第10話 ジョイラ

 速見は先ほどのスリ少女が駆けていった方向を目で追うと追跡を開始する。その動きに迷いは無かった。





 今まで20年間かけてコツコツと積み上げてきた血と汗の旅費。





 スリの小娘ごときにくれてやるほどお人好しでは無いのだ。





 走りながら遠くを見渡す。狙撃手特有の鋭い視覚能力で遠く走ってゆれている特徴的な茶髪を発見。





「逃がすかよ!」





 今年で42才になる速見だがその身体能力は高い。





 22までは祖国で軍人として、それ以降はこの世界で冒険者として絶え間なく己を鍛え続けてきた。





 全盛期には及ばぬとて小娘に足の速さで負ける筈も無く。その距離はぐんぐんと縮まっていく。





 あともう少しで追いつくといった時。茶髪の少女はひょいと建物の隙間にできた隙間道に飛び込み、そこで姿を見失った。





 隙間道にたどり着いて確認すると、どうやら体を横にすれば大人の速見でも何とか通り抜けられそうなスペースがあった。





 体を無理矢理ねじ込み、隙間道を通り抜ける。その先には、いかにもといったスラム街の風景が広がっていた。





「・・・こりゃまいったね。ここであの娘を探すのは骨が折れそうだ」





 立ち止まった速見の周りをがらの悪そうなスラムの住人達が取り囲む。





「おいオッサン。見ねえ顔だな」





 そう言ってがらの悪い男はじろじろと速見の格好を眺める。





「奇妙な格好しやがって。どこの国から来たのか知らねえが、ここにはここのルールってもんがあるんだ」





 男の言葉に周囲を取り囲んでいたゴロツキどもはニヤニヤと笑う。





「ほう、そのルールとは何だ?」





 速見が問いかけると男はねっとりとした声で返答する。





「よそ者は身ぐるみ剥がしてその辺に転がすんだよ!!」





 男がそう言って拳を振り上げるが、速見の行動の方が早かった。





 無駄の無い動きで目の前の男の襟を掴むと、体を相手の重心の下に入り込ませ背中で男の胸を打つ。


 そのまま担ぎ上げると背負い投げの要領で思い切り地面に叩きつけた。





 柔道の投げ技は受け身も取れない素人に行うと命の危険を伴う。しかも叩きつけられる場所は畳では無く堅い地面だ。





 絶命はしなくても骨の一本や二本は確実にいかれているだろう。





 これから自分たちが一方的に蹂躙する筈だった獲物のまさかの反撃にゴロツキたちは驚く。その隙をついて速見は側に立っていた男の股間をしこたま蹴り上げた。





 あまりの痛みに前屈みになったその男の顔面を堅いブーツで思い切り蹴り上げてその意識を刈り取る。





「て、てめえ調子に乗るんじゃねえぞ!!」





 二人目の犠牲者を見て我に返ったのか、ポケットからダガーを取り出して構えるゴロツキ。残りの数は3人、手早く片付ける必要がある。





「抜いたな、刃物を」





 速見は腰の軍刀を抜き、自然体でダガーを構えた男に近寄ると軍刀を大きく振り上げた。 振り上げられた軍刀に気を取られた男の腹に強い衝撃。上に視線をとられた男は、下から突き上げられた速見の蹴りに気がつかなかったのだ。





 速見は蹴った男から視線を外し、自分が残りの二人から囲まれている事を悟った。





 二人のごろつきは警戒の視線で速見を取り囲み、それぞれ自分の獲物を構えている。





「やれやれ、二対一はあまり得意じゃないんだが」





 そう呟きながら後頭部をぽりぽりと掻き・・・背中の隠しポケットに仕込んでいた投げナイフを取り出すと手首のスナップを効かせて正面の男に投げる。





 ナイフが命中したかどうかの確認もそこそこにもう一人のゴロツキに向き直ると大きく踏み込んで軍刀の間合いまで入り、鋭い一突きでその命を奪った。





「さて、残りはお前一人だな」





 軍刀に付着した血をポケットから取り出した布きれで拭いながら、先ほど蹴飛ばした男にゆっくりと歩み寄る。





 男は一方的に潰された仲間を見てがたがたと震えた。





「一つ聞きたい。答えてくれたら命は取らないと我が祖国にかけて誓おう」





 軍刀の切っ先を突きつけ問いかける。





「この近辺でスリをしている茶髪の少女を知らないか?」






























「へへっ、上手く撒いたわね!」





 ジョイラは自分の庭のように知り尽くしたスラム街の道をジグザクと走り抜ける。





 彼女はスリを生業としているこのスラム街の住人だ。歳は12から13才といった所だろうか、手入れのしていないボサボサの茶髪とコロコロと表情の変わる愛嬌のある性格が特徴の少女だ。





 自分の家までたどり着いたジョイラは、そのボロボロの扉を開けて中に入る。





 カビの臭いが鼻孔をくすぐり、むっと顔をしかめた彼女は換気のために窓を全開に開けた。狭い家だが住めば都、というよりこのスラムでは家があるだけ裕福な方なのだ。





「しっかしあのオッサンやたら足が速かったな。近くに隙間道が無けりゃ捕まってたかも・・・」





 ジョイラは捕まった自分を想像してぶるりと体を震わせる。


 そんな事を気にしていても仕方が無い。とりあえずは今日の成果を確認するとしようと、ずっしりと重い財布の口を開けた。





「!? 何コレ!! すっごいお金!!」





 開いた財布の口から覗いたのは黄金の輝き。





 ずっしりと重いその中身は全てが金貨だったのだ。





「これなら!! この金額なら親分に渡す金さっ引いてもかなり残る・・・こんな生活ともおさらばできるかも」





 喜びに打ち震えるジョイラ。





 次の瞬間、家のボロいドアが大きな音を立てて乱暴に開け放たれる。





「邪魔するよ」





 白髪交じりの灰色の髪。 


 顔に深く刻まれたシワに鋭い目つき。





 ここいらでは見ない奇妙な衣装に身を包んだ中年男は、ジョイラが金貨のぎっしり入った財布を盗んだ男だった。














◇  

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