episode:8 通話
外は夕日が沈みはじめていた。現在の時刻は5時を過ぎたころだった。
いつもはもう家に帰っている時間だったが、1ヶ月後に迫った体育祭の横断幕作りを手伝っていた。
我らの矢崎高校は催し物にこだわっている高校で体育祭も3日にかけて開催される。日程や種目内容はまだ未発表だが、3日目の閉会式後には毎年恒例のダンスパーティーがある。参加は自由で参加する生徒のほとんどがカップルだ。去年は、特別親しい友達もいなかったから参加せずに帰ったが、今年は神崎に誘われている。正直、乗り気ではないが...。
体育祭のことを考えているうちにアパートについてしまった。
昼間は晴天だったのに、今は生温かい風が吹いていて少し空気がどんよりしていた。たしか、朝のニュースで夜は降水確率が高いと言っていたような気がする。
スマホを確認するが、相変わらず井手さんからメッセージの返事はなかった。
メッセージには既読のマークがついているが、仕事が忙しいのだろうか...。
部屋着に着替えベッドにダイブした。最高の瞬間だ。
スマホのバッテリーが残り15%を切っていた。スマホに充電器を挿しベッドに仰向けにになりながら動画サイトで動画を漁る。
「おっ。新しい動画出てる」
いつもチェックしているユーザーが新しい動画を出していた。約20分の動画だ。企画が面白く家に帰ると必ず更新されていないかチェックする。今日の動画は「目的地のないヒッチハイクをしてみた結果、たどり着いた場所が衝撃だった」という動画だ。今日の動画も神回だった。
ふと時計をみると、時刻は7時前になっていた。だいぶ長い時間動画サイトをみてしまっていた。窓に雨があたる音がする。
「何か食べるか」
冷蔵庫に食材が入ってないか確認する。中には買った覚えのない卵や牛乳、ゼリーなどがたくさん入っていた。
「井手さんか」
一昨日、井手さんが冷蔵庫に入れていてくれたのだろう。ゼリーを取り出し、足で軽く冷蔵庫の扉を蹴った。テレビを見ながらゼリーをほおばる。
スマホを確認するが、やはり返事は来ていなかった。画面を閉じようとした、その時...いきなり画面が光り着信コールがなった。
【井手さん】
アプリを通して井出さんからの着信だった。今日のことだろう...恐る恐る電話に出る。
「もしもし」
「あッ...」
井手さんが何故か驚いた声を出し、そのあと黙ってしまった。電話越しで微かに雨の音がする。
「井手さ...」
『本日は駅前モールにお越しいただきまして誠にありがとうございます』
電話越しに店内アナウンスが聞こえた。井手さんがどこにいるのか一瞬考え、ハッとした。
「井手さん...もしかして、いまモール?」
俺の問いかけに返事はなかった。昼間に送信した「いけない」という俺のメッセージには確かに既読マークが付いていた。井手さんが個人的にモールに用事があったのかもしれないが、電話をかけてきたのは疑問だ。
「グスッ...」
スマホの向こう側から鼻水をすする音がした。
もしかして...泣いているのか?
「井手さん...?」
「...て......」
「え?」
「お願い...きて...」
井手さんのその一言を聞いた瞬間、返事をする間もなく身体が勝手に動いていた。床に投げ捨てられていたジャケットを手に取り、部屋着のまま家を飛び出した。
井手さんは2階の住人だ。それ以下でもそれ以上でもない。ただ、泣いている女の人を知らないふりは出来ないと走り出していた。
「待ってて!」
受話口に向かって叫び、通話を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます