第20話 待ち合わせ場所
満員ではないが、そこそこ混雑している電車に、私は乗っている。時々、周囲から視線を感じる時があるが、自分ですらこの姿に見惚れる時があるので、最近は仕方ないと割りきっている。
(あ、腕時計の付け方が違う。女性なら、手首の内側に付けるのかな)
何度目の後悔か分からないが、私はまた、通販でお金を使ってしまった。あまり使わないのに、二万円くらいの可愛いデザインの腕時計を購入していた。
腕時計を確認すると、待ち合わせまで、あと十五分に迫っている。もう少し早く出るべきか迷ったが、問題なく約束の時間前には到着できそうだった。
(着いた)
電車が止ろうとしている揺れに合わせて、視線をホームから見える駅前に向けると、待ち合わせ場所に小柄な少女が既に立っていた。扉が開くと同時に、少し小走りで改札まで行き、ICカードをかざして金額を確認せずに通り過ぎる。
「おはよう。待った?」
夏美は、紺色のコートにマフラーを巻いて、白いスカートと黒のソックスという服装をしていた。髪はピンクの紐で小さくリボンを結っていて、白いポーチを肩から下げている。前に会った時よりも、少し気合が入った印象を受けた。
声をかけると、夏美が私に気づいて振り返る。
「冷さん、おはようございます。髪切ったんですね。とても素敵です!」
「ありがとう」
軽く微笑みを返しながら、私はこういう場面で、どう反応するのが正解か分からなかった。
夏美視点だと女子同士だから、相手のファッションを褒めたり、小さな変化について尋ねるのが正解なのだろうか。
(そもそも、直接会ったのは二回目なんだよね)
夏美は毎回、配信に来てくれるから忘れそうになるが、顔を合わせるのは、これが二回目なのだ。
だから、私は夏美のことをあまり知らないが、配信で見せた部分とはいえ、普段の私を夏美は知っている。携帯で文章のやり取りをしてても、夏美から質問されることは多いが、私から何かを尋ねる事は少なかったりする。
「そろそろバスが来るし、行こうか」
「はい!」
笑って誤魔化すという言葉があるが、私は初めて、自分の不甲斐なさを誤魔化す為に、笑みを浮かべ続けた。配信で鍛えた『自然な作り笑い』と、鏡や動画で自分の様子を見ながら、どう見えるか研究し続けた成果を発揮する。
(私、友達と遊びに行った経験あったっけ?)
学生時代は、勉強ばかりしていた。友達が全くいなかった訳じゃないが、遠出するより一緒にゲームをして遊ぶことが大半だった。
思い返してみると、テーマパークや遊園地という場所に行った記憶は、中学の修学旅行で行ったのが最初で最後だったりする。
(まさか……私って、つまらない人間?)
社会人になってからは、仕事で取引先や顧客と話す機会も多かったので、自分ではコミュニケーション能力に疑いを持った事はなかったが、プライベートな話をするのが苦手だと感じた瞬間はある。
この歳にしては、人生経験が少なすぎるのではないだろうか。
「……」
「私、今日とても楽しみにしてたんです」
隣で嬉しそうに笑う少女を見て、その笑顔を眩しいと思ってしまった。同時に心の中で、引きつった笑みを浮かべている自分を、悟らせてはいけないと思った。
「実は私、遊園地に行くの初めてなんです」
「……私も」
「え? 冷さんもなんですね。それなら、いっぱい楽しめますね!」
目的地に着くまでの間、夏美は、事前に調べたアトラクションの事を詳しく教えてくれた。意外に夏美は、ジェットコースターやお化け屋敷に興味があるみたいで、私に苦手じゃないか質問してくる。
「大丈夫だよ。一緒に乗ろうか」
「はいっ!」
そんな話をしていると、バスは目的地に到着する。私達が降車ボタンを押さなくても、既にランプが点灯していたので、バスが緩やかに停車する。人の流れに沿いながら、夏美とともにバスを降りる。
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