2.怪異

「俺なんかに関わるとロクなことにならないぞ。さっさと帰れ」


……と、カッコ良く言えればよかったんだけどよ。

 女が

「もうすぐ死ぬ人なら、病院じゃないかな?」

と言い、

「そこまで案内してあげる!」

とバイクの後ろにあっという間に跨ってしまったので、仕方なくそのまま走り出した。

 女の両腕が俺の腰辺りに絡みついている。

 俺に触れて幽界バイクにも乗れるなんて、昨今の霊感少女はスゲーな。


 もう少し話したいと言われドキリとしたが、どうやら『死神バイト』に興味があったようだ。

「死神バイトって何?」

「どうやって魂を獲るの?」

「魂を集めてどうするの?」

と、矢継ぎ早に質問された。


 特に隠す必要もないか、と「誰にも言うなよ」と前置きをしたうえで、仕事の内容とか道具の使い方とかを話して聞かせた。

 だってこの女が下界の誰かにこの話をしたところで、頭のおかしい奴扱いされるだけだ。

 ……それに、何となく話しても大丈夫そうな気がしたし。


 ポイント制度だとか大物を獲らないといけない理由なんかを話すと、

「変なの、面白ーい!」

と大笑いしていた。

 だいぶん慣れてきたようだ。切り替えが早い。あどけないというか、何というか。


 ……というより、もともとそうおとなしい女ではなかったらしい。俺の答えに「なるほどー」と頷いたり「へー」と声を上げたり「大変だね」と労ってくれたりする。


「しかし全然ビビらねぇのな。お前、普段から色んなモンが見えるのか?」

「ん、まぁね……」

「大変だな。俺が生きてたときは……あん?」


 我ながらおかしなことを言った。もう記憶はサッパリ抜け落ちているというのに。


「生きてたときは?」

「いや、間違いだ。なーんにも覚えてねぇからな」

「……そうなんだ。あ、そこだよ」


 その声でブレーキをかけ、ギュアンッと派手な音をさせて止まる。

 ついっと宙を見上げ、思わずため息をついた。


「……あー、結構漂ってんなー」


 コンクリート八階建ての総合病院。駐車場もやけに広いし、建物も三棟ぐらいに分かれていて、かなりでかい。

 死んだ人間もたくさんいるのだろう、ふわふわと極小の魂があちこちでゆらゆらしている。


 ……いや待て、それにしても数が多いな? そんなに一度に死ぬか?


「列車事故があって、大半がこの病院に運び込まれたんだってー」

「はぁー」


 不慮の事故か。そりゃ死んだと気づいてない人間も多いだろうなー。

 俺は懐から幽界電話を取り出すと、ピッとボタンを押して事務所に繋いだ。

 何回かコールしたあと、留守電に変わる。


「ちっ、留守電かよ……。おーい、タナトさーん!」

“…………どうしたんだ?”


 ダメもとで怒鳴ってみると、留守電から切り替わってタナトさんの声が聞こえてきた。

 ったく、最初から出てくれよ。


「何か事故があったらしくて、極小魂がいっぱいいるぞー。獲りにくる?」

“他の死神は?”

「今んとこいねーなー。これからかも」

“……わかった。今から向かうよ”


 プツン、と切られる。

 ウチの事務所、ちっせぇから電話番とか受付のねーちゃんとかいないんだよな。


「おい、女」

「チカだよ」

「そうか。おい、チカ。今から俺のセンパイが来っから、ここまでな。ほれ、降りろ」

「えー」

「いいから早く」

「……今度は、いつ会える?」

「……」


 昨今のJKは積極的だなー。


「一週間はこの辺りをウロウロしてるよ」

「……わかった」


 チカはホッとしたような顔をすると、素直にバイクのケツから下りた。


「じゃあまたね!」

「……おう」


 無邪気に手を振られたのでつられて振り返す。何となく後ろ姿を見送っていると、チカはタッタッタッと駆けていき、すぐの角を曲がって消えていった。


 変な女だな。死神って聞いてあんなにビビッてたのに、また会いたがるなんて。

 ……しかし、下界の女に見られた挙句バイクにも乗せちまったなんてバレたら、怒られるかもなあ。黙ってよっと。



 ふわふわ漂っている魂を何となく見張っていると、空から一台のチャリンコが駆け下りてきた。……タナトさんだ。

 なぜセンパイのタナトさんがチャリンコで俺がバイクなのかというと、タナトさんはバイクに乗れないからだ。そしてバイトが車を所有するほどウチの事務所は大きくないので、仕方なくタナトさんは自転車を利用している。

 とは言っても、競輪選手が乗るようなスーパーなやつなので、これはこれでカッコいい。


 タナトさんが俺に気づき、手を上げる。手伝おうかと腰を上げかけると、ぶんぶんと大きく手を振られた。「いいからそこにいろ」ということのようだ。

 センパイの言うことは絶対なので、おとなしく見守ることにする。


 タナトさんは懐から得物を取り出した。その途端、グンッと大きくなり、子供がトンボを捕まえるときに使うような虫取り網が現れた。下界から切り離された魂を掬い、ポケットから伸びている幽界ロープをくくりつける。くくりつけた魂はひゅるひゅるとタナトさんの懐の中――正確には内ポケットに着けてある幽界籠に吸い込まれていく。

 これでもう、その魂は籠に入れた死神のモノ。あとは霊界に連れて行くだけ。


 幽界網、幽界ロープ、幽界籠、そして幽界ナイフ。これが死神バイトの装備品。

 幽界ナイフは、死者が現世への未練を断ち切れないときに使うらしい。怨霊化しないように。

 だから俺は使ったことは無い。まだペーペーで、そんな複雑な現場に行ったことがないからな。


 タナトさんは順調に魂を回収していた。手際もいいし、丁寧だ。

 そうか、手本を見せてやるから見ておけ、ということだったのかな。


 そう感心したのも束の間、三台の幽限自動車が宙のはるか彼方から現れた。

 大手だな……。改造でもしてやがんのかな。スピードが速い。


 タナトさんは、獲るのを止めてさっと得物の網をしまうと、ハンドルを握り俺のところまでビューンと駆け下りてきた。

 余計な争いを好まないタナトさんは、奴らに見つかる前に逃げたかったようだ。


「お疲れっス」

「ああ、お疲れ。連絡ありがとう、カメ」

「ポイント貯まったんすか?」

「少し足りない。あと一人ってとこだね」


 そんなたわいない話をしながら、何気なく空中の捕り物を見上げる。大手の仕事ぶりを見る機会なんて、そうそうないだろうしな。

 車から飛び出してきたのは、十人ぐらいの死神だった。黒いローブを身に纏い素顔を隠していることから、正規の死神だと分かる。


 正規の死神は、車が無くても自由自在に宙を泳ぐことができる。

 まるで踊るようにあちらこちらを飛び回っていた。雄叫びを上げ、互いに罵声を浴びせながら魂の獲り合いをしている。狩りに夢中で地上の塀の陰にいる俺達には気づいてねぇみたいだ。


 俺は今まで単体の捕り物しかしたことが無かったから、こういうのは初めて見たけど……何となく、好きになれない光景だ。

 死神は最初っから死神だから、人の魂とか屁でもねぇのかな。

 おい、相手は客だろうが。もっと丁寧に扱えよ。


 隣にいたタナトさんを見ると、眉間に皺を寄せて不愉快そうな顔をしている。

 俺と同じ気持ちなのかな、と思ったらちょっとホッとした。

 しかしそれも束の間、ひどく驚いた表情に変わる。


「……っ! アレ……!」


 タナトさんが指差した先を見る。一人の死神が、懐から鎌を取り出していた。

 スパッと魂と病院を繋げていた白い緒を断ち切っている。そしてふわりと漂いかけた大きめのソレを乱暴に掴み、むぎゅっと懐に入れていた。

 ロープは使わないのか。確か死神(バイト)と繋ぐことで「大丈夫だよ」と魂を安心させる役割があると聞いてたんだけどな。


「死神の大鎌、初めて見た。現世への未練を断ち切ってんのか?」

「いや、それはどす黒く濁った緒の場合だ。白い緒が繋がっている以上、アレはまだ死んでいない」

「……えっ!?」

「まぁ、随分細かったし時間の問題だったとは思うけど。でも、あの行為をしていいのは上からの依頼が来た時だけだと聞いている」

「依頼……」

「詳しいことは分からないけどね。だけど、明らかにルール違反だろう」


 眉間の皺がかなり深くなっている。どうやら、かなり怒っているらしい。

「急いで戻って社長に報告しよう」

と言われ、俺は慌ててエンジンを回した。


   * * *


 二人で事務所に帰ると、シャチョーが鬼の形相で待っていた。目撃したルール違反を報告すると、

「何だとぉ!?」

と黄色レンズの奥の瞳をギラッと光らせ、すぐさまどこかに連絡していた。

 そのあとどういうことか説明しろ、と言われたから、俺はチカに案内してもらったことは伏せて一通り説明した。


 ……で、こっぴどくシャチョーに叱られた。ズガーンと脳天に衝撃が走る。


「俺に何の断りも無く勝手に獲りに行くたぁ、いつの間にそんなにエラくなったんだ、てめーらは!」

「う……」

「ぐ……」


 脳天に食らったゲンコツのせいでズキズキする頭を抱えながら、二人で項垂れる。


「でも俺、タナトさんに連絡したっス」

「そして僕は、社長に伝言を入れました」

「アホんだらぁ!」


 ゴチン、ゴチンと二発目を食らう。


「伝言は断りとはいわねぇーよ!」

「ぐぅっ」

「うぅ……頭割れるっス……」

「どうせもう死にゃしねーよ!」


 死ななくても痛いもんは痛ぇーんだっつーの。


「事故の場合はなぁ、扱いも見極めも難しいんだよ。バイトの手に負えるシロモノじゃねぇ!」

「……うっす」

「タナト! 今回はラッキーだっただけだ。……ったく、事故現場じゃなかったから良かったようなものの……」

「はい……すみませんでした」


 今度はタナトさんは、素直に頭を下げていた。俺も

「すんません」

と小さい声で言い、頭を下げる。


 ……そっか。それこそ現場は混乱していて、黒い緒だか白い緒だかも分かんなくなるのかも。

 しかしなぁ、こんなんで怒られるんじゃ、大物を見つけるなんて無理なんじゃねぇのか? 見極めが難しいって話じゃなかったっけ?


 一通り怒鳴ってシャチョーは満足したのか、

「今日一日は留守番しとけ」

と言い残し、足早に事務所を出て行った。


「はぁー、参ったなあ」


 タナトさんがガクーッと肩を落とし、椅子に座って背もたれにもたれかかった。しかしすぐさま

「あ、そうだった」

と呟いて跳ね起き、キーボードをパチパチ叩く。

 隣の機械からべローンと出てきた一枚の紙を手に取りざっと目を通すと、すっと俺に突き出した。


「はい、これ」

「何スか?」

「例の一帯の死亡予定者リスト。この中にオーモノがいる」


 見ると、顔写真、名前、享年、現在地が記されている人間が、ざっと……二十人ほど。

 交通事故とかで突発的に死ぬ人間などは予測不能だから、リストには上がってこない。これは病気や寿命など、何らかの予兆がある人間ばかりだ。

 それにしても、随分多いな。……そうか、事故が起きた後だから『予測可能』の人数が急激に増えたのか。


「ふうん……。コレの調査をやってて忙しかったんスね。俺のために、すんません」

「リストに上がった人物なら獲りに行っていいと社長に言われていたからね。僕のためでもある」

「ふうん……」

「その前に連絡が来たから、片付けたくなっちゃってね。ついつい動いちゃったんだけど」

「へぇ……」


 何気なくリストの二枚目を見て……ぞわっとしたものが腰から背中にかけて上っていく。


 そこには、『敦見つるみ知佳ちか』という名前があった。

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