第40話 : 片桐 理名の日記(裏話)


 生まれた事を後悔してしまう程の痛みが、この世界には存在する。私はそれを、身を持って味わった。


 何をされたか。それを語るには、まず一本の剣について語る必要があるだろう。

 まず、私が持っていた天之尾羽張あまのおはばりというのは、日本神話に登場する、神を殺す伝承を持つ剣である。

 それは、伊邪那美いざなみ伊弉諾いざなぎという二柱の神様の間に、何番目かで生まれた『火の神』がいて、その神様を産んだ事が原因で、母である伊邪那美いざなみが死んでしまう。その事を恨んだ父である伊弉諾いざなぎが、火の神を殺す時に使った剣が、これなのである。その話自体は、私は前から知っていた。


 しかし伝承とは、何かしらの元となるエピソードが存在する事が多いが、私が持っていた剣はまさに、それに近い現象を引き起こした。

 言葉にすれば、身を焼かれ、腐り、そして新たな神を産みだす生贄となる。そんな所だと思う。


 まず、身体からは炎が上がり、神経を一本残らず焼き尽くす痛みが訪れる。しかし、肉体は神となる為に強靭さが追加され、焼かれる端から異常な治癒ちゆの力が働き、全身に終わることない激痛が走り続ける。

 耐えられる痛みではないが、それだけなら、まだ良かったかもしれない。


 次に訪れたのは、肉体が腐り、むしが沸き始める。

 これを見た瞬間、心が頭の奥に吸い込まれるような、耳が遠くなり、視界がかすんで、心が全てを拒絶する胸のつかえを感じた。

 多分、心が壊れたのだと思う。

 肌の下からうごめくような感覚がして、肉体が作り変えられた事で、焼かれながらも神経が再生して、触覚を取り戻す。感じるだけでも嫌なソレが、見えてしまった瞬間に、思考が鈍くなり、目から入る情報が意味を失い、私は意識を失った。そのはずだった。


 しかし、私の身体に宿った新しい力は、心が壊れる事を、許しはしなかった。

 次の瞬間には目が覚めて、現状に関する正しい記憶が、頭に直接インストールされる。

 思い出すと、今でも気分が悪くなる。


 痛い。

 死ねない。

 終われない。

 嫌だ。

 もう無理。

 無理。

 無理――。


 

 この世に、これ以上の地獄なんてない。

 産まれて来た事を、今日までに死ななかった事を、私は後悔していた。

 死にたい。誰か、殺して欲しい。




 ――そんな時に、私を救ってくれたのは、冷様だった。

 あの情景じょうけいを、終わらせてくれた救世主。


 例えどんな事があろうとも、あの人の為に、この命を捧げたい。信念も、何もかもを。持てる全ての力を使って、冷様を支えていきたい。


 きっと、今まで特殊な環境で育った私の持つ知識や経験は、この時の為にあったのだと、そう思う。

 まだ一回しか会っていないけど、新しい生をくれた冷様こそ、私にとっての唯一神であり、全てを捧げる主君なのだと。


 私は初めて、忠義という感情を、理解したのだと思う。

 

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