第29話 : ある日の配信風景
私の原点は、何だろう? 私は配信の準備をしながら、ふと考えていた。
思い当たるのは、多分、十年くらい前に見た光景が、今でも脳裏に残っているからだと言える。それは、現実には存在しない『青い少女』を、最新技術を使い、まるでそこに存在しているように見せる音楽イベント。声が出ないほどの感動と、周囲の雰囲気が熱気に満ちていたのを、今でも覚えている。
形は違えど、私が目指す方向は、あの時に見たライブに影響されているだろう。
それまで『青い少女』は、多くのアーティストが創造し、個性を付け、視聴者は好きな『理想』を選び取るだけの存在だった。総体としては同じ容姿をしながら、十人に聞けば、真逆とも呼べる無数の人格が出てくるほどに。例えば、少女が清楚であると言う者がいれば、妖艶であると言う者もいて、奇抜であると評価する者もいただろう。
あの会場にいた時は、とある理想が、現実になった瞬間であると感じた。これが私の境遇に、重なって見えたのかもしれない。
「いつか私も、あの場所で踊れたらいいな……」
だが、私が選んだ魔法少女の姿は、あの時の少女ではない。別の個性として、今この姿こそが、私であるのだと確信を持って言える。それは最新技術を使わなくとも、この世界に存在することのできる、まぎれもない『理想』であり、鏡の向こうに存在している。
「さて、今日はゲームをやっていこうかな」
珍しく、というよりは、配信では初めて、歌や踊り以外のライブ配信をしている。
元々、私は『FPS』と呼ばれるジャンルのゲームを遊んでいて、それは一人称視点(プレイヤー目線のカメラ)で行われる、シューティングゲームである。
スカートの上でコントローラを持って、ヘッドフォンを被り、ピンマイクを胸元に留めている。パソコンでゲームを起動しているので、普通であればキーボードとマウスで操作するが、私はゲーム機で遊ぶ時間が多かったので、パソコンで使えるコントローラーを繋いでいる。少数派ではあるが、同じスタイルの人は、一定数いたりする。
ここで、配信する機材を紹介すると、まず手元を映す為のカメラがあり、表情などが分かるように上半身を映すカメラも用意している。
それらの映像をパソコンへ取り込む為に、カメラからパソコンへケーブルが繋がっている。
パソコン側では、ゲームを起動している事はもちろん、カメラ映像とプレイ画面をライブ配信に映す為の、専用ソフトが動いている。
今では誰もが無料で、配信環境を整える事ができる。映像を配信用の形式に変換したり、画面構成を自由に操作したり、演出効果を追加する事の出来るソフトが、無料で手に入る。
もしこれが、プロゲーマーが行う配信であれば、ゲームをプレイするものとは別のパソコンへ映像を出力をしたり、プレイングに影響を与えないような機材構成をするが、私はそこまでする必要もない。
(新しいパソコン、買っちゃった……)
元から、それなりのパソコンは持っていたが、配信機材を充実させたり、最新のゲームをするには性能が不足気味だったので、すこし奮発してパソコンを新調してしまった。予算としては三十五万円ほどであり、その半分はグラフィックボードと呼ばれるパーツの値段が占めている。
ディスプレイは三つあり、ひとつは配信ソフトや音声に関する操作画面を表示し、中心の画面はゲーム画面を開き、最後のひとつには自分の配信とコメントを表示している。
難しい話はここまでにするとして、明らかに普段と違う事がひとつあり、それは、配信にコメントする視聴者の層というか、年齢であったり男女比などが違ったり、ジャンルが変われば、コメントの質も変化する。シューティングゲームでは、そのゲーム性もあり、過激なコメントも少なくはない。
あとは、配信するサイトにもよるが、ある程度の視聴数がある配信というのは、同じジャンルで配信している人よりも検索の上位に表示されたり、トップ画面に掲載されやすい傾向がある。
SNSであらかじめ、普段とは違うジャンルで配信をする事を告知したことで、それでも五分で約千人ほどの視聴者が見てくれた。この時、サイト側で視聴者の誘導が行われる。例えば、シューティングゲームを普段、視聴している人たちが、サイトを開いた時に『盛り上がっている配信』として、目立つ位置に表示されやすくなる。
『可愛い』
『なんだ、この女』
『冷さん、頑張って! 内容は分からないけど』
海外のゲームでは、ジャンルによっては『ライブ配信』や『動画』を撮ることを、公式に許可している事例が増えてきた。最近では、パソコン以外のゲーム機本体に配信機能を付け、配信されたくない場所だけをソフト側で遮断し、それ以外を許可範囲としている場合もある。
プラットフォームとして、特定の販売サイトから購入したゲームをプレイした場合に、包括的に『ライブ配信や動画化することを許可する』という規約が適用される事例もある。
日本でも、公式が指定した条件を守ることで、配信や動画投稿を許可する取り組みや、人気配信者に発売当日から宣伝を依頼するケースも増えてきた。
「コメント、ありがとう。普段とは違う配信だけど、よければ見ててね!」
全てではないが、目についたコメントに、返事をしていく。いつもより視聴者との距離は近く感じる。
私は久しぶりのゲームで、テンションは少し上がっていた。
ゲームの中では、操作するキャラクターが武器を持ち、特定のエリアを占領するという、ゲームモードを遊んでいた。
だが、気分とは裏腹に、コメントは不穏なものが、ちらほら上がってくる。
『こいつ、敵の位置が最初から分かってない? ハックしてる?』
『まじか、一発も外してないように見えるが』
『別人が裏にいて、操作してない?』
『いやでも、操作する手元に違和感は無いよ……』
(あっ……やばい)
張り切りすぎて、ひとつ忘れていたことがあった。コメントを見てミスに気付いた瞬間、ゲーム内でも動きが止まり、キャラクターが倒される。
『集中が切れたか?』
魔法少女の状態では、知覚や反射、判断能力すらも強化される。相手に一度も倒されない訳じゃないが、目や耳で得た知覚情報と、ゲームに表示された戦術情報を横目で見ただけで理解したり、味方が倒された場所から敵の位置を予測、物陰から出た瞬間に反撃するなどの芸当を、百発百中の精度で行ってしまう。
「今日は、調子が良いかも?」
(誤魔化せるかな……)
ゲームといえば、体力や運動能力は関係ないと思われる事が多いが、瞬発力や思考力、反射速度は必要とされる。
時々、SNSなどで議論が起きる事もあるが、海外などでは近年、競技性の高いゲームのジャンルを「eスポーツ」と呼び、スポーツとして認識されてきた。注目度が高いものでは、賞金総額が100億円を超える大会すら存在する。
ライブ配信では、スタープレイヤーともなると、年間に10億円以上の投げ銭が行われる事例もる。日本、あるいは海外でも、ゲームと馴染みが無い人達は、パソコンゲームをスポーツと呼ぶ事を嫌う傾向もあるが、私はそうは思わない。
(勝ちすぎた……)
多人数が参加するゲームにおいて、個人の活躍が大局に与える影響は、確かに存在する。倒した数を競うモードでは、二位の一般プレイヤーと倍以上のスコアを付けて、勝利するプロゲーマーというのもいる。
だが、そのゲームにおいて無名の配信者が、それも目標を奪取するというルールにおいて、それを成すことは奇異に映る。その上で被弾は少なく、無駄玉もほとんど使ってない。この人がいるから勝利したのだと、素人が見ても分かる活躍をする。
『excellent』
落ち込んでいいのか、喜んでいいのか分からない心理状態のときに、ひとつのコメントが投稿された。それは、投げ銭が行われた事を示す、強調コメントだった。単位はドルであるが、あまり見たことの無い桁になっていた。
嬉しくない訳じゃないが、私はもう、ゲームをする気分ではなくなって来ていた。
(そういえば、数日前に仕事を辞めたんだっけか)
今は関係ないはずなのに、考えてしまう。
数か月前から、会社には退職の相談をしていた。私は仕事を辞めて、配信で得た収入で生きていくと決めた。何故辞めるのかと、多少は上司と揉めたが、最終日はトラブルもなく淡々と過ごした。
普通に考えれば、一般的ではない生き方をするのは、茨の道であるし、安定とは程遠くなる。例えば、いつでも配信できる心理状態・体調であるとは限らないし、同じような内容で配信を続けていく事でも、飽きられたらそれで終わりかもしれない。些細なことで、炎上する事もある。
最近では、職業として認められてきた、とはいえ、誰かに自慢できるかと問われたら、疑問符は着く。私の場合は、素性も関係している。魔法少女であるなんて、誰にも知られる訳にはいかない。
それに、既に親元は離れているが、仕事を辞めた事を、親に報告できてない。辞めて何してるの? と聞かれるのが怖くて。
「みんな、来てくれてありがとう。今日は、ここまで」
カメラの前で、手を振って挨拶をする。開始から一時間ほどのタイミングで、適度に切り上げる。
今回の配信で、SNSのフォロワーが増えていた。配信を止めた後に、自分の配信が停止している事を見届けてから、ブラウザでSNSを確認したら、通知がたくさん来ていた。
「難しいな」
思い付きで、事前に試さず新しい事をやってみたら、魔法少女としての力を見誤っていた。この姿で何かをやると、明らかに常人を超えたパフォーマンスを発揮する。歌が上手いとか、踊りが上手とか、それくらいなら問題ないが、ミスが無い事が際立ってしまうとか、人間離れした芸当を配信で当たり前のように見せてしまうのは、問題がある。
視線を反らしてみれば、布団の上で眠ってる白いもふもふが見えた。
私はそっと、邪魔しないように、その隣で横になる。世界で最も安全であるかのように、リラックスしている兎が、そこにはいた。
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