第11話 情け

 ゴロツキからスリ少女の居場所を聞き出した速見は、自分でその場所を探すのも面倒なのでついでにそのゴロツキの男に案内をさせる。





 迷路のように入り組んだ路地裏の道を進み、速見は男の案内でついにその場所にたどり着いた。





「だ、旦那。ここでさあ。このボロ屋が例の茶髪の家です」





「おうご苦労。もう帰っていいぞ」





 速見がそういうと、男は脱兎のごとき勢いでどこかに消えていった。





 目の前の家を見る。





 木製のその家はずいぶんと古い物のようで、壁の所々が虫食いで穴が開いている。ドアなんてあってないようなもので、速見が全力で蹴り飛ばせば壊れてしまいそうなほどだ。





 速見はそのボロボロのドアに手をかけ、鍵などは掛かっていなかったので勢いよく押し開ける。





「邪魔するよ」





 中には驚いたようにこちらを見つめる茶髪の少女が一人。そしてその手元には速見の財布が握られていた。





「それは俺の財布だ。返して貰おうか」





 速見が手を出しながら一歩詰め寄ると、少女はおびえた様子で速見の財布をぎゅっと抱きかかえ一歩後退する。





「あ、あんた金持ちなんだろ? 少しくらいアタシにくれたっていいじゃないか。ほ、ほら見てくれよこのボロ屋を、このボロ服を!! かわいそうだろ? な、金持ちの旦那さん。恵まれないアタシに少しばかりお金をわけてくれって」





 そう言って哀れみを誘う少女に、速見はゆっくりと首を横に振った。





「その金は俺が20年かけて貯めた金だ。血と汗と涙で作った旅費だ。俺の死にものぐるいの20年とお前の十数年の哀れな境遇は、残念ながら俺の中で比較対象にすらならない。境遇が恵まれないから何をやっても許されると思うなよ?」





 速見のその言葉を聞いて少女は逆上する。財布を左手で握りしめ、右手で隠し持っていたナイフを構えて突進してきた。





 しかし少女が隠し持てるレベルの大きさのナイフなど脅威になり得る筈も無く。速見は無造作に手刀で少女の右手をはたき落とすと財布を持った左手をひねりあげ、財布を確保した。





「本当は盗人なんぞにかける情けは持ち合わせてねえんだが・・・まあお前が言ったように多少かわいそうな境遇であることは確かだ。本来ならこの場で殺すか憲兵に突き出してやるとこだが、同情してこのままほっといてやるよ。よかったな」





 財布の中身を確認し終えた速見はそう言い捨てるとボロ屋を後にした。





 取り残された少女は情けないやら悔しいやらで涙をこぼし、立ち上がって家の外に出る。





「覚えてろよ糞野郎!! お前なんてスレイプニルに蹴られて死んじまえ!」





 そしてその場で泣き崩れた。





 金が


 金が必要なのだ。





 非力な少女がこのスラム街で生きていく為には、強い者にこびを売らなくてはならない。





「・・・まずいよ、今日ボスに金持って行かなきゃなのに」



































 スラム街にはいくつかの勢力が存在する。





 力が人一倍強かったり頭が良かったりする奴が他のゴロツキをまとめ上げ、いくつかのグループが出来上がったのだ。





 その中でも最大勢力のグループ”銀蛇”のリーダーはシルバという名の大柄の男だった。





 シルバは生まれつき腕力が並外れていて、特に体を鍛えている訳でも無いのに素手で鉄の棒をねじ曲げたり野性の魔物を殴り殺したりする事が出来るという超人だ。





 そんなシルバのワイルドな強さに惹かれたゴロツキたちが集まって出来たのが”銀蛇”。速見の財布を盗んだジョイラが所属している組織であり、銀蛇の名で非力な彼女はスラム街でも安全に生活することができるのだ。





 その見返りとして月にいくらかの金をシルバに納める必要があるのだが。





「・・・ごめんなさいボス。今日は本当にお金がないの」





 ジョイラは銀蛇のたまり場になっている広場でシルバと対面していた。





 金が無いと平謝りするジョイラをシルバはじっとりとした視線で眺め、座っていた椅子からゆっくりと立ち上がる。





 巨体。


 シルバのその体は一般的な成人男性と比べても一回り以上大きく、ノースリーブの服でむき出しにした上腕は発達した筋肉に覆われていた。





「おうおうジョイラ、お前は俺たち銀蛇の一員だ。そうだな?」





「は、はいその通りです・・・」





「なら、なら俺たちはファミリーだ。仲間だろ? 隠し事は無しにしようぜ」





 シルバはかがみ込みジョイラと視線の高さを合わせる。どう猛な鋭い犬歯がニヤリと笑ったその顔から威嚇するように顔を覗かせていた。





「金が無い、じゃなくて”無くなった”だろ? お前はいつものようにスリをして・・・それで失敗した。スリ師が相手に追いつかれて捕まっただけじゃなくお情けで見逃されるなんて格好悪い話じゃないの」





「なん・・・で、それを」





「なんで俺が知ってるかって? 簡単な話よ。そのオッサン、お前の家を聞き出すためにうちの仲間をボコったのさ。何人かは死人も出てるって話なのに何故かお前だけ見逃された・・・つまりそいつは女子供には甘いんだろ? なあトム」





 シルバにトムと呼ばれた男は、ぼこぼこに歪んだ顔で無言で頷いた。そいつはスラム街に来た速見を取り囲んだゴロツキの一人だ。





「しかしこれはいけない。銀蛇のメンバーがこうもコケにされて黙っていたら沽券にかかわるしなぁ。そ・こ・で・だ。ジョイラ、お前今回の金は払わなくていいから代わりにそのオッサン殺してこい」





「ころ・・・いやいや無理ですって!! トムさん達でもボコボコにされたんでしょ!? アタシに出来るわけ・・・」





 ジョイラはその言葉を続ける事が出来なかった。言葉の途中でシルバに右頬をビンタされたのだ。





 怪力のシルバに頬を張られたジョイラはその軽い体重も相まって勢いよく吹き飛んだ。





「出来る出来ないじゃねえ、やるんだよ。ジョイラお前、何のリスクも負わないでお前みたいなガキがうちのチームにいられると思ってんのか? 正面からぶつかって殺せねえなら策を練れ毒を盛れ、なんなら色仕掛けでも使って殺せ。そのオッサンの甘さに付け入るんだ。お前に選択肢なんざねえんだよ」





 シルバの言葉に周囲にいるメンバーは下卑た笑い声をあげる。





 ジョイラは何も出来ず、ただ激しく痛む右頬を押さえて涙を堪えた。





 惨めだ。





 虚ろな視線でシルバを見つめ・・・その瞬間、シルバのたぐいまれ無い巨体が膝から崩れ落ちた。





「・・・ボス?」





 突然の事に戸惑いを隠せないトムがシルバに駆け寄り、うつぶせに倒れているその体を引き起こす。





 シルバの額には鉄製の矢が刺さっている。あれだけの野性のカリスマを誇っていた巨星シルバはこうしてあっけなく死んだのだった。






































 銀蛇のたまり場がよく見えるとある廃墟の屋上。そこに速見は座っていた。





 クロスボウに矢を再装填して構える。後から取り付けたスコープを覗き込むと先ほど仕留めた獲物に駆け寄ってきた別の獲物に狙いを定める。





 しばらく照準を微調整してから引き金を引く。





 音も無く発射された矢が男の額を射貫いて絶命させるのを確認すると、速見はスコープから目を離した。





「ったく、まだクロスボウでの遠距離狙撃は慣れねえな」





 装備をしまい、居場所が特定される前に逃げる用意をする。


 その場から立ち去る直前、ちらりと呆然と座り込む茶髪の少女を振り返った。





「少し・・・ほんの少しだけ手助けしてやる。その後どう生きるのかはお前次第だぜ?」


















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