引っ越して来た南の島の女の子と初めての冬を過ごす

あんこうなべ

引っ越して来た南の島の女の子と初めての冬を過ごす

 俺は今、好きな女の子と2人でイルミネーションを見る為に、車で40分のところまで遠出をしていた。


「わぁー! すごいすごい! 見てしゅう! はぁ~……ほら! 白い白い!」


 そう言って何度も空に顔を向けながら、瑠亜るあは息を吐き続けた。

 俺はどうしてそんなに興奮しているのかがわからなく、彼女に聞いてみた。

 そうしたら――


「だって、石垣じゃ冬に息を吐いても白いの出なし!」


 なるほど。南国特有の環境で育ったため、冬の息が珍しいから、はしゃいでしまったという訳か。


 彼女と過ごす初めての冬。今年3月に同じ大学に入学する為に引っ越してきた瑠亜。

 最初はただ可愛い子がお隣さんになったと思った。話を聞くと石垣島出身らしい。

 しかも、産まれてこの方18年、石垣島からは学校行事の修学旅行以外では出た事なく、本土で暮らす事は初めてらしい。


 そんな彼女から引っ越して来たその日に挨拶され、本土の常識とかが分からないから、色々教えて欲しいと言われてしまった。

 俺は可愛い子からのお願いのため、特に考える事無く頷いた。

 その時に彼女から「やなないちゃーが多いと聞いたけど、貴方は優しいないちゃーだね」と言われた。

 後から意味を教えてもらったが、「やな」が嫌なとか冷たいとか、「ないちゃー」が本土という意味らしい。

 直訳すると「本土の人間は冷たい人間が多いと聞いたけど、貴方は優しい本土の人だね」との事だ。


 それからというもの、島と今暮らしている町のギャップに、いろいろ驚いているようだ。

 一番最初に驚いたのは道路事情だった。島には道路は両側1車線しかなく、信号も少ない。渋滞? 何それ? 都市伝説だよね? を地で行くような暮らしをしていたらしい。

 この前も――


『ねぇ? 何で愁は車線変更があんなにスムーズにいくの? 難しくない?』


 それは普通に免許を取った後、普通に運転していれば慣れてくる技術だよと説明したら――


『すごいね愁! 瑠亜じゃ絶対に無理だから、今後は愁が運転してね!』


 そう断言されてしまった。ていうか電車やバスを使えばいいのではないか?


『無理。電車怖い。バス正確過ぎだから乗れない』


 と言われてしまった。電車はともかく、バスは沖縄では正確な時間に来ることはないそうだ。だから乗るに苦手意識を持っているらしい。


 他にも、春の桜を初めて見て、花が赤くなくて白いと驚いたり――

 夏のジメジメに不快感しかないとか、海に行こうと誘ったくせに、海に着くや否や『なんでこんなに濁ってるの? 昨日雨だったっけ?』と言ったり――

 秋の紅葉を見て感動して涙を流し、だんだん冷え込んできてもうすぐ冬なのに、まだ11月だからと薄着で過ごそうとし、案の定寒さで風邪を引いたりと――


 彼女には僕が持っていない独特な価値観が垣間見える。

 そのため、始めて触れ合う物に対して、いろいろな表情を見せてくれる。

 綺麗な花を見た時の感動の表情。今までの常識とは違う風景を感じた時の表情。

 そのどれもこれもが新鮮で、新しい彼女の顔を見る度に、僕は気が付けば恋に落ちていた。


 そんな彼女といつの間にか2人で遠出できるまでの関係になり、今日はデートとしてここに来た。


「はぁ~……はぁ~……ねえ愁、聞いていい?」

「ん? どうした?」


 未だに白い息が出ている瑠亜は、真剣な顔をして俺に向き合った。


「これだけ寒いなら、明日は雪かな?」

「いや、明日は晴れだ。雪にはならない。それに気温もまだ7℃だ。雪が降るには0℃近くまで気温が下がらないと降らないよ」

「ええ~! こんなに息が白いのに、降らないの?」


 瑠亜は俺の説明を受け、酷くショックを受けたらしい。

 いや、流石に7℃でしかも晴れの日に雪が降るのは無理がある。


「はぁ~……一度でいいから雪見てみたいな……」

「もう少し寒くなれば何時かは見れるよ」

「え~? 瑠亜は早く雪が見たいんだけけどな~」


 そんな事を言われても、流石に気温に関してはどうにもならない。


「大丈夫だよ。此処にいたら何時かは見れるから。その時は一緒に見よう」

「う~わかった――約束だよ? 絶対に一緒に見ようね!」


 そう言って瑠亜は、イルミネーションに早歩きで向かって行った。


「いや、そんなに急がないで。人が多いんだから、はぐれたら困る」


 何とか彼女に追いつき、はぐれない様に手を握った。


「――ごめんね? ちょっと先走ったみたい」

「そうだね。もう大人になるんだから、少しは落ち着こうね」

「は~い」


 俺はそのまま彼女の手を握ったまま、綺麗に飾られたイルミネーションを見て回った。

 イルミネーションは確かに有名になるぐらいの迫力と美しさを誇っていた。

 それと同時に、一つ一つの作品に感動している彼女の横顔を見て、本当に此処に連れてきてよかった思った。


 約1時間ほど作品を廻り、俺達は帰る事にした。

 ちなみにイルミネーションを見ている間は、ずっと手を握っていた。

 手汗が結構出たと思ったが、瑠亜は気にした様子はなく、ずっとはしゃいでいた。


 帰りの車の中でも、話題は先程見ていた作品の事ばかりだった。

 瑠亜があの作品が良かったと言えば、俺が相槌を打ち、この作品の光の使い方が綺麗だったと言えば、その作品を思い出し俺の感想を言う。

 そんな他愛のない会話をしながら帰りの道を走っていた。


「それにしても、本当にすごいね。クリスマス時期には電飾する家は島にも少しだけあったけど、ここまで凄いのは初めて見た!」

「じゃあ時間があれば今度は別の場所にも行ってみようか」

「うん!」


 そんな約束をして、もうすぐ家に辿り着く。

 一応その中で、年越し後の初詣の約束も取り付けれた。

 今の関係も心地いいけど来年は友達としてではなく、もっと進んだ関係でイルミネーションに行けるように、神様に祈ろうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

引っ越して来た南の島の女の子と初めての冬を過ごす あんこうなべ @seiya1027

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ