キンタ(マ)バース(ト)

詩一

第1話 愛の証

「ねえ、ちぃ君。そろそろこれ無しで、お願い」


 妻はそういって俺が用意したコンドームを取り去った。


「え、どうして?」

「だって私はちぃ君のこと愛しているもの。ちぃ君は私のこと愛しているわよね?」

「そりゃもちろんだよ」

「じゃあ、そろそろ欲しいな。二人の愛の証」


 結婚してもう5年が経つ。そろそろだとは思っていた。思っていたが、いざその局面になると足がすくむ。次の言葉を上げられない。視線が落ち、自然と顔にも影が落ちているだろう。いけない。求められるとは言うことは、悪いことではないはずだ。妻に視線を戻す。


「欲しいの」


 暗がりの部屋の中に、ぼうっと壁を照らす間接照明。その、橙色。色に染まった裸の彼女の、頬。頬だけがほんのり、赤い。

 返事の代わりに、綺麗に整えられた艶やかなセミロングの黒髪を撫で、隠れていた耳を空気にさらす。産毛一本一本を確かめるよう、嫋やかに舌を這わせる。


「ん……!」


 肩を震わせる。その小さな肩を手で覆ってそのままゆっくりと押し倒す。

 愛している。

 俺の外側を妻の内側に、重ねる。

 愛している。

 柔らかくて温かな妻の内側が、ぎゅうぎゅうと包んでくれる。

 愛している。

 まるで、この心に呼応するかのように。

 愛している。

 でも、途中で侵入が止まってしまう。


 ……怖い。


 妻から手が伸ばされた。その指先が肩に触れた。いつの間にか震えだしていた俺の肩に。

 そして彼女の腕が緩やかに後頭部に回り、彼女はそのまま体を浮かした。体が密着する。そのまま彼女は俺の肩に手を置いて引き剥がす。今度は俺が押し倒されるような格好で、彼女が上になった。

 いたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「こうした方が、卵子が降りやすいから」


 妻の微笑から突風が吹いた。額に当たった言葉は、そのまま後頭部へと理性を吹き飛ばした。

 白いのは肌だけではない。妻は心までもが純白だ。だから普段下ネタも言わない、寧ろ言われたら怒るような妻だ。そんな彼女が、俺をその気にさせるために、愛の証が欲しいがために、頬を真っ赤にして、目を背けながら唇を震わせて、そんな言葉を放ったのだ。

 俺は気付いたら獣になっていた。

 その獣の上で、彼女は髪を振り乱しながら嬉しそうに声を上げる。


「ちぃ君大好き! ああ……大好きっ……!」


 彼女が体を仰け反らせて数秒後、俺の精巣がざわめいた。かつて感じたことのないほどの快楽が腰から頭頂部へと駆け抜ける。妻は、涙と恍惚の表情を浮かべて、呟く。


「嬉しい……愛しているよ、ちぃ君」


 脱力感に、俺の意識はベッドの奥の方へと引っ張られていった。

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