episode:9 モール

家から学校までは10分、モールまではそこから南の方向に進んで更に10分くらいだ。走ったら家から15分かからないだろう。雨でアスファルトが濡れているせいで、時々滑りそうになった。

学校近くのコンビニにさしかかった時に、急いで飛び出してきたせいで傘を忘れたことに気づいた。店先に『650円』と値札が付いたビニール傘を手にとり、急いでレジに向かった。


「小田くん?」

「え?」


レジの店員に話しかけられ店員の顔を見る。


「花島!?」


コンビニの制服を着た花島がきょとんとした顔でこっちを見ていた。花島がバイトしているのは知っていた。しかし、神崎からは街中のそば屋と聞いていたため油断していた。格好も部屋着で髪は雨でぺちゃんこだ。


「これからどこか行くの?」


傘についた値札のバーコードをスキャンしながら花島が問いかける。この後のことを話すべきか...。少なくとも井手さんの名前は出さないほうが賢明だろう。


「駅前のモールにな。家に傘忘れて...」

「こんなに雨降っているのに傘を家に忘れるなんて変なの」


花島がクスクスと口に手をあて笑った。俺は花島のこういう女の子らしいところが魅力的だと思う。


「そば屋って聞いてたんだけど...」

「2カ月前にやめたの。家からだとこっちの方が近いし、時給も高いからね」


花島がえへへとはにかんだ。もう少し話したかったが、後ろにかごを持ったおじさんが「まだか」というような顔で並んでいた。


「バイトがんばってな」


そういって花島に手を振り、後ろのおじさんに「すいません」と軽く頭をさげ店を出た。コンビニに入る前より雨が強くなっている気がする。傘の値札やビニール袋が取られていた。なにも言っていないのにホントに気が利くやつだ。

傘をさし、再び走った。

学校を過ぎてしまえば、あとはバイパスを真っすぐ進むだけだ。


駅前モールが見えてきた。モールの中にはスーパーだけでなく、幅広い年代に合わせたファッションセンターが5店舗、和洋中のレストラン、ゲームセンターや雑貨屋や大きな酒屋、ホームセンター、DVDやコミックを扱うレンタルショップ、ビジネスホテルまである。欲しいものは基本、ここですべて揃ってしまうのだ。駅から徒歩すぐということもあり、隣の町から買い物に来る人も少なくない。あいにくの雨だが、店から少し離れた入り口付近の駐車場まで車はいっぱいだ。


入り口を入ってすぐ、井手さんはすぐに見つかった。もう閉店していた子ども用品店の前で立っていた。


「井手さん!」


俺は走って井手さんの元へ向かった。井手さんが俺の声に気づき今にも泣きそうな顔でこっちを見ていた。手元には傘がなく、着ていたブラウスが濡れている。


「風邪ひきますよ」


傘を差しだした。井手さんが傘を受け取り俯いた。

何があったのか聞いてもいいのだろうか。ほかに迎えが来るような人はいないのだろうか。井手さんのことは正直なにも知らない。しかし、この人に泣いている顔は似合わないと思った。不純な動機だろうか。


「帰りますか?」


問いかけると井手さんは首を横に振った。


「何か食べます?」


井手さんは少し黙り首を横に振った。

困った。原因もわからないじゃどうしようもない。まあ、一生このままってことはないだろう。井手さんが動くまで待っていよう。

井手さんの隣に移動した。


数分、井手さんは黙ったままだったが、俺の右手の裾をちょんちょんと引っ張った。


「ん?」


俺が不思議そうに袖を見ていると、井手さんが向こうの建物を指さしていた。

俺は建物を確認し目玉と心臓が飛び出そうだった。


「なっ...?!え...?」


てんぱってしまって、言葉にならない言葉がでた。井手さんは相変わらず俯いたまま、何も話さない。

どういうつもりなのか...。


「お願い」


会って初めて井手さんが口を開いた。

このままここにいてもこの人は何も話さないだろう。何よりもこれ以上雨が強くなっては体調に問題が生じる。半ば諦め気味に、井手さんの手を引っ張った。


「わかりました。すぐ帰りますからね!」


いきなり腕を引っ張られ驚いたのか、目を見開いた井手さんを引っ張って、俺は向かいの建物...ビジネスホテルへと向かった。

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