第42話 : 変化する日常


 ここ数日は、ライブ配信が出来ずにいる。


「早く次の配信がしたいな……」


 原因は単純明快で『空に浮かぶ城』が現れ、日本で戦争が始まったかのように、移動制限と報道規制が行われているから。


 インターネット回線も、ニュースサイトを閲覧する以外で使用不可能なレベルで遅延が発生し、しばらくは落ち着きそうもない。

 さすがに4日が経過し、物流が段階的に回復し、スーパーや日用雑貨など小売り店が営業を再開した。

 みんな自然災害的現象に諦めを感じ、違和感を抱えながらも新しい日常をスタートさせる人が大半だった。当初はSNSの書き込みが制限されていたが、今は回復している。


「冷様、今日もお越し頂き、ありがとうございます!」


 私は二日に一回くらいの頻度で、保護している理名の元へ、様子を見に来ている。

 本人から高校生だったと聞いていて、そうとは思えないほど会話が大人びているが、気持ちの面で心細さもあると考え、会いに来るようにしている。外出できるように配慮はしていて、見た限り精神的にも大丈夫そうに感じるが、まだ知り合って間もないので、言い切るには早いとは思う。


「来て、迷惑じゃない?」

「そんな事ありえません! いつでも、お待ちしております!」


 来るたびに、手料理を振舞ってくれる。

 一緒に机を囲みながら、他愛もない話をする。とても楽しそうで、私は聞き役に徹しているが、今までの人生について話をしてくれる。学校での話、私生活の話、そして特殊な境遇についての話。


「日本中、大変なことになっていますね」


 お茶を飲みながら、持ってきたお菓子を二人で食べる。

 膝の上にはシルフもいて、クッキーを口元へ近づけると、とても美味しそうに食べてくれる。

 頭を撫でると、くすぐったそうに身をよじりながら、頭を手のひらに押し付けてくる。滑らかな手触りが、とても心地よい。

 

「私も触っていいですか?」

「シルフ、良い?」

「いいよ」

 

 問いかけると、すぐ返事が返ってくる。

 そして、シルフは机の上に乗り、理名の近くへ歩いていく。

 確かに、ふわふわしていて、実際触っても、かなり質感は良く、触りたくなる気持ちは分かる。


 理名も『精霊』が付いている。

 最初に出会った時、私が生み出した新しい『精霊』を渡したが、黒い毛並みで小さな兎の姿をしたそれは、少し離れたところで私たちを見ているだけで、反応を示さない。人格は私をベースにしてあり、感情や思考もあるはずだが、詳細は自分でもよく分かっていない。

 案外、私がいろんな事に対して面倒だと感じる性格なので、そういう性格を受け継いでいる可能性はある。


「そういえば理名、着物の着付けとか出来る?」

「出来ますよ」

「この前、配信の事を話したけど、それで使う着物の、着付けをお願いしたいの」

「是非、私にやらせてください!」


 暇をもて余すのも、精神衛生上よくないので、何か頼もうと思っていたのだが、予想していたより、乗り気で私の方が驚いてしまう。


 話がひと段落して、私は理名が出してくれたお茶を飲み一息つく。同じタイミングで、理名もお茶に口をつけていた。

 まったりとした雰囲気の中で、私は理名に伝える事を思い出した。


「話は変わるんだけど、もしかしたら、近い内に理名の力を借りるかも」


 数日前、私は空に現れた城を眺めていた時に、敵の視線を感じた。

 そんな事があったので、理名の力を借りる場面があると思った。

 一度、理名の持つ『神』の力に触れたので、それがどういう性質か知っている。

 無限に沸き続ける、超常の力。それが必要になると直感が告げて来る。魔法少女の特性なのか、そういう直感は割りと外れない。


「冷様の為なら、私は何も惜しみません」

「……ありがとう」


 唐突な言葉にも関わらず、すぐに返事が返ってくる。

 疑う余地のない、本気の発言。それがとても、愛が重く感じつつ、頼もしくもあった。


 その後も、会話を楽しみながら、他愛もない一日が過ぎていく。

 こちらが戸惑う事もあるが、理名と過ごす一日は、とても楽しかった。



 半日くらい過ごした後、私は自宅に帰る。

 といっても、理名の過ごす空間から帰るのは、一瞬だったりする。

 携帯を確認すると、夏美からメッセージが届いていた。理名の所へ行く前、安否を確認するメッセージを送っていた。

 理名のいる空間では、そもそも電波が届かないので、帰るまで携帯が使えなくなる。


『私は元気です。冷さんも元気ですか?』

『大丈夫。元気だよ』

 

 この騒動で、学校が休校になり、ほとんど家で過ごしているらしい。

 夏美の両親は、この騒動で東京から離れるか、検討しているらしい。

 確かに、子供がいる状態で、未知の物体が近場に現れたら、誰もが避難などを検討するだろう。

 地方ではその影響で、ホテルや賃貸などの予約が埋まっていて、特に賃貸や借家の相場は上がっているとニュースで取り上げられていた。


『また、冷さんの声が聴きたいです』

『夏美がよければ、今度カラオケでも行かない?』

『え! 行きたいです!!』

『もちろん、世の中が落ち着いたらね』

『はい!』



 ふと誘ってから、手が止まった。前までの私なら、年が離れた年下の女の子を、カラオケに誘うなんて考えもしなかった。むしろ、夏美との年齢差を考えたら、色々と問題がありそうとしか思わなかったはずだが、自分でも驚いていた。

 あまり深く追求してはいけない気がして、自分で動揺しながら、他愛もないメッセージのやり取りをする。

 お互い近況を報告しながら、その日はやる事もないので、早めに寝るのだった。

  




 

 ――数日前。


 私は自宅の窓から、何も考えず空を眺めていた。

 視界の中には、突如として現れた『空に浮かぶ城』が見える。

 東京では、政府が外出禁止の勧告を出していて、それに従って外出を控える人と、一刻も早く東京から離れようとする人の、二通りに分かれていた。

 

(あれは大丈夫なモノなのかな?)


 少なくとも、私の直感は今のところ、あれが無害だと訴えている。私の直感は、何故かそこそこ的中する。

 それでも、視界の位相をずらして凝視すると、幾何学模様の魔法みたいな力が、蜘蛛の巣みたいに巡らせてある。普通に考えるなら、拠点を防衛する力なのだと推察できる。

 断片的に見えるのは『生存』を約束する『因果』で、どちらかといえば私の力に似ている気もする。


(……見られた?)


 その城を直視すると、向こう側から同様の位相での視線が向けられる。

 つまり、シルフや私と同じように、空間を認識できることを意味している。


(ミスったかな……)


 一応、相手からの敵意は感じられない。転移してくる気配も、今のところはない。

 よく「深淵を覗く者は――」という、哲学者が残した言葉があるが、まさに視線が通っていれば、相手から見えるのは真理ではあると思う。

 悠長な事を考えつつも、私が困惑していると、向こう側でも気付かれたことに困惑する雰囲気が伝わってきた。

 しばらく視界を遮断し、周囲を警戒していたが、結局その日は何もなく終わった。

 インターネットが接続しずらくなり、電話回線も混雑していて繋がりにくくなっているせいで、とても退屈な事くらいしか、生活に影響は出ていなかった。


 一応、両親に電話をかけてみたが「回線が混みあっています」という、電話会社のアナウンスが流れるだけで繋がらず、メールで生存を伝える連絡だけすると、しばらくして返事が返ってきた。

 メールなら、多少の遅延があってもしばらくすれば届く。


 空に城が現れた当日は、平日の昼間にも関わらず、屋外に人がたくさんいて、空を指さしてざわついていた。

 テレビやラジオ、警察車両などが動員され、政府からの外出禁止を宣伝して回っていた。


 世界は、負の感情で満ちていた。

 将来への不安、未知への恐怖。それとともに高まる、人々の不満。

 人間は時に、理性よりも感情が優先される事がある。

 みんなが苦しいと分かっていても、自らの器を超えた感情の高まりで、暴力的になったり、逆に無気力になる事がある。


 世界がどうなるのか、それを知る者は、まだ誰もいなかった。


 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る