第4話 その名はエリザベート・リッシュ・クラージュ
エリザベートと名乗ったその女は、見事なブロンドの髪を風になびかせて高台の上で妙な格好つけたポーズをきめながら高笑いしていた。
その容姿は黙っていればどこぞの貴族令嬢でも通る美しくも繊細なものであるのに、その耳障りな高笑いが全てを台無しにしている。
「いや、待て。俺は別に・・・」
速見が弁明しようとするも、その言葉はエリザベートに遮られる。
「問答無用! 行きますわよ!」
そして高台から勢いよく飛び降りる。
エリザベートは音もなく着地すると、腰のベルトに差していた細身の剣をすらりと引き抜き片手で素振りをした。
その流れるような動きから、彼女が手練れの戦士である事を感じ取った速見。あの様子では説得は無理だろう。
ライフルを構え、銃口をエリザベートに向ける。
「いざ尋常に勝負!!」
そう言ってエリザベートが間合いを詰めてくる。
見たところ、彼女は悪人という訳では無いだろうが・・・それでも速見は勘違いで殺されるような事態はごめんだった。
相手が善人だろうが悪人だろうが、自分の命を脅かす存在ならば殺すしかない。先ほどのファイアボール、あれは避けなければこちらが死んでいただろう。
狙いを定め引き金を引く。
胴に向けて1発。頭部に比べて命中率が高く、当たれば殺す、もしくは行動不能に陥らせる事が可能だ。
しかしそこで彼女は予想外の反撃にでる。
この世界に銃は存在しない。だからエリザベートにも何かはわかっていなかった筈だ。
だが彼女はそれが何かは知らなくても武器だということは理解したのだろう。
速見が引き金を引くと同時に横っ飛びに銃弾を回避、高速で詠唱したファイアボールの魔法を展開。火球は殺意を持って速見へと進行する。
「うぉ!?」
間一髪で火球の回避に成功する速見。
しかし火球と一緒に間合いを詰めてきたエリザベートが、地面に転がった速見の腹を遠慮無く蹴りとばす。
堅い革靴が腹筋を抉る。内臓をダイレクトに刺激する痛みに悶絶してうずくまる速見。
「命までは取りませんわ」
迫る革靴が視界いっぱいに広がり、速見の意識は闇へと沈んだのだった。
「本当に申し訳ないですわ!!」
がたがたと揺れる馬車の中、傷だらけの速見の前でしゅんとうなだれながら謝罪をするエリザベート。
速見が気を失った後に駆けつけた護衛の兵がエリザベートの誤解を解いたらしい。
「・・・まあ、気にしていないと言ったら嘘になるが今回は水に流そう。お嬢さんは正義を行おうとした訳だしね」
速見の言葉にエリザベートはほっとしたような表情を浮かべた。
「申し遅れました。ソロで冒険者をやっております正義の魔法剣士エリザベート・リッシュ・クラージュですわ。どうぞエリザと呼んでくださいまし」
そう言って差し出された手を握り返す速見。
「速見純一・・・見ての通り旅人をしてるただのオッサンだよ」
「ハヤミとおっしゃるのですね。変わったお名前ですけどお国はどちらで?」
エリザの問いに、速見は遠くを見つめる。
「・・・遠い国さ。名前を言っても誰もわからないような・・・遠い・・・遠い国」
もう戻れない国・・・ああ美しき祖国日本を思い出し、国を愛した一人の軍人は優しく微笑んだ。
「それはそうとエリザちゃん。君はずいぶんと強いな。もしかして高ランクの冒険者だったりするのかな?」
先の戦いで彼女が放ったファイアボールは一見単純なように見えて高度な技術を要する魔法だと聞いている。
少なくともかつて供に戦った魔法使いのシャルロッテはその魔法を使う事ができなかったのだから。
「ふふん! よくぞ聞いてくれましたわ! なんとワタクシ、つい先日昇格いたしましてBランクの冒険者になりましたのよ!」
「ほう、そりゃあ大したもんだ」
Cランクあればベテランと呼ばれる冒険者のランク。
Bランクともなれば同業者からも羨望のまなざしで見つめられるものだ。この若さでBランクとは、相当な才能を持っているのだろう。
それから仲良くなったエリザは、速見が聞き上手な事も相まって色々な事を話してくれた。自分が裕福な家で生まれ育った事。小さな頃から正義感が強く、困っている人を見かけたら放っておけないのだということ。
そして詳細は言えないが、今はとある伝説の遺跡を探して各地を放浪していることなど、よほどおしゃべりが好きなのか馬車が目的地に到着するまで彼女の話が止まることはなかった。
「そういえばハヤミ。あなた、珍しい武器を持っていますのね。それはあなたの遠い故郷の武器なのかしら?」
「・・・そういうことになるかな。ここいらじゃコイツを見たことがないから。悪いけど詳しくは教えられないな、俺は弱いからあまり手の内をばらしたくないんだ」
「あ、いえいえこちらこそ失礼しましたわ。アナタはとても聞き上手なのでつい色々聞いてしまいました。そうですわね、戦士に取って切り札の詮索は御法度、反省ですわ」
こうして楽しい談笑の時間は過ぎていく。
速見はどうやらこの破天荒なお嬢様を気に入ってしまった自分に気がついたのだった。
「それじゃあワタクシは行きますわハヤミ。目的は違うけどワタクシたちはまたきっと出会える、そんな気がしますの。だからさよならは言いません。また会いましょうね」
そう言ってエリザは立ち去った。
嵐のように唐突に出会い、そしてまたあっさりと立ち去って言った。彼女が別れ際に言っていたように、どうにも彼女とはまた会えるようなそんな気がするのだ。
「さて、ここが港町か」
行き先はまだはっきりと定まらない。
急ぐ必要は無い、ゆっくりと行こう。
速見はまだ見ぬ新天地へと足を踏み入れるのだった。
◇
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