case1 一ノ瀬舞の場合3


瞬間、風が吹き荒れた。


「これは……ッ!」

「うわっすご……」

「ンッフフフフ!良い!」


倉庫内に張り巡らされた鎖が、次々に吹き飛ぶ。青い風が縦横無尽に駆け巡り、鎖を引きちぎっていく。


「馬鹿なッ、硬化は効いてるはずなのにッ!」


アズミは泡を食って再び鎖を展開するが、その全てが途中で打ち落とされる。

先ほどまでは辛うじて目で追えていた舞が、今や暴風と化している。

張り巡らされた蜘蛛の巣が取り払われていく。


「これは…パワーも上昇しているな。ンン良い!マーヴェラス!正の感情でここまで伸びるか!ああ素晴らしき兄妹愛!」


風が止むと、そこには舞が立っていた。

焦燥は消え、決意が目の奥で燃えている。

鎖はその一本を残すことなく散り、倉庫内にはその残骸の鉄片が撒き散らされていた。


「ハハハッ、まだ5分経ってないが?もう茶番は終わりってことで良いのかよ?」


軽口を叩くアズミだが、頬が引きつっている。


「うん、待たせてごめんなさい。」


舞は至って冷静に、手首を回して構える。

澄み切った顔。迷いを切った少女の顔。

それを見てアズミは舌打ちした。


「ムカつくなぁ……ああムカつくなぁイラつくなぁ腹立たしいなぁ!!なんだその余裕は!」


アズミは両手をかざし、持ち上げる。


「嫌いなんだよなぁその場のテンションでどうにかなると思ってるガキも!実際にどうにかしちまう魔法少女てめえらも!」


周囲に散らばった鎖が、音を立てて集まってくる。鎖は一箇所に集まり、次第に塊を形成し始める。


「真面目に魔術学んで血ィ吐きながら苦労してる魔術師あたしが馬鹿みたいじゃねえか!!」


どんどん巨大化する鉄塊。

唯の球形だったそれは次第に形を変えて行く。


「兄貴とお話ししただけでそんなに強くなれるなんて卑怯だろうがズルだろうが理不尽だろうがァ!!」


それは龍の顎門アギトだった。

パックリと巨大な口を開け、目は爛々と舞を射抜いている。

頭上の龍の視線を、舞は真正面から受け止める。


「ああ本当に腹が立つ!こうしてブチ切れながらも頭ん中ではセコセコ術式回してるってのが余計に惨めで嫌になるなぁ!!」


掲げた手を振り下ろす。

お預けを解かれた龍は一直線に舞へと突きすすむ。


「お前も!その後はお前の兄貴も!二人仲良く縛死させてやるよォ!!」


咆哮と共に龍の頭が墜落する。

舞は何故かピクリとも動かず、ただ龍の視線を受け止め、そのまま呑まれる。


「……えっ?」


ミーンが戸惑いの声を上げる。

龍の頭は床に激突し、轟音と衝撃が響く。

余波でコンテナのいくつかが崩れ、粉塵が舞う。


「ンン……彼女の速度なら普通に躱せた筈だが……?」


疑問符を浮かべる斎藤。

反面、俺は笑いが漏れる。


「ククッ、舞の奴意外と良い性格してるな。こういう所は俺に似てほしくなかったが。」

「何?」

「俺はあらゆる競技、あらゆる対決は全て心の戦いだと思っている。心さえ折れば実力差もひっくり返るし血を見ることも無い。」

 

「ハハハこのまま縛り殺して……アァ?」


肩を上下させながら笑うアズミの顔が、歪む。


「相手の全力を敢えて受け、それを凌駕する事で、最も効果的に心を折る事ができる。」


鎖の龍の隙間から光が漏れる。

頬から目から口から、あらゆる隙間から青い光が漏れ出している。


「て、テメェは……ふざけんじゃねえぞオラァ!!」


怒りに任せ手を振るアズミ。

龍が再び動き出し、まるで咀嚼するかの様に胎動する。

不快な金属音と共に、中の物を粉砕せんと締め上げ、噛み砕き、すり潰す。


「これは……想像以上に、予想外……!ンッフフフフ……!」


だが、光は消えるどころかますます強まる。

次第に龍は膨れ上がり、動きも鈍くなっている。

まるでパンパンに膨れ上がった風船の様に。

なら、次の光景は予想できる。


「ァアアアアアアアアッ!!」


雄叫びと共に、青い閃光が迸る。

龍の頭は弾け飛び、余波でアズミも吹き飛ばされ壁に激突する。


「かはッ、ゴホ、クソがッ、ッ!?」


咽せるアズミの目の前に、無傷の舞が立っていた。

その体には青い半透明の……オーラと言えば良いのか、不可思議な気体のようなものを纏っている。


「アズミさんが何に怒っているのかは知らないしどうでもいいです。」


その声はひたすら平坦で抑揚が無い。

敢えて抑えているのか。


「兄さんを傷つけたあなたに聞きたい事はありません。」


舞が右手を握りしめると、オーラが右手に集中し濃度を増す。気体だったオーラはまるで手甲の様に。


「ッヘ、クソガキが。どうせテメェは殺せねえ。

何が『不殺の乙女」だ。ただのヘタレの癖に。」


アズミは唾を吐き捨てると、足を震わせながら立ち上がろうとし……


「兄さんの分、確かにお返しします。」


その拳は容赦なく、アズミの顔面へ突き刺さった。


壁に叩きつけられ、跳ね返ってきりもみ回転しながら床に叩きつけられる。

アズミは声を上げることもできず、倒れ伏したまま動かない。


「……えっ?死んだ?死んだよねこれ?」


ミーンはおずおずと近づき、脈を取る。


「……うわ生きてる。逆にあれで死なないってすごいね。」

「ンン。まぁ仮にも魔術師が殴り殺されては笑い話にもならん。手加減感謝するよ青い流星。」


斎藤が慇懃無礼にお辞儀をする。

舞はまだ警戒を解く事なく、オーラを全身に纏わせる。


「勘ちがいしないで下さい。私はいつも全力です。これは勝負であって殺し合いでは無かっただけです。」

「それでもだ。大事な家族ファミリーだ、欠けるのは悲しい。君もそうだろう?」


斎藤は言って、指を鳴らす。

たちまち俺を拘束する鎖が解け、地面に落ちる。


「うぉぉッ!?おお……」


……思わず目を瞑って衝撃に備えるも、一向にやってこない。

目を開けると、そこには舞の顔があった。


「大丈夫?兄さん。」


一瞬でここまで来て、体格差を物ともせずに受け止める。

これでも平均的成人男性くらいの身長体重はあるのだが。

再度、魔法少女というものを確認した。


「ああ。少し痛むが……まぁ平気だ。」


先程蹴られた腹が疼く。縛られた手も少し痛む。

だがその程度だ。


「良かった……私……あの…今まで隠してて……」

「それはさっき聞いた。そんで、その答えもさっき言った。もう言わんぞ恥ずかしい。」


俺は舞を遮って立ち上がった。

あれをもう一回は流石に精神が持たん。


「……あっ!?あいつら何処行った!?」


気づく。

気絶したアズミも、ミーンも、カボチャ野郎も。

跡形も無く消えていた。

あの一瞬で消えるなんて魔法でも使わなきゃ……

そういえば魔術師だった。


「多分、転移したんだと思う。スケアクロウは神出鬼没で有名だから。」


事もなげに言う。

さして残念でもなさそうだ。一発殴ってスッキリしたのか。


「……舞。」

「うん。」

「帰るか。」

「うん。」


もはや俺の常識は完全に破壊された。

魔術も魔法もファンタジーの存在では無く、そして俺の妹は魔法少女である。肉体派の。


だがそれがなんだと言うのか。

兄妹である以上、他に何を足されようともそこだけは変わりはしない。


「そういえば兄さん。この際だから言うんだけど。」

「ん。どうした?」

「私、機構に所属してて一応給料が出てるの。今まではろくに使う機会が無かったんだけど。」


そう言って舞は携帯の画面を見せる。

銀行口座の残高。


「………いちじゅうひゃくせんまんじゅうまんひゃくま……」


とってもたくさんのおかね。

俺の貯金の軽く数十倍。


「こういうのってやっぱり兄さんが管理した方が……どうしたの?」

「い、いや……俺もそこ行こっかな……」


仮に稼ぎが妹の方が上でも。

兄妹である事に変わりは無い。

……無い!




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今回の実験では非常に興味深い結果が得られた。

感情でそのパフォーマンスを大きく変える魔法少女にとって、最も力を引き出せる感情とは?

旧ナチスの実験によって様々な実験が為された。

親を殺す。兄弟を殺す。友人を殺す。知人を殺す。又は、自らの手で殺させる。それによって絶望した魔法少女は戦場において大きな脅威となった。

絶望し、自我を殺され薬によって感情を操作された魔法少女は非常に強力で、悪辣な兵器であった。

現代においても、そうした「使われ方」をされる魔法少女は存在する。

IMOという組織は非常に巨大ではあるが、万能では無い。その目の届かぬ場所で、数多くの少女がその心を壊される。その方が効率が良いから。


だが。彼女はその定説を覆す。

兄に全てを肯定された少女は、それに応えるべく感情を爆発させた。絶望とは真逆の、正の感情。

喜び、幸福、希望。

それによる能力の向上は今までの比では無かった。


仮に兄が死んだ場合、確実に彼女は強くなるだろう。これまでの魔法少女と同様に、世界に暴力を撒き散らす災厄になるだろう。


だが。分かりきったことを試すのは私は好まない。まだまだまだ研究は終わらない実験は終わらない探究は終わらない!


「ンッフフフフ……」


「まーたボスが一人で笑ってるよキモ」

「言ってやんなよミーンもう治るもんでも無いし……あだだだだッ!」

「はーい包帯巻き直しまーす。」


今しばらくは戦力の拡充に勤しむとしよう。

スケアクロウは新興の弱小組織。ゆっくりと行こう。


「ンッフフフフ…ンッフフフフ!」


「……やっぱあのカボチャ黙らせろウゼェ」

「そーれ膝カックン」

「アオオッ!?」」

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魔法少女物に野郎は不要って誰が言ったんだ @zazamiss

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