第3話 正義

「・・・とにかく海を渡らないとな。港町に向かうぞ太郎」





 速見のその言葉に、彼の懐に体ごとすっぽりと入って顔だけを首元から出した太郎が「ワフッ」と返事をした。





 その愛らしい様子を見て楽しくなった速見はそのもふもふの頭をなでる。





 まだ子供の太郎は長距離の移動が厳しいらしく、一度戯れに懐へ入れてみたらその場所がえらく気に入ったらしい。





 今では速見の懐は太郎の特等席になっている。





 速見はのんびりと港町を目指して歩いて行く。急ぐ必要などない。気ままな一人旅で、食料も先日の狩りで余った肉がたくさんあるのだから。





 周囲を見回して景色を楽しむ。





 鮮やかな緑色、元いた日本では見たこともなかったような巨大な木々や鮮やかな色の果実たちがこの場所が故郷から遠くにあることを感じさせて、一抹の寂しさを感じさせる。





 パーティを組んでいた時は、そんな事考える余裕なんて無かった。





「・・・いかん、感傷的になってた。俺も歳をとったもんだな」





 思えば22の時にこの世界に飛ばされて20年も立つのだ。速見もすでに40歳を超えた。体の節々も痛み出してきたし体力はがくっと落ちている。





 その雰囲気を察してなぐさめようとしてくれたのか、懐の太郎が暖かな舌で速見の顎をペロペロと舐めた。





「・・・ああ、ごめんよ。ありがとう太郎」





 そうだ、老いは大変だが嘆く事じゃない。この年齢になってこそ見えるものが、確かにあるのだから。





 突如懐から顔を出していた太郎が低いうなり声を上げた。速見はそれに触発されて周囲を警戒する。





 かすかな血と戦場の臭い。





 長年の血塗られた生活で慣れ親しんだその深いな臭いに顔をしかめる。方向を確認し、背負っていた相棒のライフルを構える。





 気配を悟られぬように静かに、しかし足取りは急いで現場へと向かった。





 手頃な高台の岩場に隠れて遠眼鏡で状況を確認。





 どうやら商人の者と思われる荷馬車が一台。そしてその周囲では商人に雇われたであろう護衛とそれを取り囲んだ山賊風の男達が殺し合いをしている。





 生き残っている山賊の数は5人。対して護衛の数は二人。





 地面には無残な死体がいくつか転がっていた。





 すぐさま駆けつけるような青いまねはしない。速見は誰より自分の事を理解していた。近接戦闘で圧倒できるほどのスキルを速見は持っていない。ならばこの岩場から隠れて護衛を援護するのみ。





 そっと銃のスコープを覗き込み、引き金に指をかける。





 先日の狩りとは訳が違う。何せ相手は戦闘中の人間だ。動き回るその的に的確に狙撃する事の難しさは、罠を張った獣狩りとは比べものにならない。





 だがそれはあくまでも先日の狩りに比べたらの話である。





(滑稽だな。空飛ぶ鷹を撃ち落とす事もあるまたぎの俺には、人間なんて止まって見える) 薄く笑って引き金を引く。





 放たれた弾丸は正確に狙った場所へ飛んでいき、一人の山賊の額を打ち抜いた。





「何だ今の音は!?」





「おい、こいつ死んでるぞ!! 新手の魔法か!?」





 混乱が巻き起こる山賊たち。護衛の兵二人はソレを好機と見たのか、今まで守りにはいっていたものを攻撃に転じる。





「ほら、もう一発だ」





 速見はもう一度狙いを定める。





 ”30年式歩兵銃”


 ボルトアクション式のこの銃は、日清戦争で使用されていた”13年式”の単発銃とは異なり弾を五発まとめて装填する事が可能だ。





 一発ずつ装填する隙が無くなりより実践的になったといえる。





 そして速見は引き金を引く。


 新たに一人山賊を屠り、もう一度狙いを定めようとして少し考える。





(この世界で弾を補給する手立てが無い以上、無駄弾は使いたくない。幸いにも護衛の兵達が押しているようだしこれ以上の狙撃は必要ないだろう)





 よほどこのままそっと立ち去ろうかと思ったが、商人達のこの後の展開も気になるし、もしかしたら援護した礼として馬車に乗せてくれるかもしれないという算段を立てて高台から降りる事にした。
































「そこの人、無事だったか」





 高台から降りてみると、どうやら護衛の兵達は残りの山賊を始末した後だったようだ。二人で五人相手に持ちこたえていたところを見ると腕はいいのだろう。





 護衛の兵は奇妙な格好をした速見に一瞬警戒するものの、その態度を見て先ほどの姿の見えぬ援護の正体に気がついたのか柔らかな態度で礼を口にする。





「もしかして先ほど援護をしてくれた御仁ですかな? ありがとうございました。我々だけでは対処できなかったでしょう」





 近くに寄ると、護衛の二人は存外若いようだ。


 歳でいうと20代前後といったところか・・・まあ、こんな命がけの仕事をやる年寄りも少ないのかもしれない。





「いえ、困ったときにはお互い様です・・・アナタがたはこの先の港町まで行く途中ですかな?」





 速見の問いに護衛の兵は笑顔で答える。





「そうですそうです。もしかしてアナタもですか?」





「実はそうなのです。・・・厚かましいお願いだとは存じますが、よろしければその馬車に同行させて頂くことは可能でしょうか」





 奇妙な格好をした見知らぬ旅の男。普通なら断るところだろうが、速見の丁寧な対応を見て危険は無いと判断したのか、護衛の男は快く答えた。





「私は大丈夫なんですが雇い主に聞かないといけませんからね。馬車の中で震えていると思いますんでちょっと聞いて見ます」





 そうして速見は馬車の中に入っていく護衛の男を見送る。





 殺気。


 不意に感じた強烈な殺気に、考えるより先に速見は回避行動を取っていた。右側方に全力で転がり・・・先ほどまで速見が立っていた場所に巨大な火球が打ち込まれる。





(ファイアボールの魔法!? どこから・・・)





 見上げると、先ほどまで速見が潜伏していた高台にその人物は立っていた。





「オーホッホッホ!! 観念しなさいこの悪党!! この正義の魔法剣士、エリザベート・リッシュ・クラージュが正義の鉄槌を下しますわぁー!!」





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