episode:1 かすみ荘
『ピンポーン』
反応がない...。
『ピンポーン』
もう一度押したが反応はなし...。
俺は今、見慣れたインターホンを睨みつけている。幸いこのインターホンにはカメラ機能は付いていないので、この鬼のような形相は相手は見られていないだろう。
「...何か落ちた音だったのかな...?」
「...誰もいないのかな...?」
後ろから震えるように言葉を発したのは、同じクラスの花島奏だ。
ひとりで怖いことでも考えているのか、目にはうっすらと涙を浮かべている。
『.....ガチャーー』
花島が考えているような事じゃないよと言おうとした時、扉がゆっくりと開いた。
「はーい」
少し開いた扉の隙間からこっちを見つめるのは、2階の住人の井手さんだ。
俺が住んでいる「かすみ荘」は市街のど真ん中にある。傍から見ると普通の木造一軒家。元々は大家さんが住んでいたが、息子が家を買ったとかなんとかでさ他市への引越し、それ機に改築リフォームし貸部屋とし提供していたわけだ。
元々は8歳上の兄さんと一緒に住んでいたが、兄さんは彼女と同棲すると言って2ヶ月前に出ていった。
同じアパートに住んでいるのに、井出さんをしっかりと見るのははじめてかもしれない。髪型は肩までのショートヘアで暗めの茶色、目は少しタレ目で左目の右下にホクロがある。部屋着だろうか、白色の大きめのTシャツに黒い短パンを履いていた。
...なんというか、無防備だ。
そんなことを考えていると、井手さんが口を開いた。
「あー...1階の...あっ!!!ちょっといいかな?!」
いきなり、何かを思い出したかのように俺の腕を部屋の中に引っ張る。あまりの勢いに、俺も後ろにいた花島も固まったまんま、なにが起こっているか理解できずにいた。
花島を玄関の外に置いたまんま、ゆっくりと玄関の扉が閉まる。
「はなじっ...」
俺の声も虚しく、花島に聞こえてはいないだろう。
部屋の造りは全く1階と同じだ。
匂いや配置が全く違う...あたりまえなんだけど...。
「井手さん!なんなんですか?」
部屋の奥まで連れてこられると、井手さんがコレコレといって指をさす。
「うちの新製品なんでーす!」
「は?」
井手さんが指をさした先には、健康器具だろうか...。何かのマシーンがあった。
「今回の商品ね。他の企業さんとの提携商品で売り込みに力入れたいらしいんだけど、いかんせん!うちらが試供しなくてはいけなくて...」
やれやれと言った感じで淡々と井手さんが話す。俺は黙って井出さんの話を聞いた。
「でも、なかなか試供する時間が取れなくて...君、学生だよね?!わたしの代わりに試供してくれないかな...?」
「もちろんお礼はさせてもらうよ!使った感想と効果があったかを知りたいの!」
「これ1階に持っていっていいよ!」
断る時間もくれないのか、この人は...。
ほぼほぼ押し売りのように俺にマシーンを押し付けた。
「使い方は説明書みてね!」
クローゼットの中から分厚い説明書を引っ張り出し、マシーンの上に乗せてきた。
「1週間くらいしたら"ヤセルクン"受け取りにいくね♪」
そんな名前なのかこのマシーン...。誰だよこのネーミングつけたやつ...。
何も返事をせず、半ば諦め気味に玄関に向い、靴を履いた。
「あれ?そういえば、なんで家に?」
今更かよとツッコミたくなったが、声を押し殺し冷静に返答した。
「物音...結構1階に響くので気を付けてください」
そういって俺は玄関の扉をゆっくり閉めた。
物音の原因はあらかた分かった。こいつらマシーンだろう。
階段には花島が座っていた。
「小田君!!」
心配そうに花島が俺の顔を覗き込む。花島の顔を見た途端に疲れがドッと押し寄せてきた。
「あのテンション...デジャヴ...」
俺はそう言って、花島の肩にもたれかかった。
「え?」
戸惑いながら顔を赤くする花島を横目で見ていた。
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