第37話 おつかい

「ん? んんー?」





 ベッドでごろごろと寝そべっていたクレアが妙な声を上げる。しばらく何やら難しい顔でごろごろと転がった後、急にじたばたと暴れ出した。





「あぁー!? マジかよぉ!!」





 バタバタと子供のように足をベッドに叩きつける主人の姿を見て、速見は自身の魔法武器の手入れをしながら大きくため息をついた。





「何だ? どうかしたかいご主人様よ」





 やる気がなさそうに問いかける速見に、クレアは不機嫌そうな顔で手元の枕を速見の顔面に投げてきた。





「・・・はぁ。一体何なんだよ」





 飛んできたそれを軽く払いのけながらまたため息をつく。その様子が何か気に触ったのか、クレアはその頬をぷくっと膨らませると不機嫌をアピールした。





「・・・・・・カプリコーンがやられたみたい」





「!? カプリコーンっていや、俺が挨拶した山羊頭の魔王だよな。やられたって事は・・・例の勇者様かい?」





 速見の言葉に、クレアは拗ねたような顔で首を横に振る。





「知らない。そもそもアタシ使役している魔王の様子が詳しくわかる訳じゃないのよね。流石に今回みたいにつながりが切れたらわかるけど・・・」





 そしてわなわなと両手の指を動かす。





「あぁーむかつく!! カプリコーンの死体発掘すんの凄い大変だったんだからね! そもそもあのクラスの魔王の死体ってやっかいな封印されてんの!!」





 叫びながら立ち上がったかと思うと、本棚の本を適当に取り出して再び速見に向かってそれを全力投球した。・・・ただの八つ当たりである。





「むかつくむかつくぅう!! 面倒くさい!! どこのどいつか知らないけどむかつく!! それからカプリコーンの代わりの魔王用意しないといけないじゃない! その作業がどんだけ面倒くさいと思って・・・・・・」





 クレアは急に叫ぶことを止め、何かを思い出したかのように手を打ち鳴らすと、速見の方を見てニヤリと笑った。





 非常に嫌な予感がする。





「ちょっとお前、アタシの下僕よね、よね?」





「・・・・・・何が言いたい?」





 クレアはしなを作った猫なで声で速見に語りかける。





「ねえねえ下僕ぅ。ご主人様、ちょっと魔王の死体欲しいなー。欲しいな?」





 どうやらこの魔神様は自分が魔王の死体を発掘するのが面倒くさいので速見に全て任せようというつもりらしい。





 ・・・そして、速見にはこの馬鹿げた提案を拒否するすべなんてないのだ。





「・・・はあ、しょうがねえな。で? 次の魔王の目星はついてんのか?」





 その言葉にクレアはその美しい唇を歪に歪めた。




































 フスティシア王国とグランツ帝国の間にそびえる名も無き山脈。その中腹あたりで速見は不機嫌な表情を浮かべ、古びた遺跡の入り口を目の前にしてタバコを吹かせていた。





 どうやらこの名無しの山脈にお目当ての死体は眠っているらしい。クレアが極秘に調べた情報で、どうやら三千年ほど前に死んだ魔王のようだ。





 その死体はこの山脈にひっそりと放置されている遺跡の最奥にあり、その遺跡に住み着いている魔物の強さから誰もそこには近づかないという。





 クレアの転移能力で強制的に連れてこられた速見は大きくため息をつく。





 当のクレア本人は一度だけ転移能力が使えるアイテムを速見に渡した後、家で二度寝するとほざいて転移で姿を消した。





 ずっとここでふて腐れていても始まらない。





 タバコの火を消して遺跡に侵入する。





 古びた石造りの入り口。ところどころに緑色の苔が生えており、年月の経過を速見に感じさせる。





 入り口からは地下に下る長い階段が姿を見せており、この遺跡が地下に広がっている事を悟らせた。





(さて、問題はクレアの情報にあった強いって噂の魔物か・・・)





 あの魔神が強いと報告するほどだ・・・よほどの魔物なのだろう。





 速見はそっと自身の魔法武器 ”無銘” を構える。黒塗りのその長弓は、場所が狭い遺跡という事もあって少し使いずらそうだ。





 遺跡の内部は地下にあり、当然光源など一切無い。通常の冒険者の探索であればたいまつを用意するか光源を作る魔法を展開するのが普通だが、あいにくと言っていいのか、速見はもはや普通の人間では無い。





 移植された魔王サジタリウスの右目は暗闇を見通す事が可能だ。そも、眼の構造が普通の生物とは一線を画しており、視認するために光源を必要としない。





 速見の右目にはこの暗闇の遺跡がまるで昼間のように鮮明に見えていた。





(複雑に入り組んでいるな。これでは魔物がいなくても目当ての死体を探すのも一苦労だ)





 速見は神経を集中させてそっと周囲を見回す。強化された視力にも今のところ生物の気配は感じられない。しかし速見が油断することは無かった。何故なら彼は自分の弱さを熟知しているのだから。





 クレアの実験台にされ人間を止めた今、確かにかつての自分よりは強くなったのかもしれない。





 だが自分というモノが全て変わった訳では無い。





 速見には英雄的な勇気も、場の状況を一転させるような機転も無い。





 そして彼は自分の強さに溺れた者の末路をよく知っているのだ。 





 だから油断はしない。





 ゆっくりと歩を進め・・・そして速見は気がついた。うっすらと埃をかぶった通路、そこに何か長いモノが通ったような跡がついている事に。





 しゃがみこんでその跡を確認する。





(・・・太さは人間の胴程度・・・蛇型の魔物か?)





 そう判断した次の瞬間、背後から強烈な殺気を感じて振り向きざまに魔弓”無銘”の一矢を放つ。





 放たれた光の矢は音も立てず空気を切り裂き、さっきの主・・・その左肩に突き刺さった。





「ぅぎゃぁああ!!」





 ソイツは悲鳴を上げて奥の通路へと逃げ帰る。





 しかしそのシルエットを、速見はしっかりと確認していた。





「人の上半身に蛇の下半身・・・ナーガか」





 今回の敵の名を脳に刻みつけ、速見は警戒しながら遺跡の奥へと進むのであった。

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