第38話 ナーガラージャ
複雑に入り組んだ遺跡をゆっくりと進む。
先の曲がり角の奥からわずかな物音。
弓の弦に指をかけ、曲がり角を曲がると同時に矢を発射する。待ち伏せを狙っていたナーガの額に光りの矢は命中し、その命を刈り取った。
絶命したナーガの死体を調べる。
体調は二メートルほど、雄で肩口に傷が無い事から先ほどとは別の個体だと考えられる。
(ここはナーガの巣になっているようだな・・・しかしこの程度の相手をクレアが強敵と称する訳が無い・・・まだ何かいると考えた方がよさそうだぜ)
ナーガは特段強い魔物という訳では無い。その巣があるからといって人間の冒険者が近寄らないという事はないだろう。
そこからの道中は思いの外単調なモノだった。
忍び寄るナーガを、その経験則と移植された魔王の眼力で発見し打ち倒す。危ないと思えるような状況も無かったし、正直拍子抜けであった。
・・・速見は忘れているのだが、この完全な暗闇の中で行われる不意打ちはそれだけでやっかいな代物であり、人間の冒険者が好んで入るような遺跡では無い。
魔王の千里眼を持つ速見だからこそここまで容易に踏破できているだけなのだ。
連続する単調な攻撃に何と無く気が抜けてきた速見はあくびを一つ。ここは空気が悪い、早くお目当ての死体を見つけて戻りたいモノだった。
不意に開けた場所にたどり着く。
速見は息を飲んだ。
所々風化しているが荘厳な装飾で彩られた石造りの祭壇。そしてそこにまつられている石棺と思わしき物体。恐らくお目当ての魔王の死体が納められているだろう。
しかし王の墓には番人が必要不可欠。
そう、それは棺を守るようにこちらを睨み付けてきた。
三つ叉に別れた尾を持つ蛇の下半身。
人型の上半身には腕が六本。六本の腕それぞれに波打つ刀身を持つ剣が握られている。
こちらを見据える瞳は三つ。ギョロリとそれぞれ別の意思を持っているかのように無作為に動いていた。
「ナーガラージャ・・・か」
それは伝説にうたわれるナーガ族の上位種。
誰も見たことのない神話の化け物。ナーガの祖。
「キシャァアアア!!」
ナーガラージャが奇声を発する。
戦闘が、始まる。
「疾っ!」
鋭く息を吐いて速見は光の矢を放つ。
放たれた矢は的確に敵の急所部分に飛んでゆくが、ナーガラージャの動きも素早く狙った場所には当たらない。矢は筋肉の多い肩に突き刺さって致命傷には至らなかった。
そのまま距離を詰めようとするナーガラージャと、適切な距離を取りながら矢を射る速見。どちらも決定打に欠け、勝負は長引いている。
(糞っ! この狭い場所ではやりずらいな)
速見の持つ魔弓 ”無銘” は黒塗りの長弓だ。長さは150センチメートルもあり、通常は遠くの敵を射撃するモノであって、このように動きながら打つという戦闘方法は向いていない。その長さが邪魔になるのだ。
バックステップでナーガラージャとの距離を取った速見は矢の一撃を加えようと弓を構え・・・いつの間にか壁際まで追い込まれていた事に気がつく。
壁に引っかかって弓が構えられない。
「シャァアアア!!」
勝ちを確信したか、勝利の雄叫びを上げてナーガラージャが六本の剣を閃かせる。速見は迫り来る刃に死の影を見た。
(冗談じゃねえ。こんな所で死ねるか!)
剣が欲しい。
この距離で迫り来る相手を撃退しうるのは弓じゃ無い・・・剣だ。
速見は自身の愛剣である日本軍の軍刀を思い浮かべる。今、あの軍刀があれば・・・。
その思いに呼応するように手元の魔弓 ”無銘”が熱を帯びる。そして速見は思い出す。この魔法武器を貰ったとき、クレアが言っていた言葉を。
『ソレは作られてから誰にも使われることも無く忘れ去られた魔武器の一つだ。故に銘は無く・・・その在り方を定義する事は誰にもできない』
在り方を定義する事ができない・・・。
つまりこの武器は・・・・・・。
”無銘”が大きく光りを放った。
「ギャァア!!」
ナーガラージャが悲鳴を上げる。切り落とされた二本の腕、その切断面から鮮やかな血が噴き出した。
「魔弓 ”無銘”・・・いや、もう魔弓とは言えないか」
そう言ってニヤリと笑う速見。その手には黒塗りの軍刀が握られていた。
「さて、トドメかな?」
片膝をつき、”無銘”の切っ先をナーガラージャへと向ける。再び ”無銘”が熱を帯び始めた。
速見は思い浮かべる。
長年を供に戦ってきた、その武器の姿を。
”無銘” が変形したその姿は一丁のライフル ”30年式歩兵銃” 。速見は懐かしいその重さに感動しながら引き金に手をかける。
痛みに顔を歪めながらナーガラージャがこちらに突っ込んできた。
もう恐怖は無い。
呼吸を整える。
一つ、二つ
敵との距離が十分に縮まるまでじっと待ち、静かに引き金を引く。乾いた音を立てて放たれた銃弾はナーガラージャの心臓を抉り、その生命の活動を停止させた。
激戦を終え速見は額の汗をそっと拭う。手元には一丁のライフル銃、その重さに表情を崩す。
戻ってきた、自分の相棒が。
「・・・さて、帰りますかね」
自分の仕事を思い出し、少し軽くなった足取りで祭壇の石棺へと歩を進めるのであった。
◇
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