episode:5 手料理


「んん~...」


カーテンの隙間から覗く朝日に起こされた。

――土曜の朝7時だ。普段の休日ならあと2時間は寝ている。


結局、昨日の夜は何も食べずに寝てしまった。何も食べてないせいか、胃が若干気持ち悪い...。

コンビニに行くために着替えをしようと体をベッドから起こす。

枕の横にあったスマホに気づいた。昨日の夕方からスマホをほとんど見ていなかったため、もしかしたら誰かしらから連絡が来ているかもと慌ててロックを解除した。


「!!?」


案の定、神崎からメッセージが届いていた。メッセージを見た瞬間に体が起き上がった。


【明日朝練終わったら奏連れていくよーん(^^)/】


朝練って何時までだ!!?

部屋着を脱ぎ、急いで外向き用の服に着替えた。寝散らかった布団をきれいに畳み、整理整頓をした。


「ピンポーン」


インターフォンがなり体が跳ね上がった。時間はまだ7時半になったばかり...。朝練はこんなに早く終わるものだろうか。部屋をもう一度確認しなおし、玄関に向かった。


「早いな...」


玄関を開けると、そこには神崎でも花島でもなく井手さんが買い物袋らしき物を持って立っていた。


「おはよう少年!!」


ドアが開くなり俺を押しのけ玄関の中に入ってきた。


「ふーん。男の一人暮らしにしてはきれいね」


玄関からリビングを除きフムフムと感心していた。突然の井手さんの訪問に開いた口が塞がらなかった。


「ん!」


井手さんが手に持っていたスーパーの袋を見せてきた。


「ご飯作ったげる!」


そう言ってそそくさとパンプスを脱いだ。


「なッ...え、どうしたんですか?」

「お礼よ、お礼」


井手さんは袋を片手に真っ直ぐキッチンに向かった。何も言わずに袋からネギや豆腐を出し、キッチンの下の棚を開け閉めしていた。2階と作りが同じなだけあって、すぐに調理器具を見つけていた。

俺はキッチンの横から腕組をしてみていた。きっとこの人には何を言っても無駄だろう...。半ばあきらめ気味に井出さんが何を作るか見ていた。


「納豆好き?」

「まあ...食べますね」

「玉子焼きは甘い派?出汁派?」

「...じゃあ、甘いので」


井手さんは笑いながら「了解~」と言ってボールに卵を割った。

お礼というのは、昨日のことだろう。井出さんは黙々と玉子焼きを作った。


「昨日はごめんね」


俯きがちに井手さんが沈黙を破った。カウンターにはホカホカと湯気を立てた玉子焼きあった。


「あんまり記憶はないんだけど。ま、いろいろあって...飲みすぎちゃったね」

「まあ、2階に運んだだけですけど」

「...優しいね」


フフフと笑った井手さんの顔は少し寂しそうだった。こういっちゃなんだが、井出さんは見かけによらず、料理の手際がよかった。カウンターには味噌汁・玉子焼き・納豆・鮭の塩焼き・ほうれん草のおひたしが並んでいた。こんなバランスがいい朝食は実家でも出たことがない。何よりも料理が出てくる速さに驚いた。

いくらお礼と言われても、立ったままでは申し訳ないと思い、レンジの横にあるおぼんを持ちカウンターにある料理をテーブルに運んだ。


「かんせーい!冷めないうちに食べて!」

「はい」


テーブルに並んだ料理を改めてみると、ほんとにすごい...。久しぶりにホカホカのご飯を口にする。


「うまっ!!!!」


玉子焼きを一口食べ、あまりの美味しさに言葉が漏れた。フフフと口を押さえながら井手さんが笑った。俺は箸が止まらずひたすら口にかきこんだ。


「あっ...」


井手さんが突然何かに気づき、テレビの方に向かっていった。テレビの横にあったのは“ヤセルクン”だった。まだ試していなかったため、やばいと内心で思った。


「ムムッ...埃が乗っている...」


指の腹にかすかに乗った埃に顔をしかめていた。


「すいません...今日試してみます...」


なぜ俺が謝っているのかは不思議だが、とりあえず今は食ることに集中したいのだ。

井手さんがテーブルの上にあったプリントに転がっていたボールペンで何かを書き出した。ほうれん草のおひたしを食べながら覗いた。


「これ、あたしのIDと電話番号」

「え」

「結果!感想!なんでもいいから!」


半ば無理やりプリントを押し付けられた。


―――「ピンポーン」


ハッとした。時計を見ると9時半すぎていた。


「はーい!」

「えっ!?ちょっ、井手さん!?」


なぜか井出さんが俺より先に玄関に向かっていった。花島と神崎に誤解されるかもしれないと焦って立ち上がった頃にはもう遅く、井手さんは玄関を開けていた。


「おや、イケメーン!後ろの君は昨日の!」


井手さんを見て二人は固まっていた。当たり前だ...。いくら2階の住人とはいえ、こんな朝早くに一人暮らしの男子高校生の部屋から出てくるなんて、普通はそうそうない。


「あ...2階の...えっと...おはようございます...」


花島が困惑していた。


「小田!!なにこの美人!」


神崎も興奮気味に大きめの声で叫んだ。井手さんは“美人”という言葉に反応し、えへへと照れていた。このカオス状態に大きなため息が漏れた。


「井手さん...来客なんで...ごちそうさまでした」

「あっ!ごめんねぇ。じゃ、あたしはここらで!またね、イケメン君と可愛い子ちゃん。少年、連絡待ってるよ!」


そういって、井手さんがパンプスを履き二人の間を潜り抜けるように帰っていった。嵐が消えた気分だった。


「とりあえず...入りなよ」


「おう」と言って二人が靴を脱いで部屋に入ってきた。俺はテーブルにある食器をそそくさとまとめて台所に持っていった。

テーブルの上にあった井手さんの連絡先が書いたプリントをなぜか隠すようにポケットの中に突っ込んだ。

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