第186話 血に飢えた獣

 名も知らぬ少女とサバイバル生活を初めて、数日の時が流れた。




 体力はまだ戻らない(か弱い少女を守るために常に周囲を警戒しているため、当たり前といえば当たり前の話なのだが)。しかし、最初は速見に対して警戒心を顕わにしていた少女は、どうやらこの数日で打ち解けてくれたらしい。




 無表情ながらも、つねにピタリと速見にくっついてくる。狩りの時も離れないので、少し困ってしまうほどだった。




 いつまでも名前がわからないままでは不便なので、少女の不思議な言語のなかでも、何とか聞き取れた単語から、少女の名を「ノア」と呼ぶことにした。




「行くぞノア、今から狩りだが・・・・・・どうせついてくるんだろ?」




 先日、狩りの最中は退屈だろうと、彼女が寝ている時に無言で移動しようとしたところ、ノアはパッと起床して速見についてきた。




 何故かは知らないが、速見と離れることが相当嫌らしい。




 そこまで考えて、速見は少女の置かれている立場を考え、自分の浅慮に少し後悔する。




(馬鹿か俺は、こんな人気も無い森の中で非力な少女が一人だ・・・・・・守ってくれる誰かと一緒にいたいなんて当たり前のことじゃねえか)




 眠そうに目をこすりながら起床するノアの頭を、速見は不器用に撫でる。少女は一瞬キョトンとした後に、嬉しそうに目を細めるのだった。














 狩りとは即ちいかに ”待つ” ことが出来るかだと速見は考える。




 獲物は必ず来る・・・・・・ようはそれを待てるか、待てないか・・・そして、獲物に自分の存在を悟らせない事が何より大切だ。




 幼い少女に、何時間も同じ場所で待つなんて苦行は難しいだろうと考えていた。しかしノアは、速見が想像していたよりもずっと我慢強く、速見を驚かせた。




 何時間でもずっと速見の側で待ち続け、泣き言一つ漏らさなかった。




 そして、その時はやってきた。




 いつもの小川のほとりで、水を飲みにやってきた小動物。鹿のようにもみえるが額に見事な一本角がある、初めて見る動物だ。




 そっとお手製の弓を持つ、音を立てないように静かに弦をかけ、矢を番える。視線は獲物から外さないままゆっくりと弓を引いた。




 我流の弓術。




 型も何もあったモノでは無いが、長い時をかけて研ぎ澄まされたその命中精度だけは一流であった。




 キリキリと引っ張られた手製の弓が悲鳴を上げている。




 しかしまだだ。




 まだその時では無い。




 今のタイミングで矢を放っても、命中はするだろうが、こんなお粗末な矢では即死は見込めない。




 だから待つ。




 こんなお粗末な矢が、最大の威力を発揮するその一瞬を。




 深く呼吸をして肺にゆっくりと酸素を送り込む。




 一つ・・・






 二つ・・・・・・。






 カッと目を見ひらく。




 稲妻のごときスピードで放たれた矢は、ちょうど小川から顔を上げたばかりの小動物の目を性格に射抜いた。




 ぐらりと体が傾き、やがてはパタリと地に倒れ動かなくなった獲物を見て、速見は小さくガッツポーズをした。




「よっしゃノア、これで今夜の飯は・・・・・・」




 振り返ったその背後を見て、速見は絶句する。




 血に飢えた巨大な獣・・・・・・グレードベアと呼ばれる凶暴なモンスターが、涎を垂らしながら、数メートル先でこちらを睨み付けていた。


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