episode:19 「我慢できない」
「ほんとに助かる~ありがとうね」
「いいよ暇だし」
先生からお願いされた資料を両手でかかえ、教室に入ろうとすると、扉の隙間から小田くんが見えた。
横断幕の作成で机は後ろの方にまとめられ、床いっぱいに横断幕の布が敷かれていた。
美術部が4名と小田くんと木下くんと麻衣ちゃんの計7人で黙々作業を進めている。
「あ、ごめんね!」
入口に一番近い所にいた同じクラスの麻衣ちゃんが、入口に立っている私に気づいて少し左に移動した。
「ありがとう」
両手が塞がっていたため、少し開いた隙間につま先を押し込み扉を開けた。
持っていた資料とノートを教壇の上に置き、先生が配布しやすいように出席番号順に並べる。
ふと、小田くんの方を見た。
「!!!!」
さり気なく、かつ自然に目を向けたつもりだったが、小田くんと目が合ったことに驚いて思わず光の早さで目を逸らしてしまった。
朝、小田くんと井手さんが一緒にいるのを見てから少しだけ胸が痛い。
どうして?なんで?井手さんはずるい。私の頭の中を支配する言葉達。考えれば考える程、自分の中にある嫉妬や醜さで心が真っ黒になっていく...。
もしも、小田くんが井手さんを好きだったら...?仕事が出来て大人で包容力があって明るくて...私が勝てるところなんてひとつもない。私は自分の何に自信を持てばいいのか、わからなくなっていた。
余裕なさすぎ...
考えたらキリがないのは分かる。でも考えずにはいられない。こんなにも好きで、こんなにも気持ちが溢れてくるのに...今はまだ怖くて伝えられない。
逸らした目から涙が溢れて来そうだった。
余裕がなくて惨めなこんな姿を小田くんには見せられない。私は駆け足で教室を出た。
真っ直ぐ走った。
******
「待ってよ」
校内を全力で走るのは初めてかもしれない。口からゼェゼェと息が漏れる。呼吸を整えるのに必死だ。
俺の左手が花島の左手首を掴む。
「なんで逃げるの」
「だって追いかけてくるから」
花島は未だに俺の顔を見ようとはしない。それは朝からだ。
「俺なんかした?なんかしたなら教えて欲しい。俺バカだから自分がしたことわかんなくて...」
呼吸が落ち着いた。ゆっくり...言葉を選んで話す。花島がやっと俺の方を振り返った。
今にも泣きそうな、崩れそうな顔で。
「私ほんと最低。こんなこと思う資格ないのに」
「うん」
俺は合図地だけを打ち、話を聞く。
「小田くんが井手さんと一緒にいるところを見るだけで苦しいの。自分の中の悪い気持ちが溢れてきて、自分が嫌になるの」
大きな目から涙がポロポロ落ちている。俺は袖で花島の涙を拭う。
不謹慎かもしれないけど、花島のその感情は俺に好意を持ってくれてるからだと思うと、嬉しくて...俺まで泣きたくなる。
こういう時はなんて返事していいのか、わからない。何が正解の返事なのかが、わからない。俺はひたすら話を聞くことしか出来なかった。
「言ってくれてありがとう。俺だって正直、神崎に嫉妬しまくりだし。幼なじみなんてずるいんだよ!って」
俺がようやく出た言葉に花島はキョトンとして、そのあと笑った。
「俺に言いたいことあったら言ってくれていいから。逃げないで。俺も逃げないから」
どんな花島でも受け止めたい。受け止められる自信がある。それが俺の素直な気持ちだった。
「時々...」
「うん?」
「時々...我慢出来なくなりそうで」
「う?ん」
花島が恥ずかしそうに話すが、俺にはなんのことか分からず、間抜けな顔をした。
いきなり花島が俺のワイシャツの首元を自分の方へ勢い良く引く。
身長差は約10cm。
花島がつま先を少し上げて背伸びをする。
突然の出来事で俺は対応出来ずに、されるがまま引っ張られる。
俺の唇が花島の唇と重なる。
約4秒。キスをした。
ーーーーキスをした。
男子高校生とOL REYUMA @REYUMA_
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