episode:18 おはよう
『ピピピピ...ピピピピ...』
目をつむったまま、手を四方に伸ばし煩い音の元を探す。音の元凶が見つからず、半ば切れ気味に目を開けた。
『ピピピピ...ピピ...』
床に落ちていた元凶を拾い、少し強めに画面をタッチした。
【7月28日 金曜日 7時00分】
俺はあくびをしてベッドの上でぼーっとした。
今日は横断幕作成の手伝いをして...あれ現社の小テストある日だっけ...
今日のスケジュールを頭の中で整理する。今日は金曜日。頑張れば明日から2連休なのだが、学生とはいえ5日目は身体が疲れる。
不思議なことに、授業時間は1分が長いのに、朝の1分はとてつもないスピードで過ぎていく。時計の針が10の上に重なった。
重い体を起こして、洗面所に向かう。
******
いつもよりギリギリの時間にベッドから起きたが、なんとか7時45分に間に合った。この時間をオーバーしてしまうと、学校まで早歩きか最悪走らなくてはいけなくなってしまう。
しっかり戸締りをし、カギはカバンの中にしまった。
「あ」
後ろから声がした。それは自分に向けられた声だとすぐに分かった。
「井手さん」
ピシッと仕事の服に着替えた井手さんが階段から降りてきたところだった。
井手さんと会うのは、あの日以来だ。
そもそも普段時間が合うことがなく、朝会うのも稀だ。
「おはよう」「おはようございます」
井手さんもこの時間の出勤らしく、とりあえず学校方面まで一緒に向かった。
2.3日ぶりなのだが、なんだか一緒にいるのが歯痒い。
「あの日は本当にありがとう。おかげで気持ち軽くなったし」
「あ~いえ」
「あ、そうだ。少年の案が通ったんだよ」
そういって、井手さんは左手に持っていたカバンから紙を出した。
渡された紙には【ヤセルクン改善案】と書かれていて、俺が出した案がさらに進化を遂げて商品になっていた。
こんな高校生の案が商品に...人の手にわたるのか...
俺は不思議と感動した。
「なんかすごいですね。俺はまだ高校生だし、バイトの経験もそんなになくて...働くとかよくわかんないんですけど、自分の考えたことが結果に残るってやっぱいいなと思います。なんか貴重な体験したなぁ」
俺は若干涙目になった。井手さんは「そんなに感動する?」と笑っていた。
「ありがとう」
俺には夢がない。神崎みたいに得意なこともないし、花島みたいにしかっりとしたバイトもしたことない。クラスにいる誰よりも劣っているのかもしれない。
昔から、勉強も仕事もできる兄さんと比べられてきた。小さいときはそれなりに兄さんと並べるように頑張ったが、結果がついてくることはなかなか無く、いつも中途半端な結果だった。自然と何事も“とりあえずやる”程度になっていた。
だから自分の考えたことがモノになって、人に喜んでもらえて、嬉しかった。
井手さんの“ありがとう”がすごく優しかった。
「小田くん」
前方から声が聞こえた。気が付くと目の前に学校が見えていた。
いつもなら長い憂鬱な登校時間の10分さえも、短く感じた。
聞き馴れた声の方を見ると、花島と神崎がいた。花島が俺ではなく、井手さんを見ている。
「おはようございます」
花島が軽く頭を下げる。井手さんもペコリと頭を下げた。
「じゃ少年。またね」
井手さんは手を振って駅の方へ歩いて行った。俺は井手さんに向かい軽く頭を下げ、神崎と花島の方へ歩く。
花島は少し俯き気味に「おはよう」と言った。神崎は少し怒った顔で俺を見ている。神崎の顔を見てから、しまったと思った。
井手さんといるところを見られるのはまずかったか...
特にやましいことは無いものの、ここ1週間の出来事は普通の出来事じゃないだろう。俺は花島の隣に行き、花島の顔を見る。
「おはよう」
顔を覗き込むように言った。その行動に特に深い意味はないんだけど、花島が少し驚いてすぐに顔を赤くさせる。
「あ...うん...おはよ」
かわいい...
花島との距離感がなんだか少しもどかしかった。
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