第41話 : 第一次異世界大戦 -Another World War Ⅰ- (裏話)


 楽園を壊すのは、いつだって知性を持つ生き物である。繁栄の先には、絶滅があり、文明を築いていても、盛者必衰が定められている。これは、真理と言う他ないだろう。


 そんな諦めを抱きながら、ある世界で『神』と呼ばれる者の一柱は、我慢の限界を迎えていた。


「私が全てを救う。異論は認めない」


 この世界では、神は地上への過度な干渉が、禁じられている。

 それは、何万年も昔、神と人間が交わした『契約』であり、生き物にとっての『権利』でもある。

 なぜなら、超常の存在である『神』が力を使えば、大地は燃え、空は黒く閉ざされ、海は凍り付いてしまう。


 何もしない事を望まれた神は、直接的な干渉は控えるようになった。代わりに、自らを信仰する者に対し、恩恵ギフトを与え、繁栄の手助けを行うようになった。その行動は『神の遊び』であり『神の暇潰し』であり、信仰に対する『感謝の形』でもあった。

 少なくとも、多くの『神』が、この制約を受け入れた。いや、受け入れていたと、過去系で語るべきなのか。


「何か、文句はあるか?」


 神の中でも『原初の神』と呼ばれる、別格な存在。同じ空間に居た何人かの勇者と魔王は、その神が発する怒りに震えていた。

 理由はひとつしか思いつかなかった。神の力で『世界』を渡り、移住する手筈を整える使命を与えられた者たちは、いくら経っても目的を達成できずにいたから。

 何百年、何千年でも待つ事に慣れている神でさえ、現状の世界が崩壊していく様を見て、絶望し、焦りを感じていた。


 神の多くは、命が生まれ、それが終わる『循環』により、存在を保つエネルギーを得る。それ以外にも、信仰される事で得られる力もあったが、まず『世界が循環する事』が、何よりも必要な事だった。

 それなのに、世界は限界まで破壊され、自然には何も生まれず、死ぬ為の生物さえ存在しなくなれば、いずれ同じような終焉を迎える。寿命など無いに等しい存在だが、死という終着点は神でさえ逃れる事はできなかった。


 ここは、移動神殿『アークス』と呼ばれる、白銀の城。

 空を移動する要塞であり、中は外見より広い空間を持ち、生き物が住める独自の環境を備える神殿である。

 それは、ある神が魔王に貸した『ダンジョン』であり、現在はこの世界で生きる半数の生き物が集まる都市である。


 移動神殿『アークス』の所有者である神は、名をゴフェルと呼ばれている。勇者と魔王の無能さに呆れ、終焉を回避する為に、自ら力を使おうとしていた。


「でも、ゴフェル様……」

「なに?」

「『地球』にも、魔法少女という敵がいます」

 神はその言葉で、より機嫌を悪くする。

「そんなの、私の敵じゃない。そんなに私が、信じられないか?」

「い、いえ……そういう訳では」


 ゴフェルは、幼い少女の外見をしている。目は蒼く、髪は黒。衣服は修道服に近いものを着用している。

 それでも、この世界でゴフェルの事を、外見によってあなどったりする者は、誰ひとり居ない。

 睨まれれば、心すら凍りそうな恐怖を感じる視線。気配は希薄なのに、目を離せなくなる異様な存在感。これが『神』であると、誰もが理解する要素を持った、人の形をした異形。

 

「そう怯えるな。心配も分かる」


 神に意見をしたのは、自らが直接従える『魔王』であるが、全身に汗をにじませ、顔は青を通り越し真っ白になっている。神の怒りに当てられ、絶望した表情の魔王を見たゴフェルは、まずは安心させるために、可能な限り優しく声をかける。


「私が動けば、ここに住む者も巻き込まれる。その結果として、最悪の未来を想像するのも、お前たちからすれば当然」


 不安を顔に出してしまった者は、その言葉を受け、身を固くする。


「気にしなくていい」

 この神の本気を知る者は、既に死に絶え、数万年は経過している。それは、地上に記録があったとしても、朽ちて無くなるのに、十分な時間である。それをゴフェル自身も分かっているので、諭すように語りかける。


「力は使う。だがそれは、戦う為ではない」

「どういう事、ですか?」

 敵がいるなら、排除する。魔王は、その前提で考えていて、周りの勇者も、同様に考えていた。

 その様子に軽く失望しつつ、ゴフェルは話しを続ける。


「例えば……『守護者』とは大抵の場合、その『護るもの』に触れない限り、干渉してこない。この意味が分かるか?」 

「いえ……」

「私が言いたいのは、その『魔法少女』という存在が、何らかの守護者であるなら、守ろうとしている対象にさえ触れない限り、私たちに干渉してくる事はない、という事。現に、前回の世界でもそうだったが、魔王と勇者を地球につかわしただけでは、攻撃されてないのだろう? お前たちが魔法少女を狩ろうとしたり、破壊的な行動をした時に、敵として現れている」


 話を終えると、ゴフェルは移動神殿の『玉座』に座る。それは、ゴフェルが大規模な力を行使する際に、必要となる『儀式』でもある。


「私たちは、ただ『在れ』ば良い。そして『世界の一部』と認知されるまで、何をされても手を出さず、ただ耐えれば良い」


 幼い見た目の神は、暗く笑いながら声を出す。


「この壊れた世界で、死なないよう耐える日々に、満足している者はいるか? 守るべき『世界』は既に無く、神の縁類により、庇護を受けるだけのお前たちには、私を止める大義など、既に持ち合わせていないだろう?」


 ゆっくりと、白銀の城が輝いていく。暗く光が閉ざされた世界で、幻想的な光景が浮かび上がる。

 日差しが無くなった世界で、大気すら消失した空間で、地上から浮いて存在する天空城は、美しかった。


 そして、光に包まれながら、存在そんざいの『確率』が希薄になる。

 異なる次元への接続、この世界では、一部の神に許された『因果の操作』である。

 元から、その場所に存在していた痕跡を消し、異なる『世界』へと旅立つ事ができる神業かみわざ


 






 ――地球にて、その異変は起きた。

 東京の上空、直径一キロもある『城』が、突如として姿を現した。


 それは、瞬く間にインターネットで話題になった。

 直後に、政府は混乱を避けるという名目で、全てのメディアで情報の取り扱いを禁止。しかし、情報を封鎖するよりも、拡散する速度の方が早く、広範囲で見える位置にある『それ』は、全世界に知れ渡る。


 十五分後、米軍の戦闘機が付近の偵察を試み、見えない壁にはばまれ、撃墜する。

 ――その光景は不運にも、スマホで撮影されていて、全世界の知るところとなった。

 表向き、米国政府は沈黙。もし撃墜された事を認めれば、日本国内に出現した正体不明の存在へ攻撃する必要に迫られるが、偽の情報を拡散する形で、撃墜された事のみを米国政府は隠蔽する。混乱に乗じるように、一部の事実のみを書き換えるインターネットでの情報工作は、成功した。


 翌日、日本国内で外出禁止令をはじめ、有事さながらの緊張状態となった。

 関東では、主要な高速道路や鉄道など、ほとんどの交通機関は停止した。

 

 日本政府はこの事態に、対処を自衛隊ではなく、国連に要請する事を選ぶ。

 当然ながら、何もしない訳ではなく、自衛隊を国連軍に組み込む形で、米軍との多国籍軍を編成する流れになる。


 もちろん、批判は多く出た。国家として弱気であるとか、丸投げとの意見は多く出たが、結果的に悪くない選択とも考えられた。

 まず、動員可能な兵数が自衛隊では圧倒的に足りず、国内で戦闘する場合の法的な不備、有事でも無駄な議論で迅速さを潰すという、日本の悪しき習慣を考えるなら、この方法は最善に近いのかもしれない。


 近海では、潜水艦を所有する国連加盟国による、軍事行動が確認される。

 空・宇宙は、情報収集を試みる国の戦場のような様相となり、無人偵察機(ドローン)はもちろん、本来、異なる軌道にあった軍事偵察衛星が、日本の上空、限られた範囲の低軌道に投入される。

 外交による衝突、米軍基地に関連した軍事的な摩擦。まるで、戦時中のような状態となるが、それはまた別の話。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る