第1話 朽ち果てた地上より愛をこめて

ある時は世界を育むモノ、

ある時は世界を調停するモノ、

ある時は世界を滅ぼすモノ、


あらゆるタイムラインから選抜された

十三人、それが空亡の丘十三の魔女。

既に死亡し、世界での役割を終えたモノ達。


その内の一人、

鍵の少女は世界を渡り歩くなかで

微かな違和感を感じていた。


(以前この世界に来た時よりも歴史の進みが遅い………?)


彼女は何度かこの世界に来た事があり、

これから起こる事も

これまでに起きた事も全て知っていた。


(この世界の歴史は確定してる、

すべての分岐も把握してる、

そもそも歴史の進行速度は一律、

それが遅延するなんてあり得ない、

破壊し始める前に空亡君に

知らせておこう。)


鍵の少女は自身が収納されている

月面の塔から数名の彼女自身を射出し、

地上へ向かわせる。

本来の役割が有事の際、

人類を再生させる機関である彼女にとって

自身の複製を産み出すことは容易だった。

意識を射出された彼女達と接続し、

調査を開始する。


(やっぱりおかしい、

本来なら既にこの剣は

次世代版が流通しているはず、

初の銃火器もまだ発表されていない………

一体何がどうなってるの?)


調査を進めれば進める程

本来の歴史からの相違が出てくる。


(僅かでもこの枝全体の歴史の進行にかかる時間が増えるなら当然枝は長くなる、

そしたら干渉する確率が

どんどん増しちゃうじゃない!)


私はここまでで一旦宙へ引き返すべきだった。


複製の一つが街中の散策中に

奇妙なものを発見する。


(ん、なんだっけあれ、というかあんなものここに有ったっけ?)


彼女の視線の先には人形の黒い染みがついた壁があった、染みくらいそこらじゅうにある、それでもここにそれがあることに納得できない、なぜならそこは………


(国王の住んでいる城にこんな大きな染みがついているなんて変よ。)


国の顔でもある白亜の城、その正面にそのシミがあるのだ、普通なら放置などしない。

彼女が訝しげに観察していると………


ザクッ。


「え?」


その染みから突然鋭利な刃が飛び出す、

それは寸分違わず彼女の心臓を貫いた。

国の中央の城の真正面で、

人の往来が最も多いこの場所で、


しかし


誰一人として気が付かなかった。


目の前を通った人でさえ、全く気がついていないようだった。


(そんな馬鹿なことあり得ない!)


そこで意識が途切れる、

複製が完全に死んだのだろう、

鍵の少女はすぐに他の場所に居る

複製を向かわせる、

殆ど時間をかけず二人目の複製が到着した。


そこで見た光景は異常だった。


染みは影となり壁から這い出し、

辺りを行き交う人々を

当然のように喰らっていた。


そしてやはり、誰も気が付かない、

今その瞬間、喰われている人でさえ、

全くの無反応だ。


説明の付かない不気味な現状に思わず顔が歪む、だがこれを放っておく訳には行かない。


(そもそも私はこの世界を滅ぼすために来たんだ、破壊対象が一つ二つ増えたぐらいなんて事ない。)


鍵の少女は本格的に介入を開始する、

彼女はあまり戦闘が得意ではない、

本体のいる塔のある月面での戦闘なら兎も角

複製された彼女は非常に貧弱だ、

だから彼女は、個の力ではなく、

圧倒的な物量で殺す。

一の相手に百万を、

十の相手に千万を、

安全圏である月面から

際限無く複製される"私"の波に沈める、

それが彼女の戦いだった。


無数の私が地を覆い尽くし、

文明を踏み潰しながらあの影の元へ向かう、

私達が襲いかかる瞬間、


確かにそこにあった波が消えた。


「………は?どうなってるの!?」


普段滅多に声を発さない私も

思わずそう叫ばざるを得なかった、

影が私達を飲み込んで行く。

惑星一つを覆いつくす程の私達が全て飲み込まれてゆく………


「嘘でしょう?」


間も無く地上から私達は消えた、全て影の腹の中に納まったようだ、

私はそれ以外にも恐ろしい事に気がつく。


「私の事を見てる………?」


地上と私の居る月との距離は基準世界よりも遠い41万km、

私のように巨大な望遠鏡を扱っている訳でも無い、

私を視認出来る訳が無い、それなのに。


「ひっ………」


確かにこちらを向いて、"私の顔"になって、嗤った。


次の瞬間、

何万年ぶりかの痛みが、

体を貫いた。


腹に大穴が空いた、

血が溢れて止まらない、

いたい、いたい。


ダメだワタシじゃかてない

はやくセカイをふさがないと

アイツをとじこめないと。


いっしんふらん に

いま を

はさむ

かこ と

みらい に

てをのばす、

もうろう と した いしき の なか で

なんとか いま の じだい を えだ から 

きりはなした。



「死ぬ前に私に出来たのは此処まで、影に関しては何も解らなかった、ごめんなさい。」

「いや、十分だよ、大変だったね、お疲れ様。」

「うん、ありがとう、空亡君。」


空亡が優しく少女の頭を撫でて労う、

影の攻撃により死亡した鍵の少女は宙へ戻っていた。


「にしても十三の魔女の上から二番目を一撃とはねぇ………明らかに異常だ。」


明日香が険しい顔で話を続ける。


「これまでも強力な敵は居た、

だがそれらは十三の魔女を追い詰めても、

殺害までには誰一人至らなかった。」

「これは初のケースであり私の定義した世界の法則にも反する、

いったい誰がどうやって………?」

「暮橋、まだ情報が少なすぎる、他の十三の魔女にも調査をさせよう。」

「まぁ、それしかないな、私自身も動くか。」

「僕も動こうと思う。」

「いや、空亡はやめておけ、誰かひとり宙に残っていないと困る。」

「わかった、なら僕は情報を纏めて考察の舞台を整えておこう、

何か手掛かりを見つけたら直ぐに僕に送るようにして貰おう。」

「うん、それが良い、まぁ一度十三人全員揃えよう、まずそれからだ。」




最果てから最果てへ、

いよいよもって手は届いた、

全てを手中に収め、握りつぶそう、

全ては私達の世界の為。

さよならだ、暮橋 明日香。

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