Mar.『桜花は一片の約束』

一年だけ

 ああ、もうあれから一年が経ってしまったのね。

 確かに約束したわね、一緒にいられるのは一年だけだよ、って。


 でも……待って、待って。

 二人の想い出をもう少し振り返りましょう?



 ねぇ、ロードス。去年の今頃、私たちは出会ったわね。

 あなたはまだ社会に出たばかりだったけど、すでに自分の魅力に気づいていて堂々とした佇まいだった。

 だけど頭に桜の花びらをいくつもくっつけていて、そのギャップがとても可愛らしかったわ。

 あなたの黒にピンクが映えて……あの瞬間、私は恋に落ちたの。



 夏になって……一緒に出かける先は、もっぱら山の峠だったわね。

 あなた、海は大嫌いですものね。潮風は肌を痛めるからって。

 見た目は尖っててカッコいいのに、中身は繊細なのよね。

 そうそう、花火大会にも行ったわね。

 夜空の花火と川に映る花火。そしてあなたの瞳に移る花火。

 とても幻想的で、今でも脳裏に焼き付いているの。

 本当に素敵だったわ。



 やがて秋が訪れて。

 風が冷たくなったけど、私達、それでもあちらこちらに出かけたわよね。

 本当にずっと一緒にいたから想い出はいっぱいあるけど……。

 でも一番は、悲しい記憶。あなたが、怪我をしてしまったこと……。

 あなたは全然悪くないのに、あちらから喧嘩を売られてしまったのよ。

 精一杯躱そうとしてたけど、結局顎に大きな傷が出来てしまって……私、泣きそうになったわ。

 あなたは「これぐらい平気、すぐに直るから」と言っていたけど……でも、表面的な傷は直っても、体の中に付けられた傷までは、絶対に癒せないわ。

 平気な様子を装っているあなたが、とても痛々しかった。



 そして、冬……。


 え、ちょっと待って、待って。

 何なの、あなた達……いやー、引っ張らないで!

 まだまだロードスとの想い出はたくさんあるの。話したいことがあるの。

 お願いだから、もう少しだけ待って。

 私達を、引き離さないで――!!



   * * *



「はぁ、やーっとサヨナラできるわ」


 ベージュのVネックシャツにネイビーのパンツ、そして薄いグレーのジャケット。首にはシルバーのチェーンペンダントをかけ、髪はやや明るい茶色を無造作に流した青年が、その端正な顔を歪めて溜息をついている。


 青年の隣には、白いフリル付きのブラウスにピンクのフレアスカートという、これまた春らしいファッションの可愛い女の子が立っていた。

 目の前の黒い車を眺め、同情するように肩を竦める。


「そうよね。やっぱりちょっとダサいもんね、コレ」


 そう言って女の子が指差したのは、青年の左手にあるもの。

 ――黄色と緑の、若葉マーク。


「せーっかくの黒のロードスターだってのにさあ。マジ長かったわ、この一年」

「仕方ないじゃない、そういう決まりなんだから」

「これで完璧だな! カッコよくなった!」

「半年前に事故っておいてよく言うわよ。バンパーひしゃげてたじゃない」

「もう直したからいいんだよ! だいたい、アレは俺は悪くねぇし!」

「そうなのかしらねー」

「うるさいな。……うわ、跡がついてるよー。ずいぶんしっかりと張り付いていやがったな」


 青年が舌打ちをしながら、車のボンネットを擦る。


 一年間、この黒のロードスターと一緒にいた若葉マークの跡は……ちょうど桜の花びらのように、見えた。

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