第28話 : 世界の危機と、破滅(未遂)


 目が覚めたら、満天の星空を見上げていて、右手には杖を持っている。

 フィクションの世界では、しばしば不思議な現象が起こるけど、本当に起きる事だと思う人は誰もいない。それが私の前では、頻繁に起きるようになってしまったのは、幸運なのか不幸なのか判断がつかない。


(この状況、なんだろう)


 私は、家で寝ていたはずなのに、なんで野外にいるのだろう。

 一瞬だけ疑問を心の中で思い浮かべたが、本当は目を覚ました瞬間から、分かっている。世界が『願った』ことなのだと。

 神様なんて、この世界にはいないし、必要もない。だけど人々が望めば、そこには理想の英雄かみさまは生まれてしまう。

 例えるなら私は今、人間が定義する『世界』という曖昧なもの、人間の無意識ともいうべき『神様』という概念によって、人類を『救う』ことを願われてしまったと、そんな状態だ。


「私は今、すごい不機嫌なんだけど?」


 頭上には、大きなヘリコプターが、静かに浮かんでいた。下を見れば、時代を間違えたかのような、剣や弓を持った者たちがいる。暗闇の中なのに、私の目は全員の姿が見えている。


(世界が終わる瞬間って、きっと前触れとか何もなくて、唐突に訪れるのかな)


 遠い空の向こうから、誰かが私を見ている気がする。海も、陸も、刺すような気配が『この場所』に向けられている。

 ある天才科学者も言っていた気がする。もし、第三次世界大戦が起きるとしたら、それは用意されたものでなく、些細なきっかけが生み出す偶然なのではないかと。


「ゴー!」


 私の耳は、確かに頭上から聞こえる声を拾った。


(ここに、滅びの気配が満ちている)


 どういう物語なのか、私には見当がつかない。今まで見てきた映画に例えるなら、頭上のヘリには特殊部隊員が乗っていて、下には異世界からの勇者や魔王がいるとか。それが戦闘になって、何かが起きるくらいの想像しかできない。

 ここは日本であると分かる。でも星空は綺麗に見える。周囲に明かりが無いのだろうか、しかし、田舎という風にも見えない。不思議な空間である。


(情報が少なすぎて、何が起きるかも想像できない。もし理解しても、解決できる頭の良さを持ち合わせてないけど……)


 私の足元には、いつの間にか『聖域』が展開されている。今まで、考えもしなかったが、それが空中での足場になっていた。今度、これで空を歩いてみるのも、一興かもしれない。

 そんな考え事をしていると、頭上のヘリコプターから、人が降ってくる。


(聖域:最大展開)


 私が最大出力で聖域を使うと、周囲はまるで朝だと思えるほど、閃光で溢れかえる。

 ロープを伝って空中から降ってきた人たちが、私の高度で何かにぶつかって止まる。黒い服に身を包んでいた者たちの中には、空中で転倒する者がいて、不可思議な現象に困惑した声を上げていた。だが、私の姿を確認すると、異常性を感じたのか腰に下げてあった銃器を、向けて来る者もいた。


「魔法少女……」


 下からの呟きも聞こえる。そちらも臨戦態勢を整えていて、明確な殺意をぶつけてくる。誰からも、私の存在は歓迎されていないのは理解できる。

 

「動くな!」


 私は声をあげる。下を見れば、勇者と思われる一人が、剣に手をかけていた。

 すぐにでも、私のところへ飛びかかろうとしていた。だから、ひとつの魔法を使う。


(魔法:白銀に輝く神の居城グリトニル


 聖域の範囲に居た者、全員が直後、身動きひとつできなくなる。武器を構えていた者は、意志に反して構えを解く。

 この魔法は、近くにいる者たち全てが、私に対して攻撃を行えなくなる魔法。範囲外からの攻撃には意味はないが、私を亡ぼせる可能性がある者以外は、攻撃という行動がとれなくなる。他者、あるいは範囲内にある者の『意識』と『因果』を操る魔法ともいえる。私が望まない結果を、引き起こせる可能性を持たない者は、何もできずに身動きを封じられる。

 デメリットとしては、この場での出来事は、周囲で監視している者には見えてしまうし、映像としても残されてしまう可能性がある事だろう。


「滅びの気配が消えない……」


 この場にいる全員の行動を制限した。それでもまだ、何かが起きる気配がする。


「Look at that(あれを見ろ……)」


 空から、何かが降ってくる。あれは何だろうか。

 まるで流れ星のように、遠くから何かがこちらに近づいてくる。近づくにつれ、明らかに目で追える速さを超え、一直線に私がいる場所を攻撃する為のものだと直感が告げてくる。


(魔法:永久に不滅の光フェブルウス


 右手を、こちらに落ちてくる物体に向ける。それは、こちらに届く直前に、光に飲み込まれて消えてしまう。

 これは私が作った『攻撃魔法』である。全てを飲み込み、永遠に出ることのできない、異空間へ閉じ込める魔法。生き物に使えば、身体を光の速さまで加速させ、それでも死ぬことや気絶することも許さず、永遠の苦しみを与える魔法。

 欠点としては、無機物に使用する分には、この場から消すという事象のみが意味を持つので、過剰すぎる威力であることくらいか。


「まだあるの?」


 一分ほど、油断なく空を見上げていると、先程とは比較にならない数の攻撃が飛んでくる。それでも、こちらに届く前に消してしまえば、何も起きない事と同じである。

 周囲では、息を飲む声も聞こえてくるが、私には何が来ても、脅威と感じることはなかった。本格的に、人間を辞め始めている気がする。


(どうすれば、この攻撃は止むか)


 更に十分後、ものすごい遠くから、私に対する殺意が感じられる。ここに居ない誰かから、私が脅威として認定されたのか、世界地図で言えばワシントンあたりから、熱烈な敵意を感じる。

 不思議なことに、実行犯、計画犯の居場所が、おおよそ頭で分かるようになっていた。転移を繰り返したことで、距離感と、頭の中で思い浮かべた地図とを合わせて、どこにいるかも理解できるようになっていた。


(この人たちを全員、転移で送り届ければ静かになるかな?)


 例えば、何をされたかも分からず、全てを無力化すれば、誰でも力量差を理解するだろう。

 おそらく、ミサイルであろう攻撃にも、先程の感覚で慣れてきたのか、次が太平洋の真ん中あたり、何もない海上から放たれる気配がする。乏しい軍事知識だが、いわゆる巡航ミサイル潜水艦とかそういう類からの攻撃かもしれない。


「発射してすぐ消そうか。上空で爆発されても嫌だし」


 攻撃の気配を感じてから、まず、送り込まれた人たちを全員、無傷のまま指揮官と思われる人物のもとへ転移させる。もしそれが、某国大統領の御前だったとしても、本人たちには気の毒だが、自業自得と思ってもらうしかない。

 真下では、私のことを射殺さんばかりに睨む人たちもいるが、脅威でもなんでもないので、とりあえず放置する。せめて、私を殺せるようになってから、出直してほしい。


(というか、一歩間違えれば、世界大戦が始まってたのかな?)


 今更ながらに、重大な場面に居合わせている気がするが、考えても自分が干渉できる規模を超えていたら、それは意味が無いことと同じだ。私が本気を出せば、色々と出来そうな気もするが、個人で全てが出来ると思い上がるほど、自惚うぬぼれるつもりもない。

 そうしている内に、視線は消えていないものの、攻撃の意図が感じられなくなっていた。


(私に対する敵意が消えた?)


 周囲に満ちていた『世界の危機』を感じさせる気配が、消え去っていた。


「もう仕事は終わったし、帰ろうかな」


 勇者や魔王は、とりあえず放置する。夢遊病みたいに、自覚がないまま転移してしまったが、今後もこういう事が増えたら、面倒だとは思う。


「まさか、世界が滅びそうになる度に、私の出番になるの?」


 嫌な考えが脳裏を駆けるが、もう寝ようと、心に決める。

 何事もなく終わったので、自宅に転移し、布団に入る。

 誰も死ななかったし、何も壊れなかった。それで良しと考えることにした。


 余談だが、世界のどこかの地下会議室に、突如としてヘリコプターが現れ、人的な損傷こそ無かったものの、原因が分からずパニックになる政治家や軍人がいたらしい。


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