わせた罪……その他もろもろ、とにかく問題だらけ。よーく反省しろ、だって。
だけど……俺が凹んでるのも分かってて、「ちょっと休んでおけ」ということかもしれない。
そしてシャチョーは、『オーモノ』についても説明してくれた。
「『オーモノ』は、正しくは『負う者』、正式には『因業を負う者』。つまり――自分が死んだ原因に関わる者だ」
「大きい物じゃなかったのか……」
「間違いじゃねぇが、まぁ隠語みたいなものだ。大っぴらに言えねぇからな」
自分の『負う者』に接触すると、必然的に忘れた記憶を蘇らせることになる。
だけど思い出すのは、自分の最期のときの記憶だ。死神バイトなんてしている連中はロクな死に方をしていないことも多いから、精神的にかなりのダメージを食らってしまう。
だけどそれを乗り越えられたら、それが一番の罪滅ぼしに……つまり『徳』の獲得に繋がる。
つまり、俺にとっての『オーモノ』はチカだったのだ。
一部の死神バイトに下される、最初で最後の試練。
タナトさんは、その最後の記憶が辛すぎて途中で放棄したそうだ。
確か、パワハラで自殺したって言ってたもんな。もう一回それを味わうなんて、しんどすぎるよ。
そういう理由で逃げるのは、別に悪くないと思う。
「酷い目に遭って何も覚えてない」
と言っていたのは本当にその通りなんだな、と思った。
「その性質上、『負う者』に関する一切のことは対象者……今の場合なら、カメだな。対象者には知らされねぇ。自ら接し、乗り越えることに意味があるからな」
「ふうん……」
これらの試練はあくまで死神バイト側の話であって、『負う者』には全く関係ないらしい。
だけど今回は、チカが生霊だったことが事態を混乱させた。
幽界の人間に限りなく近い状態だったこと――そして、チカにとっての『負う者』が俺だったこと。
「……あの事故のときのガキが、チカだったのか」
「そーいうこったな」
「じゃあ……俺はチカを二度殺したようなもんじゃねぇか……」
チカの身体は確かに生きていたけど、チカにとってはあのとき死んだも同然だった。
チカにとっての『因業を負う者』が俺……ってのは、そういうことだろ?
そう思ってうなだれていると、
「こんの、バカが!」
という声と共にシャチョーの例のゲンコツが飛んできた。
「いっ……痛ってぇな!」
「そうじゃねぇって言ってんだろ! 頭悪いな!」
「こんだけボコボコ殴られりゃ、バカにもなるってーの!」
「そう意味じゃねぇ、このアホンダラが!」
顔を真っ赤にして怒鳴るシャチョーの背後で、タナトさんが
「それだけ暴言が吐ければ大丈夫かな」
と小さく呟いている。
だって……だってよぉ……。
どう聞いてもそういう風にしか聞こえねぇんだけど?
「いいか、耳の穴かっぽじってよく聞け! カメと『敦見知佳』の『因業を負う者』は、かなり特殊なんだよ」
凹んでいる俺を少しは気にしてくれたのか、シャチョーの声が少しだけ和らぐ。
「特殊?」
「言うなれば、逆なんだ。『こいのせいで自分は死んだ』じゃなくて『自分のせいで相手まで死んだ』。……お互いが、そう思ってた」
「だろ?」と言い、シャチョーが横目で俺を見る。
「そうじゃねぇってのか?」
「因果関係ってのはそんな単純なもんじゃねぇんだ。とにかく、もうその辛気臭いツラはやめろ」
そう言い残すと、シャチョーは事件の後始末のために慌ただしく事務所を出て行った。
結局……俺は、試練はこなしたが魂は得られなかった。チカの魂は、オカシな事態になっちまったために、社長に保護されたからだ。
でも、今となってはそんなことはどうでも良かった。もう俺にできることは何もなくて……事務所でおとなしく掃除するぐらいしかなかったし。
こうして……下界時間に換算すると、二週間の時が流れた。
◇ ◇ ◇
「えーと……矢印、押して……改行?」
「そうそう」
幽界の端っこにあるちっぽけな事務所。
俺は眉間に皺を寄せながら、画面を睨みつけている。
相変わらず右手人差し指1本をぷるぷる震わせながら。
「これで、始末書の書き方はわかったね」
隣の機械からベローンベローンと出てくる数枚の紙を手に取ると、タナトさんがトントンと端を揃える。
「わかったけど……もう書きたくねぇっス」
「そりゃそうだ」
はははと笑うと、タナトさんは書類をファイルにしまい、すっくと立ち上がった。
「休憩しようか。コーヒーでも淹れるよ」
「あざっす!」
大声で礼を言って、首を回し肩をコキコキ鳴らす。
うおー、肩が凝った……。
こんなんで俺、ちゃんとやっていけんのかな、この事務所で。
「タナトさん、もうアガリっすよね。早く覚えねぇと……」
一抹の不安を感じてそう言うと、タナトさんはコポコポと音を立てだしたサイフォンを眺めながら
「あ」
と小さく呟いた。
「そうだ、言ってなかったっけ。もうしばらくバイトを続けることにしたんだよ」
「えっ!? な、何で!?」
「ポイントは貯めれば貯めるほど転生時に優遇されるらしいんだ」
「へぇ……」
「あとね、カメにまだ教えてないこともいっぱいあるし」
「……うっ。不甲斐なくてすんません……」
やっぱり俺のせいかなあ。いっぱい迷惑かけたもんな……。
タナトさんはクスクス笑ってはいたものの、特に否定はしなかった。
……そりゃそうっスよね。
「それにね……」
タナトさんが何か言いかけたところで、事務所の扉がバーンと勢いよく開いた。
シャチョーの登場だ。入口に立ったまま、大声を上げる。
「お前ら! 揃ってるか!?」
「見ての通りっス」
二人しかいないんだからすぐ分かるじゃねぇか。
……と呆れながら言い返すと、タナトさんにそっと小突かれた。
てっきりシャチョーに
「何だとぉ!?」
と怒鳴られるかと思ったが、
「ふん」
と鼻を鳴らされただけでそのままスルーされる。
「タナト、もう伝えたか?」
「まだです。今言おうと……」
「……そうか。おい、カメ」
タナトさんから視線を外し、黄色いレンズの向こうでシャチョーが俺をジロッと睨む。
「初めてこの事務所に来た時の事、覚えてるか?」
「覚えてるけど、覚えてないっス」
「ああん?」
「えーと……来たことは覚えてるけど、何だかふわふわしていて昔のことは何にも覚えてなかったっス」
「そういう事だ。肝に銘じろよ」
「はぁ?」
シャチョーは意味ありげに笑うと、一度扉の奥に引っ込んだ。「おい、ここだ」とか言ってるから、誰かに呼びかけてんのか。
お、ひょっとして新入り? いよいよ俺も、センパイか?
そんなことを考えてついついニヤニヤしていると、その扉の奥にいた奴が現れた。
紺色のブレザーに赤いネクタイをし、グレーのチェック柄のヒダスカートに紺色のハイソックス、黒のローファーを履いた女の子。
黒い肩までの髪をさらりと流した……。
「ちっ……!」
叫び出しそうになって、タナトさんからガバッと口を塞がれた。
耳元で
“だから、肝に銘じろって言われただろう!?”
と小さく怒鳴られる。
“う、ウッス……”
“分かったら、初対面のフリ! あくまで紳士的に!”
“そいつは無理っス”
「新人ほったらかして何をくっちゃべってんだ、お前らはぁ!」
いつの間にか俺たちの傍まで来ていたシャチョーに、ゴチン、ゴチンとゲンコツを食らう。
「だっ……だから、痛ぇーんだよ!」
「先輩になるんだぞ! シャキッとしろ、シャキッと!」
「……ウッス」
うぉ、『初対面』でコレは情けねぇ……。
頭を擦りながら扉の方を見ると、チカはくすくす笑っていた。
……ん、元気だ。良かった。
いや、死んじまったから良くはないんだけど。何てぇか……忘れてくれて、良かった。
チカの『負う者』は俺で、恐らくチカには試練は来ない。
だからもう、自分の辛い記憶を思い出すことはない。――転生するその時まで、ずっと。
「ほい、アイサツだ」
シャチョーがドンッと俺を前に突き飛ばす。
「あ……えっと。よろしく、チカ。俺はカメだ。センパイとして敬うように」
「……」
俺の背後で、シャチョーが「ふむぅ」と変な鼻息を漏らし、タナトさんが「はぁ」と溜息をついている。
な、何だよ。
俺、何か変なこと言ったか?
チカは一瞬目を真ん丸にしたあと――顔が崩れるんじゃないかと思うぐらいニコォッと笑った。
「カメちゃん! 末永く、よろしくお願いします!」
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