第26話 : 勇者たちに残された時間 (裏話)


「作戦は、順調だ」

「そうね」


 勇者ローランは、弓を背負った少女と共に、東京のある場所へ向かっていた。表向きは自衛隊と警察により封鎖されている都市、路上から中が見えないようにフェンスで取り囲み、中で起きたことを隠蔽いんぺいしている場所。実情としては、米国が指揮を執り、米軍と自衛隊による原因調査が行われており、周辺は民間人が思っているよりも厳重な監視体制が敷かれている。


「魔法少女の介入は、想定の範囲だった。投入した魔王と勇者が、全滅するとは思っていなかったが。それでも、私の計画に狂いはない」

「人間って、恐ろしいわね。貴方を見ていると、それを実感するわ」


 日本であるはずの場所では、本来は最前線に投入される『前哨ぜんしょう狙撃兵』が配置され、周囲の警戒を行っている。上空には無人航空機、さらに偵察衛星が静止軌道に配備され、近海にはイージス艦と米空母艦が、演習という名目で航行していた。


「この世界のインフラを利用できる都市が必要だった。社会から孤立した土地でも良かったが、それでは移住したところで、我らの民を安心させる事は出来ない。為政者に侵略だと思われてしまえば、空爆の恐怖に怯えながら生活する事になってしまう。ここの人類は、魔法や異能を捨てる代わりに、種として比類なき武力を手に入れている」


 弓を背負った少女は、ローランが語り終えると同時に、輝くように姿が変わっていく。まるで、御伽噺おとぎばなしに出てくる『妖精』のような衣服を着て、背中には淡く光る翼のようなものが、六枚ほど出現していた。

 

「そんな事はどうでもいいけど……。メアリーの生贄に差し出したのは、貴方の弟子だったのでしょ? よく平気な顔をしていられるわね」


 ローランは、自衛隊が敷いている封鎖へ近づいていく。封鎖された都市への入口は五か所ほどあり、その内の一つに、勇者ローランと弓を持った少女は歩み寄っていく。

 

「止まれ!」


 封鎖した入口を警備する人たちは、ローランと少女が武装している姿を確認すると、緊張したような表情で停止の警告を送ってくる。それでも二人は、無言で歩みを止める様子は無い。

 二人に一番近かった人物は、異常な様子を感じ取り、腰にある拳銃を抜く。背後では、無線を行う人物たちがいて、ここではない別の場所へ異常を伝えている最中だった。


「っ……」


 ローランは、銃口が向く直前、左手に持っていた剣を抜く。目の前の人物の下脇腹から左肩にかけて、逆袈裟ぎゃくけさに相手を両断する。周囲に血飛沫が舞い、空気が凍ったように誰もが言葉を失った。


「て、敵襲! 総員! 迎撃せよ!」


 指揮官とおぼしき人物は、それでも三秒で立ち直る。それだけで、死んだ一人を除いて全員が行動を開始し、武装を構える者、本部へ連絡する者、後ろに下がりバリケードを敷く者と、普通とは思えない高い練度を発揮していた。


「これくらいで、勇者は死なない」


 ローランは背後から、自らを殺そうとする意志が迫ることを感じる。それが、最も冷たく研ぎ澄まされた一瞬に、振り返りながら、右手で抜いた『聖剣』で一閃いっせんする。

 ――轟音がする。

 噂に聞く『狙撃手スナイパー』だろうと考えながら、ここに来てからずっと感じていた視線の正体を悟る。

 聖剣から伝わる衝撃は、勇者にとって珍しくはなかった。元の世界において、遠距離からの重い一撃なんて、数千回はさばいてきたのだから。


「セレネ、殺せるか?」

「この世界の単位だと、五百メートルってところかな? 簡単だよ」


 セレネと呼ばれた少女は、背負った弓を構えると、そこには光の矢が三本、つがえられていた。

 弦がしなる音が一秒、次に軽快な音が響き、そこから見える建物の一つ、ホテルと思われる場所に向けて、矢が放たれる。


「私は人間が好きだから、殺したくないんだけどね」

「行くぞ」


 セレネが振り向くと、既に生きている人間は居なくなっていた。


「やっぱり、魔力が感じられる土地っていうのは、落ち着くかも」

 

 セレネは、魔力で汚染されている土地へと足を踏み入れる。この世界には、セレネが知る限りにおいて、魔力の類が感じられなかった。しかし、メアリーによって魔界が作られ、短時間とはいえ魔王の力で支配された土地は、この世界で唯一と言っていいほど、ローラン達が慣れ親しんだ大地と似た場所だった。


 ――異世界の勇者たちに残された時間は、もうそれほど多くはなく、手段を選ぶ余裕すらも消え去っていた。

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