episode:4 夜


「バタンッ!」


突然の物音に驚いて跳ねるようにベッドから起き上がった。いきなり起きたせいか若干頭がガンガンする。時計を見ると23時を過ぎていた。あのまま寝てしまったのか...。幸い明日は土曜の休日だ。


さっきの音...なんだ...


発生源が分からず耳を澄ますが音はもうしない。気のせいだったのか、はたまた2階さんか...。とりあえず、腹が減った。食べものを探しに台所に行き冷蔵庫を開けるが何も入っていない。1人暮らしの男の部屋なんてそんなものだ。

近くのコンビニまでは10分。ここは立地的にすごくいい場所だ。鞄から財布を取り出し、中身を確認する。千円札が3枚入っている。


夜食と明日の食材も買ってしまおう...


さすがに部屋着のままでは寒いので、薄めのパーカーを羽織って靴を履く。

...しかし、玄関を開けようと扉を押すが動かない。

もう一度、さっきより強い力で押した。...玄関前になにかあるような感触がした。荷物だろうか。もう一度押すと外から「いてて」と女の人の声がした。


聞き覚えのある声だ。井手さんだ。


「井手さん?何してるんすか。邪魔なんすけど」


問いかけるが返事がない。もしかして具合がよくないのかもしれない。焦ってドアを無理やり押した。


「大丈夫ですか!?」


井手さんが顔を真っ赤にして玄関に倒れていた。抱えようと井出さんを持ち上げる。


「うーんもう飲めましぇん」


ん?ふんわりとアルコールのにおいがした。どうやら酔っぱらっているようだ。


「井手さん。部屋間違えてます。あんたの部屋2階でしょ」


井手さんの返事はなく、一人では立とうとしない。この人...どうやってここまで来たんだ...。思わずため息が出る。


「失礼しますよ~」


鞄を覗くとすぐに部屋の鍵が出てきた。見慣れた同じデザインの鍵だ。


しょうがない...運ぶか...。


さすがに、このまま外に放置しておくこともできないため、部屋まで運ぶことにした。腕を引っ張り、腰で支えながら井手さんをおぶった。


軽っ...!!


初めて女の人を抱えたが、身長もそんなに変わらないのに井手さんはすごく軽かった。

階段を登っているとき、背中に柔らかい感覚を感じた。なんだ?と考え答えにたどり着いた時に、思わずおぶっている腕を振りほどいてしまいそうになった。

女の人の体はこんなに柔らかいものなのか...。

初めての感覚に興味が沸いた。俺だって男だ。しかも相手は大人の女性で、無防備な姿だ。いろいろ想像をしてしまってか、下半身が疼くのを感じた。


「ぐすっ...」

「ん?」


井手さんが背中にうずくまり鼻をすする音が聞こえた。


「ぐすっ」


泣いている...?


「井手さん?」


心配になり下ろそうとしたが、強くしがみついてくる。


「私...だめ...なんですか...なんで...」


意識がない中で喋っているのか、途切れ途切れで話している。

階段を上り終え、目の前には見慣れた扉がある。

なぜ、井手さんが泣いているのかは分からないが途切れた言葉から考えるに、誰か好きな人がいるが叶わない恋かなにかなのだろう。


この前話した雰囲気からは想像できないが、この人も恋をするんだなぁ...

そんな事を考えながら、井手さんの部屋の鍵を使い扉を開ける。


「お邪魔しまーす」


人をおぶりながら靴を脱ぐのは中々難しい。紐靴ではなくスリッポンで良かったと心から思った。

リビングにあるベッドに井手さんをなんとか降ろした。電気は点けていないため、薄暗く良くは見えないが花柄のピンクの可愛らしい布団を被せた。

窓際には洗濯物がかかっていて、下着らしきものが見えた。いかんいかんとオヤジのように頭を左右に振り、部屋を出ようとした。


「少年...」


突然の声に背筋が凍る思いをした。声の主はもちろん井手さんだ。


「あ、すいません...起こしちゃいました?もう帰るんで」


そういい玄関に向かった。井手さんは寝返りを打ち壁側を向いている。


「ありがとう...」


ぼそりと壁に反射した声が聞こえた。


「いえ。ちゃんと内側から鍵閉めてくださいね」


そう言い残して井出さんの部屋を後にした。井手さんからの返事は聞けなかったから少し心配だが、そこもで世話をする義理もないし大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。

それにしても泣いていたのは正直、気になるとこだ。きっとやけ酒をしてきたのだろう。失恋は珍しいことでもないが、傷心のあまり自分のことを追い詰めるようなことしないか少し心配になる。女の人は自分を傷つける人が少なくないと聞いたことがある。同時に立ち直りも早いとも聞くが...。


今度あったとき、注意してみるようにしよう...


自分の部屋にもどり、何かを忘れていることに気づく。


「あ......夜食...」


普段使わない筋肉をおんぶと階段で酷使したせいか、足はパンパンだった。

もう歩く気力も残ってないし、何より数十分で体が冷えてしまった。


「風呂...入って寝よ...」


パンパンの足を引きずりながら風呂場に向かった。

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