episode:12 約束

「話ってなに?」


昨日と打って変わって今日は晴天だ。

俺は花島を校庭横のロータリーに呼び出した。時刻は13時前。


ロータリーには大きな桜の木が数本と地面には人工芝が生い茂り、生徒がここでくつろげるように木製のテーブルと椅子が数セット置かれている。

呼び出しと言ったら屋上のイメージだが、うちの学校は屋上が封鎖されている。


昨日の雨のせいで芝が少し湿っていた。よく見るとテーブルやイスも湿っており、お昼時間はいつも何人かいるロータリーは静まり返っている。


花島は俺と目を合わせようとしない。


「昨日のこと。話したくて」


神崎がはじめておれの顔を見る。


「井手さんに呼び出されたんだ。電話番号はこの前教えたんだけど...。電話越しで泣いてて、心配で呼び出された場所に行ったんだ」


俺はゆっくりと昨日のことを説明した。花島はうんうんと頷き、静かに話しを聞いてくれた。


「付き合っていた人が、他の人と婚約することになって...」

「そんな...」


花島が泣きそうな顔をしていた。


「相談ってほどじゃないけど、話を聞いてただけなんだ」


簡潔に喋り終え、花島の顔を改めてみる。花島は何かを考えているような、複雑そうな顔をしていたが、ゆっくり俺の顔を見て大きく頷いた。


「説明してくれてありがとう」


花島はぎこちない顔でニコリと微笑んだ。


「私も話したいことがあるの」

「え?」

「体育祭の日...ダンスパーティー...他の子と約束しちゃった?」

「...してないよ」

「私と一曲お願いしてもいい?話しはその時に」


少し照れながら話す花島がかわいい。

まさかの花島の誘いに胸が躍った。


「ああ、わかった」


そう告げると、花島は「いくね」とその場を去っていった。


まさか今年はダンスパーティーに参加することになるなんて...。しかも、花島とだ。今からダンスの練習をしないと、当日格好付かないだろう。


とりあえず、クラス横断幕作りを終わらせて...ダンスの練習をして...種目の練習をして...

俺は指を折りながら、この1ヵ月でやらなきゃいけない事を数えた。


まさか、あんなことになるなんてこの時の俺は知る由もなかった。





******





「奏~どこ行ってたの~」


教室に戻ると、萌ちゃんが私の所まで駆け寄ってきた。


「お待たせ~。ちょっと小田くんとお話してきた」

「小田と~?」


萌ちゃんが私の腕に自分の腕を絡ませてきた。


「後夜祭の話しをね」


そう言うと、萌ちゃんは目をキラキラさせて私を見た。


「もしかして...!!!」

「うん...」


萌ちゃんが私の気持ちを察して飛び跳ねた。


「頑張ってね」


私の手を握り飛び跳ねる萌ちゃんを見て、心強くなった。私も萌ちゃんの手を握り返して祈願する。


小田くんは昨日のことを説明してくれた。それは私に誤解されたくないからだろう。きっと小田くんも私のことを想ってくれている...自信がある。


小田くんを信じているから、ホテルのこともそれ以上のことも聞かなかった。


ずっと怖かった。“もう”傷つきたくないと何度も思った。でも、井手さんと小田くんを見ているとこのままじゃだめだとも思った。私も前に進まなきゃ...。


私は小田くんが好き。誰かの代わりじゃない。きっと...必ず。


私は目の前にある自分のバックにぶら下がったピンクのくまのキーホルダーを見た。


「うん」


私はそう言って、教室にある“もう一つのくま”をチラッと見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る