第187話 血に飢えた獣
「・・・慌てるなよノア、ゆっくりこの場から離れるんだ」
言葉は通じないが、速見のただ事ならない口調で何かを察したのだろう。ノアはコクリと頷くと静かに後ずさる。
そう、慌ててはいけない。目の前のモンスターを刺激する結果になる。
グレードベアは、モンスターという位置づけになっているとはいえ、その生態は極めて野性の動物に近い。
小川のほとりに先程仕留めた獲物がいる。そんな手頃な餌が近くにある以上、余計な刺激をしなければ、わざわざ面倒な生きている獲物に向かう事はないだろう。
そう、思っていた。
「グルォオオオォオ!!」
グレードベアが咆哮を上げる。
明らかな威嚇行為。酷く興奮しているようだ。
「・・・っ!? 逃げろノア!!」
そう叫びながら、速見は自分に注意を引きつけようと攻撃をこころみる。迅速な動きで弓に矢を番え、ろくに狙いも付けずに発射。
放たれた矢は緩やかな放物線を描きながらグレードベアの胴体に命中する。しかし、即席の材料で作った粗末な矢が、グレードベアの分厚い皮膚を貫ける筈も無く、呆気なく弾かれて地にぽとりと落ちた。
それでいい。この一撃は、ダメージを与える事を目的としたモノでは無く、相手の注意をこちらに引きつけるためのものなのだから。
狙い通り、グレードベアは速見を獲物と定めたようだ。低いうなり声を上げながら、ゆっくりと間合いを計っている。
ノアがちゃんと逃げたのか気になるが、よそ見をしている余裕なんて無かった。千里眼は未だに発動出来ないが、この数日で多少は体力が回復している・・・通常の人間よりは身体能力も多少は高い筈だ。
手持ちの武器は、お手製の粗末な弓矢と小ぶりな短刀が一本。笑えるほど貧弱な装備、しかし泣き言はいっていられない。
次の矢を弓に番える。グレードベアが雄叫びを上げながら突進してきた。動きは速いとは言えないが、巨体が迫り来るその姿はなかなかの迫力だった。
速見は冷静に狙いを付けると、矢を発射した。
放たれた矢が向かう先は、その粗末な矢でも貫けると判断した生物に共通する急所。グレードベアの右目を、木製の矢が貫く。
痛みで仰け反るグレードベア。速見は弓をその場に投げると、懐から短刀を取りだして一気に間合いを詰める。
ここからは賭けだ。この数日で速見の体力がどれだけ回復しているか、それに掛かっている。
「疾っ!!」
グレードベアの側面に回り込み、短く息を吐き出して思い切り短刀を突き出す。その短い刃が、グレードベアの皮膚を切り裂いて鮮血が飛び散った。
(・・・いける! こいつの皮膚を切り裂ける程度には腕力が戻ってるみてえだ)
ダメージが少しでも与えられるのなら勝機はある・・・速見は歯を食いしばり、頼りない小さな刃を構えるのだった。
どれだけの時間がたったのだろうか?
長い激戦の末に、大量出血で血だらけになったグレードベアがゆっくりと倒れた。
荒い息を吐き出す速見。彼の体にも無数の傷があり、闘いの激しさを物語っていた。
手にした短刀はボロボロに刃こぼれしており、もうまともに使えそうには無かった。しかしこの極限の状況では、何かの役に立つかもしれないと、血を拭って懐に短刀をしまい込む。
(やはり武器が必要だ・・・こんなお粗末なものじゃなく・・・・・・もっと強力・・・・・・な・・・)
ゆっくりとその場に倒れる速見。
血を流しすぎたようだ。体が重い。瞼が・・・ゆっくりと・・・閉じて・・・・・・。
やがて、何も考えられなくなった。
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