第203話 調整
◇
「魔王討伐の依頼・・・・・・ですか。確かに依頼を出す事は可能ですが・・・立候補する方はいらっしゃらないかな・・・と」
森を抜けた先の街。そのギルドで魔王討伐の仲間を募ろうと考えた速見だったが、ギルドの受付嬢は少し困ったような顔をしていた。
当然だ。
魔王とは謂わば災害。
誰が好き好んで死ぬと分かっている闘いに身を投じると言うのか。
「・・・・・・まあ、あまり期待はしてねえが依頼だけでも頼むわ」
「かしこまりました・・・報酬はいかがいたしましょうか?」
報酬・・・・・・確かに幾分かの金を持ち合わせてはいるが、魔王討伐の報酬となれば圧倒的に足りない。
そも、過去に飛んだという推測が正しいのなら、魔王サジタリウスが生きていた時代はおよそ千年前と聞く。それだけの時間がたてば、使っている通貨も異なっている事だろう。
しかし抜かりはない。少し頼りすぎな気もするが、この報酬のためにミルからある者を譲り受けてきた。
速見が懐から取りだしたモノを見て、受付嬢はハッと息を飲み込む。
ソレは、一見宝石のように見える。半透明なコバルトブルー。日の光を受け、キラキラと輝くソレは、子供の握り拳ほどの大きさをしている。
”精霊の瞳”と呼ばれるソレは、人間界にごくわずかしか流通していない、森の民の秘宝である。
何から作られているのか、どうやって作られているのか、全てが不明。ただ一つ確かなのは、 ”精霊の瞳” は、所有者の魔力を数段階高めてくれるという凄まじい力を秘めているという事だった。
一国の王とて易々とは手に入らない秘宝。魔王討伐の報酬としては十分だと言えるだろう。
予想外の秘宝の登場に言葉を無くしている受付嬢に、速見は用件だけを淡々と伝えた。
「これだけの宝、もちろん成果報酬だ。魔王を討伐できたその場合のみ譲渡させてもらう・・・・・・。募集の期限は本日から三日、Aランク以上の冒険者のみを対象とする。俺はこの先の”トライデント”という名の宿にいる。応募者が来た際は、その実力を軽く試させて貰うからそれも伝えておいてくれ」
そして再び ”精霊の瞳”を懐に戻し、速見はギルドを後にした。
あれだけの秘宝だ。欲につられてやってくる輩がいるかもしれない。
しかしもし誰もやってこなかったら?
十分ありえる可能性を考え、速見は真剣な顔をして、自身の右目に手を当てた。
「・・・・・・最低でも、千里眼が十全に扱えるくらいには体力を回復させないとな」
◇
”魔弓アウストラリス”
ズッシリと両手に鉄の重量を感じながら、速見は鉄のワイヤーで出来た弦を張る。人ならざる速見の膂力を持ってしてやっとわずかに曲がる程度の強度を持つ弓。弦を張るだけでも常人には不可能といえるだろう。
弦を張り終えた魔弓を構える。
目線は目測で500メートルほど先、気に適当にナイフで彫り込みを入れた簡易的な的。左目では的の中心を視認することすら難しい。
速見はソッと右目を閉じ、一呼吸を置くと静かに目を開いた。
深紅に輝く右目。千里眼を発動した速見。500メートル先の的が隅々までクッキリと視認できる。
矢筒から鉄製の矢をとりだし、静かに番える。
ギリリと引き絞った矢の先は、心臓の鼓動に合わせてわずかに揺れていた。
射程距離が遠くなれば遠くなるほど、ほんのわずかな照準のズレが命取りになる。
大きく、ゆっくりと息を吸い込む。
ひとつ
ふたつ・・・・・・
カッと眼を見ひらいた。
矢先が照準にピタリと合った瞬間、指を離す。
凄まじい威力で放たれた鉄の矢は、不思議なことに空気の抵抗を全く受けていないようで、速見が予想していたよりもやや上向きに飛んでいく。
着弾するは的の数メートル上。鉄の矢は的の彫られた木に突きささり、そのまま木を粉々に粉砕した。
(・・・・・・コレがこの弓の力、か)
この弓に込められた力は風の精霊の加護。放たれた矢は風の抵抗を一切受けず、逆に風に乗ってどこまでも飛んでいく。
そしてあの威力。
”無銘” に比べるとシンプルな能力だが、十分強力な魔武器だ。
(しかし風の影響を受けないというのは少し癖が強いな・・・・・・普通の弓のような感覚で扱っては的を外してしまう)
少し練習が必要そうだ。
そんな事を考えていると、背後からパチパチとやる気の無い拍手の音が響いた。
驚いた速見が振り返ると、そこには身の丈ほどの大剣を背負った無骨な大男が木にもたれかかっていた。
「凄まじい威力と射撃能力だ・・・・・・流石は魔王を討伐しようとしているだけの事はある」
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