第25話 悪夢
(嫌だ、聞きたくない……)
頭の中で、絶望した人々の『声』が聞こえる。あの日、地獄のような場所を歩いてから、私は寝る度にうなされるようになった。
(お願いだから、黙って……)
人が絶望した時、声にならない
単純に死ぬだけなら、人間はそれほど絶望を感じる事はない。寿命が短くなっても、残った時間を有意義に使おうと、人は前向きになれる。命より大切にしている『何か』が壊れるか、文字どおり命を懸けて追い求めている『夢』や『希望』があるなら、失意や絶望を知る機会は訪れるかもしれないが。
(苦しい……)
だが、それでも人間が絶望するとしたら、死ぬよりも残酷な未来を知り、それでもなお回避できぬと理解した時か、あるいは、終わらぬ苦しみを目の当たりにして、自分にもそれが降りかかると分かってしまった場合。
例外はあれど、全てに共通しているのは、何かを『理解』するほどの知能を有しているから、絶望に至る。幸福であると錯覚する事ができないほど、賢さを持ってしまっている事に由来するのだろう。
では、知能を放棄すれば幸福になれるのか? それも否である。痛みや苦しみを素直に感じることも、賢さから痛みを想像して苦しくなることも、生物である以上は避けられない真理なのである。
(誰か……助けて……)
ふと、首元に暖かさを感じた。何かが私の事を、ぺちぺちと叩いている。
「冷、起きて……冷……」
「ん……」
眠りから覚める不快感を感じるが、それよりも悪夢から逃れられる安心感が勝る。シルフが私の首元に来て、顔をぺちぺちと前足で叩いて起こしてくれた。
(今は、二時三十分か。まだ朝になってないのか)
あの事件があった日から、私は夜に悪夢を見るようになった。
理由は分からない。そもそも私は、魔法少女になってから痛みや悲しみを感じる事は少なかったはずだ。夏美をかばって怪我をし、反撃で相手を殺した時も、血溜まりの中で、たくさんの死体を目にした時も、特に何も感じなかった。
なのに、寝ている時は幾度も、あの日の記憶がフラッシュバックする。
シルフはそれを察しているのか、寝ようとすると私に寄り添い、互いの体温が感じられる距離で
――あの時、もっと早く解決していれば、沢山の人を救えたのではないか?
思い浮かぶのは、その問いばかり。時間が経過するほど、思い出す頻度は減っていると思うが、あの日の夜は酷かった。
(私はそんなことを、気にする人間じゃない……)
深呼吸しながら、シルフを抱きしめて布団を被る。最近はあまり眠れていないが、それでも変身している時間が長いからなのか、身体的な調子は悪くない。
「今日は、配信しようか。服も今日、届く予定だし」
私は小さく、そう呟いた。シルフを抱きしめながら、せめてもうひと眠りするために、目を閉じながら。
時間指定で、夕方に届くよう指定していた荷物を受け取る。段ボールを開けると、黒いケースに入った衣服がある。私はそれに着替えて、配信の準備を開始する。
慣れたとはいえ、鏡の前で自分自身が着替える姿を、目の端で追ってしまう。自分自身と目が合うと、何か背徳感を感じてしまう。
「さて――」
カメラの電源を入れ、パソコンと繋げる。配信ソフトのプレビューに映る自分を見ながら、最後に身だしなみを整える。
――あの事件が起きてから、最初のライブ配信となる。
結局、黒い霧で覆われた場所では、死者・行方不明者は一万人を超え、原因は不明と言われている。近隣からは、大量の死者が出た不気味さから、移住を希望する住人が多いとニュースになっており、テレビでは連日のように、自称専門家やコメンテーターと呼ばれる人たちが、憶測を語っている。何が起きたかも知らないのに。
「今日は、心を込めて歌います」
――目を
私は、あの地獄のような光景を思い浮かべながら、せめてあの人たちが、安らかに眠れるよう祈りを捧げる。そして、静かに歌う。
(今日は、アカペラで歌う)
私は今、洋風の喪服を着ている。顔には黒いレースがかかり、表情は分かりにくいと思う。いつもの派手さはなく、ドレス風な喪服を選んではいるが、地味な印象で彩りは皆無だった。本当に、ただ喪服を着ているだけの状態になっている。
「――」
私が歌っているのは、パブリックドメインと呼ばれる『知的財産権が消滅した』状態の曲である。例えば『蛍の光』や『きらきら星』など、ずっと昔に作者が亡くなっていたり、みんなが一度は聞いた事があるような曲を、今日は歌っている。
(私はもっと、沢山の人を救えたのではないか?)
配信では、数字上は多くの人が見ているはずなのに、コメントは少ない。曲が切れるタイミングで『泣けた』とか『感動しました』と、無数のログが流れるので、人がいない訳ではないのに。
(深く考えるのはやめよう。時間が経てばきっと、こんな気持ちは忘れられる)
今回は『追悼ライブ』と配信のタイトルは付けていた。
だけど、配信画面を確認している時に思うのは、アイドルや歌手がする『追悼ライブ』とは、少し違う気がする。
例えば、アイドルの中にも、今回の事に便乗ではないが、似たような配信やイベントを行っている人達もいた。それでも表面上は、喪に服した格好をしていたり、切ないバラードを歌っていても、目的としては『ファンを励まそう』という意思を感じる。普通に考えたら、その方が健全なのだろう。
(私のは、葬式みたいな配信になってる……)
例えば、教会ならミサであったり、地震や災害の慰霊式典で歌われる国歌のような、茶化す余地の無い、重いものになっていた。
それは、伴奏の無い『アカペラ』であり、静かな曲ばかりを選んでいるのもある。どこか、鎮魂歌のような雰囲気すらある。
乗せている感情が『当事者としての後悔』とでも言えばいいのか、努力すればもっと手を差し伸べられたという、自分らしくない正義感を振りかざした、傲慢なものであるのも理由だろう。私は『英雄』という器でもないのだから。
――ふと、長文のコメントが目に入る。
『もしかして、誰か親しい方を亡くされたのでしょうか? 冷さんの歌を聞いていると、涙が止まりません』
(違う。そうじゃない……)
レースに隠れているが、人に見せたくない、微妙な表情になっている気がした。さりげなく後ろを向いて、静かに深呼吸をする。ついでに今日、歌うつもりだった最後の曲の歌詞を、パソコンの画面に表示させる。
「最後は、この曲です――」
やはり、目を瞑りながら私は歌う。
配信前にアカペラで歌う練習をした時、冷としての声は、透き通っていて聞きやすいと思った。特にアカペラなんて、歌唱力や声質が上手くマッチしないと、聞けたものではなくなる。
(これが私の、理想の『声』なんだと、改めて思う)
心地よさと、安心感を得られる歌声。
自分でも単純だと思うが、そう意識しただけで、ここ数日の悩みが晴れるような気がした。自分ではどうしようもない事を考えても意味はないし、この『魔法少女の副作用』みたいな精神作用も、私が理想の声を手に入れる代償と考えれば、安いものだと感じる。
「よければ、次回の配信も来て下さい。それでは――」
私は私の、生きたいように生きる。だけど寄り道のように、時には誰かへ手を差し伸べることもあるだろう。それを否定しても、今のように辛くなるだけなら、自分が何かを失わない程度に、魔法少女としての『本能』を受け入れようと思う。
「もう、大丈夫だよ」
腕の中で、心配そうな眼差しを向けてくるシルフを撫でながら、私はパートナーを慰めるように言葉を掛ける。この白いウサギだって、最近は私の事を心配して、あまり寝れていないのを知っている。
「ごめんね」
今日は、いつもより早く眠りについたが、この日は悪夢を見ることもなく、目が覚めてもすっきりとしていた。
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